しにたい


狛枝くんはたいへん卑怯な人間だ。人の心というものをよく理解している。何をどう言えば、そしてどんな表情で言えばいいか、人によって対応をかえ、自分の望みを叶えさせようとしている。それは僕も分かっているし騙されるつもりもない。

しかしだな、彼のあの自分を卑下するような言い方。そして申し訳なさそうな表情。あれで『一緒に寝てくれないかな…』なんて言われてしまえばその願いも聞きたくなってしまう。いや僕だってそう簡単に「うんいいよ」とは言わない。そこに至るまで色々あったのだ。そう、色々。結果として、「じゃあとりあえず一晩だけだよ」とのことで一緒に寝ることになったのだが。

「…」

僕は寝られないでいた。

狛枝くんに後ろから抱きかかえられるようにされ身動きもとれない状況。その中で目だけは異様に覚めていた。やはり慣れない場所で慣れない人間と寝るのが悪かったのだろう。いくら寝ようと思い目を閉じても、背後にある人の寝息にどうしても意識は沈んでいかなかない。困ったな、ふうと一息つき背中や腹にまかれている温度を気にしないようにする。まあそれが出来れば今頃寝れていたのだろうけど。狛枝くんがいる、という自覚があるからこそ今も寝れずにいるのだ。やれやれ、明日も仕事があるし睡眠はとっておきたいのだが。とりあえず目でも閉じておけばいずれは眠りにつけるかな。そう考えることにして僕は目を閉じる。



…そうして暫くじっとしていたのだが、ふと何かを感じ目を開けた。それは下腹部からじわじわとやってきて緩やかだが確かにそこにあった。


(…トイレ)



そう、尿意だ。


人として自然な欲求ではあるし、別にどうといったものではない。ただ問題なのは、今のこの状況下で尿意がきたことだ。

(トイレに行きたいけど、狛枝くん起きちゃうかな)

今さっき感じたばかりの尿意。どうしてもトイレに行きたいというわけではない。ここで起き上がり狛枝くんを起こしてしまっても可哀想だ、そう判断した僕はもう一度目を閉じ睡魔が訪れるのを待つことにした。

…だが尿意はそのまま引くことはなく、寧ろ時間の経過と共に強くなってくる。これはまずい。トイレに行きたくなってきた。じわじわとやってくるそれに無視を決め込むのもいいが、睡魔の妨げになる。このまま我慢して粗相なんてオチも絶対に嫌だし、狛枝くんを起こすのも可哀相だが、ごめんね狛枝くん。

僕は狛枝くんを起こさないようにベットから起き上がろうとした。下腹部に感じる尿意を晴らすために、…しかし、狛枝くんの両腕が腹に絡まっていて起き上がれない。まったく、ひどい寝相だ。呆れながらもその腕をそっと解こうと手を伸ばしたのだが、これまた厄介。きっちり固められている。まるで死後硬直したかのように動かぬ両腕に僕は困りきってちょっと強めに引っ張ってみた。それでも腕は外れない。…これは、困った。

「ちょ、腕…」

トイレに行きたい、だが狛枝くんの腕がしっかり腹に巻かれ起き上がることができない。多少強引になりながらもそこから抜け出そうとしたのだが、眠りについている狛枝くんがそんな事情に気づくわけもなく。すやすやと眠ったままはなそうとはしなかった。

「…」

その間にもゆったりとやってくる尿意はぞわぞわと背筋を這い、自覚とともにますます強まってくる。本当に漏らしかねないこの状況に焦った僕は無駄だと知りつつも身をよじりその場から抜け出そうとする。

「…ん」

そのとき狛枝くんが鼻から抜けるような声を漏らす。あ、起きちゃう。思わずピタリと体の動きを止めてしまった。どきどきと心臓は煩いくらいに高鳴り、この音が狛枝くんに聞こえてしまっているんじゃないかと思うくらい大きい。巻き付いた腕には困りきっているが、出来れば起こしたくないというのが本意。後ろで寝息のリズムを崩し出す狛枝くんに体は石になったかのようにとまりそのまま息を殺していれば。

