4.


 至極その目は真面目だった。
 普段、なにを考えてるんだか分からないような、へにゃへにゃした奴が、である。
 その時ばかりは、真面目な眼差しでオレにそう告げていた。
 でも瞬きを数度したらそれは、気まずさを払うようにへにゃりと笑い、ぐびぐびカフェオレを飲みながら言ったのだ。


「思春期ってやつじゃないっスか? とりあえず、頭の中がごっちゃごちゃでわけわかんなくなって、そこの大通りにある自転車横断歩道の信号、赤の時にチャリで突っ込んじゃおっかなー……なんて思って。そしたら、通り掛かったここからいい匂いがして。『どうせならコーヒーのブラックってやつを飲んでからアレしちゃお』って思っちゃったわけです」

 まあ、嘘ですけど。
 屈託なく笑うそいつに、馬鹿にするような笑いを返すことはできなかった。
 ただ、なんだか胸の辺りにじわじわと来るものがあって、吐き下しそうな、切なくなりそうな、そんな複雑な感覚にオレは、砂糖をふんだんに入れたカフェオレを煽った。


「……そうかもな」

「え?」

 ぽつり、と呟くと、聞こえなかったらしく聞き返された。


「オレもそうかも」



 バイトはきょとんとしていたが、少ししてゲラゲラ笑いはじめた。

「いや、恐いし! 店長が大通りん所チャリで爆走とか!! 車逃げちゃいます――っていうかいろいろ引く!!」

「あ!? お前なあ、」

「ありがとうございました」

「は?」


 へらへら奴は言う。
 繰り返し、繰り返し。
 染み込ませるようにありがとう、と。
 よくわからなくて何度か聞き返したが、要領を得なかったので、そのままにしておいた。

「……どうでもいいけど、くどいぞ。このカフェオレ」

「え。いやいや、オレに言われても。それ砂糖入れたの店長ですから」

「連帯責任」

「はああ!? 意味わかんねーし!! ちょっと、店長、それオレのーッ!!」


 小さな小さな店。
 その小さな窓の前を、自転車で帰宅途中の学生が、何人も何人も素通りしていく。
 珈琲の香り漂う弊店は、今日も変わらず、暇である。




憂鬱混入カフェ 了




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