白き監視者(ネタバレ注意)
「さあ、お前たち。ご飯の時間だよ」
朝のまばゆい光がこぼれる中、金色(コンジキ)の髪の男が、庭先の鉢に植わっている花に、ガラスの水差しを傾ける。
一見するとどこにでもありそうな普通の光景だが、彼が持つ水差しの中身は、透き通る水ではなく、赤茶色の液体だった。
それが土に降り注ぐまさにその時、
「ハイごめんね手が滑るよー」
ガツン!!としたたかに、その頭が殴打された。
水差しを手にしたまま、痛みに悶絶する彼に、背後から殴りつけた男が柔らかく微笑む。
「おはよう、シャルレイ。今日も天気がいいねー。……絶好の洗濯日和だけど、お前も干されてみる? これに」
これ、といわれて見せられた物干し竿に、シャルレイは痛む頭を押さえて「キミねえ」と声を絞り、振り返った。
「普通に挨拶ができないのかい?」
「お前は普通に水をあげれないの? なんなのその、明らかに植物に害を及ぼしそうな代物は」
「紅茶だよ見て分からないかい?」
始終立腹して開き直るシャルレイに、男は呆れたようにため息をつくと「お前には“普通”っていう言葉を使う資格はないよ」と言って、竿を側にある物干し場に引っ掛けた。
「どうりでおかしいと思ったんだよ。庭からするはずのない臭いが、時々するから」
「おすそ分けだよ」
しれっとした顔でシャルレイは言う。
「どうせキミ達は、ボクが煎れた紅茶なんて飲んでくれないじゃないか。幸せを共有して欲しいと願うのは、そんなにいけないことかねえ?」
「相手を選べよ。植物にとってもそれは飲みにくいったらないって。そんな不純物まみれの汁を飲まされる、その子の身にもなってごらん」
「ふむ……」
シャルレイから渋いため息が漏れる。
そして
「それよりも夢月。キミったら明日予定を入れたというのは本当かい?」
「……」
返事はされなかった。
代わりに男の切れ長の目がすっと細まり、一気に陰気臭いものへと変わる。
庭から居間を少し覗くと、窓寄りの壁に、テレビと、近くにカレンダーが見える。
大きめの日付の下に二行メモ欄があり、日によってそこに予定らしきものが書き込まれている。
ふわりと、外の風が居間になだれこんだ。
カレンダーが揺れ、ぱらりとめくれ、また元に戻る。
そこですっと目がいくのが、まず25日だろう。
そこは日付に赤いマーカーで二重で丸がつけられて、下に何やらこどもの字で、文字が書き込まれていた。
「クリスマスだろう?」
シャルレイが尋ねたと同時に、また冷たい風が吹く。
今度は少し強い。
「……積善さんを呼べばいいじゃない。あのひともでしょ?」
「そうじゃないさ、待ちたまえ」
暫しの沈黙の後、夢月は踵を返し、去っていこうとした。
それを肩を掴み、シャルレイは引き止める。
「事務所がボクら四人になって、やっと初めて落ち着いて祝うことができるのに、この機会をキミは無視して、またボクらから逃げると言うのかい?」
「気持ちは嬉しいよ」
僅かに振り向き、夢月は言う。
「嬉しいから、煩わしいんだよ。親しくなればなるほど、君達とあの日を過ごすのが、堪らなく苦痛だ」
「……夢月」
「悪い。ちょっと篭るよ。……明日は、学校が終わったら事務所には帰らないから。菫と軌一にも伝えてて」
掴んでいた手は、呆気なくするりと退かされ、残っていた夢月の体温も、シャルレイの手の平からさらさらと消えていく。
それじゃあ、と言ったきり事務所に上がり、そのまま二階にある自室へと向かって行ってしまった彼の背中は、一度も揺らぐことはなく。
強くシャルレイを。そして空気すらもをそれは拒絶するようで、シャルレイも、とうとうその姿が階段から消える前に、目を離してしまった。
「何故だろうねえ……」
水差しの中身は、いつの間にか夢月によって捨てられてしまったらしい。
空になったそれを手に、シャルレイは立ち尽くし、ゆっくりと空を仰いだ。
――
―――
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