白線越し




僕の名前は苗木誠。去年高校生を終え、今はフリーターとして職を転々としている。
最初は色々苦労もしたが、今は生活も安定し一人暮らしにも慣れ、悩みもなく過ごしている。過ごしている。過ごしていたんだ。そんな。記憶。





『苗木くん』




霧切さんの声。記憶がないとはいえ、同級生のことはどうやら覚えているようだ。しかし僕が覚えている彼女の姿とは少し違う気がする。
髪がちょっと伸びた。態度が大人っぽくなった。気のせいかな。目つきも変わった気がする。
いや、違う。記憶は数ヶ月分しか失っていない。そんな短期間で人が変わるものか。混乱しているからそんな風に見えるんだ。あぁ、落ち着くんだ僕。
彼女たちだけ見れば何も失っていないように見えるけど、僕は見てしまった。聞いてしまった。



『海行ったのも覚えてないかな?』
『海。…あぁ、俺のプライベートビーチに行ったときのことか』
『さすが金持ち。楽しかったよねー好き勝手できて!』
『まったく…散々荒らしてくれて、後始末はたいへんだった』
『あははは…ごめんってー』



話すたびに感じる記憶の差。楽しそうに思い出を語る彼女たちに、僕はどうすることも出来ずに視線を落とす。
やはり失っていたのだ。記憶、時間、その二つが確かに二人と僕に溝を作っており、ぐるぐると巡る思考の中で僕の視界にはアルバムが目に入った。
これにも僕は、痛感させられたのだ。




見知った顔と過ごす日々。近所の公園だったり近場の居酒屋だったり、背景だけは覚えのあるものだが、どれもいつ撮ったものなのか分からない。
ぱらぱらとページをめくる度に現実を突きつけられているようでひどく憂鬱な気分になった。指にあたる少し固いアルバムの感触が、辛い。
中でも自身が目を止めたもの。少なくはない、というか後半に連れてその写真ばかりが目立つようになった。



「…誰」



ふわふわした髪の、へらりとした笑顔を浮かべている男。もう一人、短髪の眼光が鋭い男。


ページをめくる度にその二人の青年と写っている写真が増えていった。僕と見知らぬ男との距離は近い。少しは親しい間柄だったのかな。
あ、十神くんとの写真もある。見知らぬ二人から僕を奪い取るように写っている写真。一体これは、なんなんだろう。

写真を指先でなぞり、自身が浮かべている笑顔を見る。写真の中で自分は本当に楽しそうでピースしてたり変顔してたり。あぁ、充実してるなってことが見てすぐ分かる。
だけど違う。ここにいる僕と、今の僕は、まったく違う。



「誰だろなぁ…」



また、十神くんにでも聞いてみようか。この二人について。




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