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 ため息が出たけど、不思議と嫌じゃない。むしろ僕の頬は緩んでいて、彼女は彼女なりにきょとんとしていた。
 彼女の歳のほどは18歳くらいだから、その顔はすごく幼く見える。

 今の僕と、変わらない。
 いや、僕が歳を食ったのだ。

 出会ったばかりの頃はまだ、彼女も人間味があった。


――これ君のでしょう?


 友達とケンカして、給食袋をこの部屋のベランダに投げ込まれたあの日。
 当時既に「出る」と噂になっていたここには、ほとんど人が住んでおらず、玄関の扉は鍵も何もかもがダメになっていて取り外され、入口の壁に立て掛けられていた。
 立ち入り禁止のテープも張られていたから、怖いったらありゃしなくて。

 だけどそのテープを潜った先。この居間にいた彼女に、目を奪われた。

 居間の隅の壁に背中を預けて体育座りをし、何処か淋しげな声で「君のでしょ」とそうつぶやいて、そっとベランダを指差した彼女は、とても儚く、そして綺麗に僕の目には映った。
 彼女を見た瞬間、恐さなんて吹き飛んでしまったんだ。



「君の事、調べたんだ」

 持ち込んだ蜜柑の皮を剥いて、口にほうばって彼女を見る。
 彼女は僕に背を向け、ベランダの方を向いて窓辺に立っていた。

「死んだのって僕が生まれる前だったんだね。時期は、その花が咲く時期」

「……」

「誰を待ってるの?」

「……。だれもいない」


 彼女は振り向いた。
 ああ、振り向いた。
 涙を流して。
 能面のように変わらない無表情に雫を伝わせて。

「待つ人も待ってる人も、いないの。ただ……この花が枯れないと。枯らさないと。怖いの。私、怖いの」


 あのひとがまたくるようなきがして。


 最後に吐き出された言葉が、耳に残る。
 今日はこれでおしまい。
 空が白み始めたら、彼女は消える。
 僕は蜜柑の皮をコンビニの袋に放り込んで、その場から立ち去った。



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