2.


 ショーケースの中に横たえられた、大人の女ほどの大きさのそれは、息遣いすら感じさせるような見事な仕上がりで、まるで本物の女が眠っているか、又は死んでいるかしているように見えた。

 ふわりと柔らかそうな肌。
 それを隠す白いドレス。
 星の色をした長い髪。
 閉じた瞼に影を差す睫毛。
 そして、人形らしく整った目鼻立ち。
 そうだ。人形だ。
 これは人形だ。
 ただ美しいだけの、それだけを求められて誂えられただけの、まがい物でしかない存在だ。

 見つめているだけで、夢の中にいるかのような現実味のない空気の中に、ゆっくりと閉じ込められてゆくような感覚が迫ってくる。
 同時に、現実とも重なる。
 きっとこの人形が、こんな顔をしているせいだ。
 言い知れぬ憎らしさが込み上げてくると、店主が「それなら」と前触れもなく口を開いた。


「お前さんにこれを預けよう」

 今度は俺が度肝を抜かれる番だ。


「俺は要らないと言ったが」

「だからこそお前さんにやりたい。なあ、貰ってやってくれんか? 金ならいらん。元々商品じゃあないからな」

「だから、要らん。何度も言わせるな」

「不憫な人形なんだ。欲がないお前さんにこそ相応しい。老い先短い年寄りの頼みだ。貰ってやってくれ」

「……不憫とはどういう意味だ」

 思わず眉を潜めると、頑固さを噫に出し始めた店主は、促されるまま、ぼそぼそと話した。

「お前さんがさっき言った通りだ。これは見目良く作られた悍ましい代物だ。生きているかのように作られたのは、これを辱める為。様々なはけ口にして、そうして傷つける為。儂がこれを偶然に拾った時もそんなわけで、無惨な姿だった。……この通り、これはただの人形だが、あまりに惨い扱いを受けているとは思わんか? 人形はただ、そこにいるだけではいかんのか? 相手はただの人形。ただの人形だ」

「随分と、これに傾倒しているな。……仮にだ。俺がこれを譲り受けるとして、もし同じように汚したらどうする?」

「お前さんは手を出さんよ」

 あっさりと店主は断言した。


「儂も最初はこれが嫌いだった。嫌で嫌で、そこに入れた。しかし嫌で堪らんかったのが、今では見ての通りだ。お前さんも儂も、きっと本当はこれに惚れ込んどるんだ」

「馬鹿馬鹿しい」

 踵を返して言い捨てると、俺はずんずんと出口まで歩いて、その時はそのまま店を後にした。


 数日後。
 また、店の前を通り掛かって、なんとなく足を踏み入れた。

「いらっしゃい」

 すると、すぐに愛想のいい声が迎えてくる。
 驚いてカウンターを見ると、そこには例の老人はおらず、いい年の男が雑巾とランプを手に、椅子に腰掛けていた。



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