『――。』


 男はずっと一緒にいた。
 その建物の屋上で、白衣の人々が真っ白なシーツを乾かすのを眺めながら。
 空を見上げながら。
 眼下に広がるビルの海を見下ろしながら。
 拾い上げる思い出の断片は、どれも朧げでも、それでもある日を境にやはり、男がいる。


「死んでいいよ」


 男が実在したかも本当のところ、私にもわからなかった。
 けれど迷えばそんな声が、振り返ったところに落ちている。
 男はそうして思い出の中の私と、思い出の外の私を、決まって幸せそうな顔をして笑うのだ。
 

 とある断片にはこうあった。


「君は君の仕事を置いていけばいい。俺も全部置いていくから」

 これは、拾い上げる度に胸が苦しくなる。
 同時に私の手のひらに、何か悍ましい汚れが絡み、肌から血管へ、血管から全身へ広がり、私の全てが奪い尽くされてしまうような感覚が襲いかかってくるのだ。
 解っている。
 これは、男に対してのものではない。
 全く関係のない、別のものに関する事で、私は汚れて堕ちたのだ。

 その都度男は笑って口にする。
 「死ねばいいよ」と口にする。



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