氷がからん、と音をたてた。透き通るようなガラスの器に入れられたそれとくずきりをからめるため、かき混ぜたからである。ちなみにおまけで甘酸っぱい梅もひとつ。ちゅるちゅると吸い上げれば、氷の冷たさと梅のほのかな酸っぱさが口のなかに広がった。この暑い日にはぴったりだ。
8月某日。夏特有のからっとした天候と、今にも溶けだしそうだと感じるほどの暑さがマッチした真夏日。正直35度なんて基準は余裕で越えていると思う。そんな日に、わたしは家から離れた、けれど、彼の家からは少し近い甘味処に来ていた。別にばったり会うかも、とかそう言う考えがあったわけではなく、ただ単にここのくずきりが食べたくなっただけだ。嘘だ。5%くらいは期待した。
とにもかくにも95%のくずきりを求める感情と5%の期待を原動力として、輝く白い球体の下、文句を垂れつつこの甘味処に来たというわけである。口から透明なくずきりを取り入れた分だけ、火照った体が少しずつ冷えていくのを感じる。冷茶をひとくち含み、特有の苦みとほのかな甘みを味わった。ただただ暑い夏だけれど、今のような快感があるから憎むことはできない。やるじゃない、太陽も。いつもよりスローペースでちゅるう、とくずきりを食していると、わたしの好きな香りがふわりと舞った。どうやら遅く食べていたおかげで5%の期待は無駄にならなかったらしい。

「よォ」

白い光に照らされくずきりに勝るとも劣らないくらいきらきら光る銀髪。ああ、憎たらしい。不覚にも綺麗だと思ってしまった。

「久しぶりね銀時さん。2日ぶりだっけ」
「いや、昨日会ったし。それに2日くらいじゃ久しぶりの域には満たねえだろ」

どっこいせ、なんて歳に似合わない(?)声を出しながらちゃっかりわたしの隣に座った。当たり前のように団子を頼んでいる。

「この暑い中団子食べるの」
「バカ野郎、暑いからこそ団子なんだよ」
「意味分からん」
「分からなくて結構。お前はずっとじゅるじゅるとくずきり啜ってな」
「くずきりなめんな天パ。だから天パなんだよ」
「意味分かんねェ!天パと結びつかないよねそれ!?」

こんな暑い中言い争いなんてやってられない。中断の意を込めてふい、と視線を逸らせば、彼もケッとか言いながら反対側を向いた。ちゅるんと音を立てて梅風味となったそれをすする。おいしい。

「なんでわざわざ遠い甘味処来るワケ」
「ここのくずきりをもとめて炎天下の中やっとこさ来たんですよ」
「もう買えよ、そこらのスーパーで」
「買えるなら買いだめして家から一歩も出ないっつの」
「仕事しろ」
「あんたにゃ言われたかないね」
「んだと!?」

ああ、またこれか。呆れたように溜息をつけば露骨に嫌そうな顔をされた。こっちも露骨に嫌そうな顔して返してやった。もともとこの人と長く会話が出来るわけではない。しようと思えばできるけれど、こうも暑くては話す気になれない。どうせ口論だ。本当に些細なことで口論する。それをちょっぴり楽しいだなんて思ってしまうのだから、わたしの頭はいよいよ暑さにやられちまってるらしい。ちゅるり。くずきりを一本吸う。どうやら彼の頼んだ団子が来たらしい。もちもちむしゃむしゃと、いらだちを噛み切るように咀嚼している。どうしてこんなにも子供っぽいのだろう。可愛らしいとか思ってしまう。

「おいしい?」
「おう。お前のくずきりの0.5倍うまい」
「それくずきりの方がおいしいっていってるようなものじゃない」

一本、箸ですくって彼の口元にやる。

「食べたいんでしょ」
「誰がお前の食いかけなんか。大体俺はお前と違ってがっつり食べたいの。一本ずつのろのろ食うとかそういうのは」
「その団子の串てめーの鼻の穴にぶっ刺したろか」
「食べたいです」
「ほらよ」

ぐりぐりぐり。口に押し付けてやった。

「ンンンちょ、むがもご、て、ってめえ」
「団子よこせ」
「どの口が言ってんだコラ」
「よこせって言ってんだろ。がっつりでろんでろんに甘いもの食べたいの」
「それさっきまで団子バカにしてたやつが言うセリフ?」
「バカにしてない。季節に合わないって言っただけ」
「あーそうかい。ほらよ」

口許に団子を差し出された。かぶりつこうと口を開いて串を追ったがひょいと上にやられた。犯人はにたり。どうにもむかつく顔だ。なんだか癪に障ったので彼の腕ごとつかんで団子を口に近付けた。ひとくちで2つ食ってやった。むしゃむしゃとそれを食べながらドヤ顔した。一瞬だけこめかみに青筋を浮かべたように見えたけれど無視。
最後の一本、太陽にかざすときらきら宝石のようにまばゆいた。勢いよくそれを吸いこめば、ちゅるん、なんて音を立てて、解けた氷の水滴が飛び散る。また明日、ここにこようなんて思いながら噛んだ。流し目でこちらをみる隣の天パを見て見ぬふりしつつ冷茶を飲み干す。冷たいそれが全て喉を通ったのを確認したあと、くずきりに入っていた梅を丸ごと口に入れた。冷茶の甘みとはまた別のそれと共に、梅の酸味が舌の上で踊る。噛めば噛むほど甘酸っぱさでいっぱいになった。病みつきになる味を転がす。ああ、最高だ。ひとり梅の味を堪能しているとすぱこーん、といい音を立てて頭を叩かれた。前言撤回。最悪だ。

「なに一人で幸せそうな顔しちゃってんの。銀さんのこと忘れてない?」
「忘れるために食べてるんだけど。察せないの、銀時さん」
「ああ、そりゃ失敬」

ぱこーん、と。また叩かれた。

「いやあ、いい音なるな、お前の頭」
「楽器じゃねえんだよ。そっちこそいかした髪型だよ」
「分かる?やっぱ分かる人にはわかいたたたた」

いろいろむかついたのでそのご自慢の髪の毛を引っ張ってやった。ふわふわだ。ひっぱるのをやめ、もふもふとその髪をいじれば、なにすんだといいつつまんざらでもない顔をしているのをわざと気付いていないふりをし、もふん、と頭に手を乗せつつ立ち上がった。

「じゃあまた明日。今度は桜餅でも食べるよ」
「お前が季節考えろ」

代金を置いて、彼に向ってひらひら手を振った。また明日。昨日もそういって帰ったっけ。仕事してるのかと疑いたくなる。毎日毎日甘味処に来て団子を貪る金がどこにあるんだとは思うけれど。また明日と告げて去ればコイツは必ず次の日もやってくる。面倒臭がり屋なくせして、いつもいつもやってきては隣に座って軽口を叩きやがる。ああこれはただの期待なんかじゃない。確信しているのだと気付けないほど、私は鈍感ではなかった。
そう言えばくずきりを食わせたときのあれは、間接キスになるのだろうか。思い出してしまえば腹が立つことに血液が顔に集まるのを感じた。クソ、と汚い呟きを吐き出して奥底から湧き出る感情をやり過ごそうとした。それでもどうにもならなかったので、一歩、地面を蹴りつけるように踏み出して、家路を急いだ。

今の緩い関係がもどかしくなったなら、ぶち壊してしまおうか。

ある夏の下がり



20130801
 | | 
「#甘甘」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -