5.

 「あの」と声がかかる。
 ロングコートへではない。管理部が男の娘へ、何かを一つ一つ噛みしめるように問いかけた。

「俺は会社の激務に耐えかねて全く新しい画期的な仕事方法で上司たちを打ち負かしていくっていう名目の作品に出る予定だったんだけど、主人公なのに消えちゃったんだよ。主に書き手とやらの能力不足で。そんな俺でも柔らかい存在でいられるのか? このゴミ箱の中でそれが一体、なんの役に立つんだ?」
「……。ちょっと、葉巻のおじさま」

 彼女はしばし考えるそぶりを見せた後、ふと最後の一人に目をやった。
 汚らしいしみまみれの茶色のコートに身を包んだホームレス風の老人は、短く切りそろえられた白髪を深くかぶった帽子の淵から覗かせていたが、呼びかけに応じて顔を上げる。

「この部屋の成り立ちを教えてちょうだいよ。ワタシもここへきて短いんだから、いい加減じらさないで頂戴」
「……ああ」

 ああ、ううんと、強く咳払いをした彼は「ほれ、あれ」と口数少なく先ほどのアルビノの女性の方を指さした。
 最初はわからない。
 何を言わんとしているのか、と誰もが抗議しようとしていたその時、ふとアルビノの身体が柔らかい光を放ちながら、体の端々からガラスの欠片のようなものを浮上させ始め、それまで固く閉ざされていた目蓋も開き、赤い瞳が露になった。

「なんだ!?」
「分からない!! このじいさん普段何も言わないから……どうなってるんですか!?」

 ロングコートに襟繰りを掴まれた管理部は、老人に向けて荒く尋ねる。

「時が来たのだ」

 厳めしい声で老人は言った。

「不要となることがあるのなら、必要になることもある。ここは確かに不要になってしまった者たちの行きつく場所だが、そこから拾い上げられることもある。私はここを賢者の部屋と呼んでいる」
「賢者の部屋?」

 三人が問い、男の娘は難しい顔で聞き入る。
 老人は頷いた。

「なにか失敗を犯してしまった後に激しい後悔に苛まれることがあるはず。その後悔の果てがこの賢者の部屋だ。この賢者の部屋はことあるごとに開かれ、筆者が苦悩し、その苦悩の果てに選んだものを拾い上げたり、作り変えたりする」
「短く!!」
「あの女は生まれ変わる」
「は?」

 三人が叫ぶと、アルビノの女性は周囲の状況に気が付いたのか、ゆっくりと見回した後穏やかな微笑みをこぼした。


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