白き監視者 5
「……あ。雪」
暗闇に目を懲らす前に、ほろり、と窓ガラスに一粒、白が吸い付き、しゅ……と溶けて消える。
夢月の声に菫も台所から出てきて、すっと夢月の傍らに立って外を覗いた。
「……。燈牢達の護衛が終わったら」
「うん?」
「そろそろ、けりをつけに行こうと思う」
「……ふうん」
ぽつりと呟き見上げてくる少女に、夢月は笑うでもなく怒るでもなく、ただすっと目を細める。
失せた表情を彼女は、その瞳を揺らしながら映しており、やがて少し目を伏せた。
「待っていてくれるか」
「……何を?」
「必ず、戻るから。それまで許してくれるか? 私を」
「……。じゃあ、菫」
くつり、と夢月は不敵に笑うと、菫の顎に軽く手を沿え、そっと顔を上げさせた。
赤と青の目線が暗がりでぼんやりと交わり、赤に映る青は、少し虚ろだった。
「許して、待って。その上で菫が戻ってきて。お前はその時、俺になにかくれる?」
「なにかって……」
「我慢した分の、見返りが欲しいんだよ。……凄く」
「……」
言葉の最後にいくに連れ、妖しく声を落とし、囁く男。
菫はしばらく、彼の言わんとしていることを一つ一つ探るような目で、彼を見つめていた。
そして、
「分かった。普段何も言わないお前がそこまで言うんだ。考えておく」
実に晴れやかに、彼女はこくりと頷いた。
「そう」
ふわりと、色よい返事に夢月の頬が緩む。
「じゃあ、期待して待ってる。……。忘れないでね」
「忘れるものか。お前の頼みなんだ。……それよりも、いい加減私は休むぞ。お前も早々に切り上げて、とっとと眠れ」
「はいはい」
眉を寄せる少女に、可笑しそうに笑ってみせて、おやすみ、と言う。
少女はそれに少しだけ穏やかに眦を和らげると、地下の自室に続く扉をパタリと閉め、「おやすみなさい」と呟いて行ってしまった。
ふう……。
ひとしきり、閉じた扉を見るともなしにぼんやりと見たままだった夢月は、少しして深くため息をついた。
「……。車や家を買ってきたら、どうしようか」
吐き出された声は重く沈み、一つの黒いもやとなって、夢月の胸のあたりに落ちる。
「なあ? 夢月」
じわりじわりとそれは薄暗い居間を濃く、黒く染め上げ、窓際の男に絡み付き、するりと溶け込んでゆく。
闇夜の窓ガラスに映る夢月の顔は、台所の明かりと夢月の影に邪魔され、塗り潰されていた。
「……。生まれてきて良かったな」
しんしんと降る雪ばかりがただ白い。
夢月は嘲笑うかのように、自身に囁いてからその白を睨みつけ、そして、ジャッ!! とカーテンを荒く閉めた。
もう彼に、纏わり付く視線はなかった。
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椋伍達が事務所と出会う前日、当日、そして椋伍達が事務所で過ごすようになって間もない頃の話。
2012.01.23
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