終始裏表





暗い暗い、闇の中。一人で沈んでいく。ごぼごぼと気泡が上へ上がっていくのを見て水の中だと焦ったが、息が出来ないなんてことはなく、普通にいつも通りの呼吸が出来た。
気泡が出るのに呼吸がいつも通りなんて、変なの。可笑しな感覚。だが頭の中が霧がかかったように考え込むことが出来ず僕はただ沈んでいく。
このまま沈んでいったら、どこに行き着くのだろう。終わりのないなんてことはないはず。きっとどこかに行き着いて、僕のこの沈みも終わるんだろうな。ぼんやりと考えた。








「…あ」




終わりは意外にもあっけなく、すぐにやってきた。白い天井、白い壁、白いシーツ。手のひらに滑らかな感触が伝わり、ここが眠りにつく前と同じ場所だと理解出来た。
…なんだ。手のひらを額に置く。終わりは底でもなんでもない。ただの夢の終わり。
じとりと汗ばんだ皮膚を撫でながらゆっくりと視線を部屋に彷徨わせていると、隣に誰かいるのが目に入った。



「起きたか」
「…十神くん」



本を読んでいたのか、十神くんはゆっくりと視線を僕に向け本をパタリと閉じる。この様子だと今さっき来た感じではなさそうだ。もしかして寝顔もばっちり見られてしまったのかな。
変な気恥かしさを胸に上半身を起き上がろうとすれば、十神くんが「別にいい」と片手で静止をかける。
しかしわざわざ来て貰っているのに寝っぱなしというのはやはり悪い。ずきりと頭が痛んだがなんとか上半身を起き上がらせることが出来た。ちょっと辛い。



「いつからいたの」
「一時間は経過してるな」
「起こしてくれれば良かったのに」



ふわ、と起きたてのせいか欠伸が勝手に出る。じわりと滲んだ涙もそのせいだろう。腕を伸ばし体をほぐしていると、すっと十神くんの綺麗な指先が視界に入り込む。
え、と驚く間もなくその指先は僕の涙の粒を掬い取っていき、余分な水分を奪うかのように皮膚が僕の目元を何度か撫でていった。時間にしたら数秒の出来事。



「…、」



これほどまで十神くんに接近されたのは初めてだ。というか彼は人の体に触れたり触れられたりすることを変に嫌がる。
僕の記憶上ではありえぬ彼の行動に、一体失った記憶の中で十神くんに何があったのか、自分の知らぬ彼がそこにいるのだと思うとなんだか複雑だ。



「腹は減ったか」
「え、いや、大丈夫だよ」
「そうか」



十神くんは触れたあとも平然としているし、彼にはもう慣れた行動なのか。
一人触れられた皮膚に手を這わし、じんわりと熱を持っているのを誤魔化すように声を発したが変に裏返ってしまった。
しかし十神くんはそんなことなど気にしていないかのようで、椅子にもう一度座り直し外を見る。ぎしり、椅子が軋んだ。
僕も釣られて視線を外へと持っていけば、葉がもう既に枯れ落ちた木が目に入った。かさかさと風に揺られ裸で凍えそうな体をお互い擦り合わせるかのように木達は寄り添っている。
「冬の景色だ」ぽつりと呟けば、十神くんも頷く。「冬だな」その声音はなんとなく、愉快そうだった。



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