「ひっ、」

狛枝くんの唇、だと思う。生暖かいものが首筋に触れたのだ。尿意を我慢するあまり全身が緊張状態にあったため、余計に敏感になってしまったのだと思う。呼吸が首筋にかかるたびにぞくぞくして、尿意一つでもたいへんなのに、と苗木は内心毒づいた。狛枝くんめ。しかし本人は自覚なしでやっているのだろうから叱るわけにもいかない。すうすうとまた寝息のリズムが整ってきたのを確認して恐る恐る一息つく。

「…ん、…」
「っ、…」

かかる吐息がくすぐったい。ぶるりと身を震わせれば、狛枝くんの腕の力がだんだんに強まっていき、それは下腹部を刺激しだした。

「あ、ちょ、!」

ぎゅうううう、下腹部を締められる。当然膀胱も締められる。耐えていた尿意を無理やり引張だされる感触に慌てて両腕で狛枝くんの腕を掴みはなそうとする。しかし彼の力は強いもので緩やかだった尿意が急速に近づいてくる。これはやばい、まずい、洒落にならないぞ。焦って体をばたつかせるがどうにも腕は解けない。

「こ、狛枝くん、腕、ねえ、起きてよ、っ」

これはもう本人に任せるしかない。首だけを後ろにむけ彼の耳元で彼の名前をひたすら呼ぶが起きる気配はなし。逆に力を込められていき、ますます膀胱が悲鳴をあげる。

おいこの人実は起きてるんじゃないだろうな。これほんと無意識でやってるの?そう疑うくらいタイミング良く絶妙な力加減で追い詰めてくる狛枝くんに内心思ったが、それでもめげずに腕をばしばしと叩きつつければ。


やがて、尿意は頂点へと――――――、


「ぁ、っ、も、お、こまえだく、ん!」


やばいやばいやばいやばいやばい!もうこれは我慢の限界だ!少しでも動いたら漏らしてしまいそうだ!
あと出来ることと言えばもうじっとしていることだった。動かない呼吸も最小限に尿意をじっと耐えること。ここで粗相なんてしまったら狛枝くんに合わす顔がない。ただ時間の経過を待つ。この尿意がもう一度ひくのであればぜひひいてもらいたい。頼むからこの歳でお漏らしなんて絶対に嫌だぞ。ぐるぐると思考を巡らせベットシーツをぎゅっと握り背後にいる存在を忘れようと何度目かの瞬きを繰り返していれば、それは唐突にやってきた。


「僕のことなら気にしなくていいから、漏らしてもいいよ?」
「っ!!!!」


低く甘いねっとりとした声。それが耳元に吐息とともに吐きかけられ、驚きのあまり肩を揺らす。更に狛枝くんは巻きつけていた腕を何故か僕の股間の部分へと持っていき、人差指でつうう、となで上げた。それだけで今まで頑張って押さえつけていた尿意が股間へと集まってくる。

「こま、え、それは…っ」

あ、やばいちょっと出たかも。じっとりと微かに濡れた感触に思わず泣きそうになったが狛枝くんはそれだけでは満足しなかったようで。根元から上に持ち上げるかのように両手で優しく包み込みさわさわと撫でた。思わず喉がひきつる。この人は何をしているんだろう。落ち着こう、ちょっと、そんなことされたら出る、って、まじで、出ちゃう、って。

「うん、だから出していいよ?」

内心焦りまくっている僕の心情など知らず、狛枝くんは先っぽの穴にかりりと爪をたてた。ぞくぞくぞくう!背筋に一気に快感が駆け抜けた僕が思わず、腹筋の力を緩め、

「ちょ、その、勘弁し、い、う、ごめもう、んあっ!」


緩め、


緩め、


緩め、




……盛大に、漏らしてしまったのである。












「あはは!僕はなんて幸運なんだろう!君の尿をシーツにかけて貰えるだなんて!嬉しいなあ!え?汚くなんかないよ!寧ろ綺麗だよ!もうこのシーツ洗わずにとっておきたいよ!オレンジジュースそんなに美味しかった?寝る前いっぱい飲ませておいて良かったなあ!いやあ、僕はなんて幸運なんだ!…あ、ちょっと苗木くん?そのシーツどこ持ってくの?あれ?なんか怒ってる?どうしたの?まあ僕みたいなゴミクズが君と一緒に寝るということがそもそもおこがましいっていうのは分かってたんだけどね……あれ、無視?ねえ苗木くん?なえぎくーん?」













いつ書いたか分からぬオチなし狛苗!




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