3.
よく見れば、人形が入っていたショーケースもない。
人形も、店内のどこにも無く、それどころかガラクタまみれだった店は、商品が殆ど失せ、さらっさらに片付けられていた。
おかしい。
きょろきょろと辺りを見回していると、男は何やら閃いたような声を出して、やがてにこやかに尋ねてきた。
「もしや、綺麗な女の人形をお求めですか?」
なんだそれは。
ここの合言葉か?
苛々として「要らん」と一言言い放つ。
すると、男は嫌な顔をするどころか、非常に嬉しそうにその場を離れて店の奥に引っ込むと、直ぐに戻ってこちらまで歩み寄り、こう言った。
「店の奥へ。父に貴方が来たら渡すようにと言われたんです。是非、お受け取り下さい」
言うが早いか徐に握らされたものに視線を落とせば、細かな装飾が施された金色の鍵が、きらきらと手の上で光っていた。
そうして、半ば追い立てられるようにして店の奥へ行くと、無数に鍵を取り付けられた部屋へ案内される。
そうして、時間をかけてそれはひとつひとつ外され、扉が軋んだ音を立てて開く。
すると、その向こうに、薄暗い部屋があった。
カーテンは厳重に閉め切られ、しかし家具はない。商品もない。
ただ一つのショーケースと、ただ一つの人形がそこにあるだけで。
「私にとって彼女は、姉のような存在でした」
男が思い返すようにそう語る。
「今でも覚えています。無骨で、人付き合いも悪くて、お愛想もない父が、ある日の真夜中に珍しく大声を上げてこれを抱えて帰ってきたんです。仕事でこの店に篭っているんだとばかり、その時の母も私も思っていたものですから、それはもう驚いて……。父は、これを何処かからか盗んできたんですよ」
昨日知りましたけど、と男はからから笑う。
「感極まったんでしょうね。詳しくは話してくれませんでしたが、父はその日からこれを大切に大切にしてきていました。並々ならぬ感情を抱いていたに違いないんです。私もそれに影響されて、妹達とよく、この人形も混ぜておままごとなんかしていたもんですよ」
「……俺は、要らんと言った」
「要らなくともいいんです。置いてやってくだされば、それで」
「父上殿が傍に置けばいいことだろう」
「父は死にました」
やんわりとした口調で男は告げた。
「私と妹達のおままごとも、もう終わりました。これが最後に行き着くのは、火の中か、不逞な輩の腕の中です。しかしもう一つ、望まれた場所がこれには与えられている。……後生です。どうか、貰ってやってください」
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