変わらない




「苗木―!うわあ目覚めたんだね!」
「煩い、喚くな」



朝日奈さんと十神くんが来た。涙を浮かべ僕に飛びついてくる朝日奈さんは本当に安堵しているようで、耳元でずっと「良かったー!」と叫んでいる。
後ろではそんな朝日奈さんを煩わしそうに見ている十神くんの姿があり、久々の二人の姿に僕はついにやけてしまう。あぁ、嬉しいなあ。



「もう痛いとこない?!」
「うーん、ちょっと後頭部が痛むかな」
「だっ大丈夫?!」
「うん、だいじょ、うっ、そんな、揺らさないで」
「あ、ご、ごめんごめんえへへ…」
「まったく…少しは落ち着けないのか、愚民め」
「う、煩いなあ!落ち着きなくてごめんなさいね!」
「ほんとにな」
「うううっ…」
「ま、まあ二人とも、落ち着いて…」
「俺は落ち着いている」
「私も落ち着いてるよ!」



なんだろう、このやり取り。朝日奈さんがわいわい騒いで、十神くんがそれを五月蝿そうな目で見ていてお決まりの言葉「喚くな愚民」みたいな台詞を吐く。お馴染みのもの。
じわじわと心の中に実態のない安心感が湧いてきて、ここだけは何も変わってないような気がして。ぎゅっとアルバムの上に乗せた手で拳を握る。



「で、苗木記憶喪失?って聞いたんだけど」



唐突に朝日奈さんが放った言葉にびくりと肩を揺らす。



「あー、うん、そうみたいだね」
「凄い、ドラマみたい!」
「ドラマや映画にはありがちな話だが、記憶を失うなどそうそうないのだぞ。流石の不運というべきか…」
「あはは…」



そうだろう、そうだろうな。僕もまさかこんな事態になるとは思わなかったよ。
自身の運も良いとはいえず寧ろ悪い方だということは自負していたがこんな嘘みたいなことが起きるなんて。
正直さっきまで信じていなかったが、霧切さんに借りたアルバムを見て、流石に信じなければいけないのかもと思った。見たものをそのまま信じるならばの話だが。
たくさんの写真。そこには僕がいて、朝日奈さんもいて、十神くんもいて、霧切さんもいて、僕の見知った顔がいた。
しかし、どれも僕がいつ撮ったか見覚えのないもの。そして、中には見知らぬ人と親しげに写真に写っている僕もいた。なんだこれ、知らないぞこんなもの。
一人悶々とする中で、朝日奈さんがうーんと困ったような顔をして唸る。



「でもそれって一時的なものなんでしょ?さっきお医者さんに聞いたけど」
「らしいね…」
「じゃあきっとすぐ思い出すよ!ね、苗木!」



にこっと僕の不安などお見通しかのように(いやきっとそこまで深く考えてはいないのだろう)朝日奈さんは笑顔で僕の肩をぼんぼん!と叩く。
その力がかなり強くとても痛かったが、彼女の根拠のない力強い言葉が僕の不安を徐々に拭っていき眉間に溜まっていたしわも消えていく。
そうだ、いつも彼女の笑顔に僕は救われてたんだ。久々で忘れていたけど、ほっとして笑みを漏らす僕はアルバムから手を離し彼女にお礼を言った。ありがと、朝日奈さん。




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