3.


 どっと駅構内を行き交う人達の声が、大きくなったような錯覚にとらわれて、動けなくなる。
 どこを見回しても、問いかけの場所が分からない。
 するとまた、


――……ッ……イ。


 と、細い声がする。
 やっぱりわたしに向けて、そしてかなり近い距離で。
 じんわりとその正体が頭の中で形になってきて、わたしは急いで立ち上がった。
 向かったのは構内の公衆トイレ。
 駆け込んでから人目を気にしたわたしを、訝しむ人はいない。
 誰もいない。
 わたしは一番奥の個室を、バン!と荒々しく開閉して、自分の体を服の上からわさわさ探った。

 すると、左の鎖骨あたりに、何かもそりとするものがある。
 鏡を取り出して、制服のシャツのボタンを外して、ばっと捲る。
 冷たい鏡越しに、わたしは花を見つけた。

 ちいさなちいさな、鈴蘭みたいな花。
 それが、わたしの鎖骨に根ざし、三つ連なって揺れている。


――……キヅカナイデ。

 呆気にとられていると、ひとつの花が言った。


――……ソットシテ、サワラナイデ。

 次にもうひとつの花が言う。


――……サビシイ。

 最後の花が、言い終わる。
 それを合図に、しゅるりと一斉に花たちは萎れ、ふっと跡形もなく消える。
 呼吸をしていたかどうかも分からないほど、短い間の出来事だった。

 呆然とわたしは、自分の鎖骨を見つめる。

 咲くとはこういうことだった。
 話に聞いたとおりで、頭の整理がつかないけど、そういうことだったのだ。

 ツキミズ草は、体のどこかに咲く。
 けれど、いつ咲くのかは誰も知らない。
 どこに咲くかも分からない。
 飲むといつか、どこかで咲いて、そして一言、何かを口にして人知れず消えてしまう。
 見聞きするのも自分だけ。
 だから、危ないクスリみたいに騒がれる事が多い。

 あー、こういうことか。
 わたしは納得しつつ、釈然としないまま、気づけば鏡を自分の膝に乗せて、宙を見つめていて、そのままはっと我に返ると、家の前にいた。
 ぼんやりとしながら歩いていたらしい。
 断片的にしか、今日の帰り道が思い出せない。

 わたしは夢見心地で家の玄関を潜ると、誰もいない我が家に上がり、自室へとたどり着いた。




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