3.


「だってよー……こんだけ世の中やることだらけなんだぜ? だったら、不向きの一つや二つあってもいいだろ? なにもそれをオレが全部することねーわけだし、罰だって当たらねーっての。明日の天気はお姉さん、新しい服なら笑顔が素敵な店員さん。オレはうめえコーヒーを煎れたいから、それを煎れて、店で出す。それで十分じゃ――あ、ミルクは問答無用で混入するけどな」

 そう付け加えると、そいつは店に入った時の陰鬱さが嘘のように、笑い飛ばしてくれた。

 それからというもの、客が入ってこないのをいいことに話を続けた。
 カフェオレ一つでなにをそんなに話を膨らませるのか、とか、オレにとってのカフェオレとはなんなのか、とか。
 長ったらしいくだらない話を、しこたまして、それからあまりにもそいつの反応なんかが面白くて、ついつい、


「なあ、コーヒーに興味ねえの?」

 と。バイトの誘いをしてしまっていた。



「店長〜」


 すっかり新聞そっちのけで物思いに耽ってしまった頃、いつの間にやら姿を消していたそのバイトが、店の裏からひょっこり顔を出してきた。
 視線を一瞬だけ上げて、また記事を見遣って……それからまた視線を上げたら、コトリと置かれるマイマグカップ。


「ほい。カフェオレ煎れました」

 どうぞー、と差し出されて目を剥いた。

 ……オレ今、口に出してたっけ?
 その想いはあっさりと消え去ってしまったが、ふと別の疑問が頭を掠めて、オレはそいつに尋ねてみた。


「なあ。お前最初ここに来た時、なんであんなつまらなそうだったの?」

 ちゃっかり自分の分のカフェオレを手に、浮かれ調子でいたそいつだったが、ぴたりと小躍りをやめて振り返り「どしたんですか急に」と真顔になった。

「いや、なんとなく」

 お前こそどうして急にそんな顔するんだよ、と思いながらもさらーっとそう答える。
 バイトは「ふーん」と言って、何やら探るような目でオレを見てきた。そうしてやがて、


「オレがやることと、やらなきゃいけないこと。やらなくていいこと、やっちゃいけないこと」

「は?」

「全部わかんなくなったんです」



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