4.

 ぱたり、と部屋のドアを閉めて、そのままドアを背に、ずるずると座り込む。
 襟元に触れたけれど、やっぱりない。


「気づかないで、触らないで」


 ぽつり、ぽつりと言葉をたどる。


「……さび、しい」


 何がだ。
 そう自分に切り返して、それでも唇はたどたどしく最後のセリフを紡いだ。
 するりと出てこないのは何故か。
 考えるだけ無駄だと、そう思いたいだけのような気がして、目をそむけるのをやめた。

 噂があったのだ。

 ツキミズ草は、心の底の声を吸い取って、吐き出すのだと。
 馬鹿らしいと思いつつ、ネットで買って余ったと目の前でチラつかせた友人から、それを受け取った。
 飲んだのは、その日。
 聞けるものなら聞いてみたい。
 心に貯めおくだけの、鬱屈した想いなんて、わたしにはない。
 毎日満たされている。
 毎日、確かに楽しい。わたしは、楽しい。
 だから咲くはずもないし、咲いてもなにも起こるはずがない。
 そもそも、花が喋るものか。

 冷めた気持ちが波立ったのは、この瞬間だったのかもしれない。


 自信なんて本当はなかった。
 空虚な思いは、なぜかいつも、となりに寄り添っていた。
 ふとした瞬間に、それはその原因らしきものを指さして騒ぐのだ。
 楽しい日々を、ひとを指して騒ぐのだ。

 そこまで行き着いて、わたしはまた鞄を漁った。
 携帯電話を取り出して、コールする。



「……。あ、もしもし?」


 相手は出た。
 同じグループだけど、二人きりで面と向かって話したりしない、とある友人。
 なあに、と返してきた穏やかな声に、少し喉が苦しくなる。


「あのさ」

 それから何も言えなくなった。
 何がしたかったのか分からない。
 分かっているけど、ちょっと、手がとどかない場所に、答えが遠のいたような、そんな感覚が襲ってきた。
 わたしが黙っていると、その子はゆっくりと「もう、帰りついたの?」と尋ねてきた。
 声もなく頷くと、気配で察してくれたのか「そっか」と返してきた。


「……ごめん、なに言うか忘れた」


 やっと作れた次の話は、形すらなくて、わたしの頭の中は、真っ白になっていた。
 それでも彼女は「あ、そうなの?」とのんびりと応じて「そしたら明日は、席がえしようか」と続けた。


「え?」

 ちょっと待って。なんだって?
 聞くより先に、彼女は言う。
 ごはんの時に隣においで、と。
 たまには気分を変えよう、と。

 目頭が熱くなりだしたわたしは、いよいよマスコミが言うように、危ないのかもしれない。
 そうだね。
 そう返して、また思い出したら明日いうね、と添えて通話を切った。


「……。ありがとう」


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