「好きなんです、付き合って下さい」

玉砕覚悟で告白した高3の夏。わたしの声は外のうるさい蝉にかき消されることなく、当時の担任、坂田銀八に届いた。生徒と教師の禁断の恋だなんて、ドラマの中にしか存在しないものだと思っていたのに、わたしは先生に恋をした。当たり前のように断られたのを鮮明に覚えている。7月31日の、グラウンドで練習をする野球部の声、蝉の声、太陽に照らされ輝く銀髪、教室の静けさ。そして、一人教室で泣いたときの涙の冷たさ。そんなことまで全て覚えているくらいに、あの告白は、わたしの青春時代の中で大きなものだった。
けれど、時が過ぎるのは早いもので、今日はあれからちょうど5年後の7月31日。元3年Z組の同窓会が行われる。同窓会を開くほど年月が経ってしまったのかと思うと何となく不思議に感じられた。
銀魂高校3年Z組様という看板の立てられたふすまを開ける前に深呼吸。すでに中からは騒がしいくらいの声がする。あの頃の教室を思い出して思わず笑みがこぼれた。はあ、と息を吐き出し思い切りふすまを開いた。

「久しぶり!」

喧騒に負けないくらいの声を出した。一瞬だけ「誰?」って顔をされたのが悲しかった。

「透子アルか!?」

うひょーい、久しぶりアル!なんて言いつつ思い切り抱きついてきた神楽ちゃん。語尾も中身も相変わらずである。変わったのは髪型とメガネくらいだろうか。二つのおだんごはなく、オレンジ色の綺麗な髪が下ろされていた。メガネも掛けていなかったのでコンタクトなのだろう(あれが度入りメガネだったかも危ういけれど)。抱きしめ返しつつ頭をぽんぽんと撫でる。

「久しぶり、神楽ちゃん」
「綺麗になったアルな!最初分からなかったヨ」
「大学で化粧技術は身に付けた」

ふふん、と鼻を鳴らして言った。周りの子がおしゃれだったので流石にすっぴんはまずいと感じ、ある程度の技術は身に付けたつもりである。もっとも、濃い化粧は今でもした事がないけれど。化粧に時間をかけすぎたくないとかそんな理由では断じて、ない。ない。

「神楽ちゃんも綺麗になったね」
「当たり前アル!乙女は日々向上心なくしては乙女でいられないネ!」
「その年で乙女はどうかと思うよ」

やんわりと諭しつつ、神楽ちゃんの隣を見る。

「久しぶりね」
「妙ちゃん!九ちゃんも!」
「すっかり大人になったな」
「そっちこそ」

みんな姿こそ変われど中身は全く変わっていなかった。ジョッキ片手に(乾杯してないだろうに)大声で笑う近藤君は相変わらずストーカー行為をしているようだし(仕事しろ)、神楽ちゃんと沖田君も気がつけばバトルになっている。そんな彼らを気にもしない土方君も変わっていない。仲良く談話している桂君にエリザベス(これは生徒だったろうか)、折角の同窓会なのにアルバイト雑誌片手に真剣に悩む長谷川君。それ以降は割愛させていただく。なんだかあの頃から時間が進んでいないようだ。ここがあの教室だと錯覚するくらいに。それが今ではなんだか心地いい。そんな感じで5分後、やっと担任が登場した。わたしの青春の塊とでも言うべき彼が。

「よォおめーら。元気してたか?」

にへら、と笑いながら入ってくる。声が心なしかうれしそうだ。神楽ちゃん達に囲まれ、いつもの死んだ目も、少しだけだが優しげに細められていた。誰も気付きそうにない機微。こんなところに気づくんだから、自分の青春はまだ終わっていないのか。ああ、まだ彼に恋してる。

「せーんせ」
「えっ誰です…透子?透子なのか?」
「メガネずり下がるくらい驚くのやめてくれません?傷つくんですけど」
「悪ィ。あんまり美人になって帰ってくるから」
「化粧って怖いでしょ」
「流石粧が化けるって書くだけあるわ」
「粧に掛けて装いも変わったから」
「いやうまくねえよ」

昔のように髪がくしゃくしゃになるくらい撫でられた。口では止めてくださいだなんていったけれど、とてもうれしかった。数年ぶりのその手はわたしが知っている暖かさのまま。

「オーイゴリラ、てめっなに勝手に飲んでんだ」
「ジョッキがそこにあったんで!」

殴られた。
その後、先生がいつものゆるい声で「ハーイ、カンパーイ」と言ったのを皮切りにみんな飲み始めた。わたしはビールが苦手なので酔うの覚悟でカクテルを頼んだ。もうお酒が飲める年になったのかと思うと、何とも言えない気持ちになる。そんなに月日が過ぎてしまったのかと。ハイテンションで話す神楽ちゃんを妙ちゃん達と見守りつつ、近くにあった唐揚げをつまんだ。あの頃と変わっていないようで変わってしまったんだなあと思ってしまえば寂しくなる。それでもこのクラスは生涯で最高のクラスだったと言える。それだけのものを残してくれた。一夜限りだけれど、3年Z組延長戦と考えてここ数年見ないハイテンションで盛り上がってしまった。
夜9時過ぎになり、所謂一次会が終了した。大半の人は二次会に行ったようだけれど、かなしい事に明日は早い事を思い出し断った。仕事がなければいけたのになあ、と零せばまた別の日に個別で誘ってあげるわよ、と妙ちゃんが言ってくれた。ケーキバイキングと希望だけ告げ、名残り惜しくもその場を後にした。
みんなとは反対方向に歩きだし、自分の住むアパートに戻る。周辺が閑散としていて一人で帰りたくないなあと思いつつゆっくり足を進めた。会場となった店から50mほど歩いたころ、後ろから走ってくる音が聞こえた。何事かと思い振り返る。

「…どーしたんですか、せんせ」
「やー、一人で帰るのが見えたから。危ないからついてく」
「せんせーわたし学生じゃないんですけど」
「馬鹿言え、俺にとっちゃ何歳になろうが透子は俺の生徒だわ」
「その言葉は嬉しいけど。二次会行かないの?」
「あの野獣の中に入ったらいくら先生でも明日生きてないから。もう先生三十路越えちゃったから」

ひきつった笑顔でそういった。もうそんなになってしまったのか。確かわたし達と10歳離れてたから今は32か33といったところか。時間の流れというのは本当に恐ろしい。
どれだけ時間が流れようとも、先生と隣を歩くだけで騒ぐ心臓は変わらなかった。むしろ学生の頃よりうるさい。辺りがあまりにも静かなので本当は聞かれているのではと思ってしまうほどに。せんせ、と声をかけるより向こうが先に名前を呼んだ。

「透子」
「なんですか?」
「お前彼氏いねえの?」
「彼氏?そんなの作る暇ありませんでしたよ」
「ええー、もったいない」

何がもったいない、だ。誰のせいで作らなかったと思っているのだこの男は。作る暇がなかっただなんて嘘だ。大学の友達に誘われて何度か合コンとやらに参加したことはある。実を言うと告白された事だってある。けれど合コンに参加した男性も、告白してくれた男性も、結局は彼を超えられないのだ。私の、人生で一番楽しかった高校時代を全て費やしたと言っても過言ではない、報われない恋には。どうしてか哀しくなってきた。二十歳を越えてもなお彼氏いない歴=年齢のままとは。そんな心情を隠すべく、わたしも問いかけた。

「せんせもいないんですか、彼女」
「そんなん作る暇ねえよ」
「うわ、同じ返答」
「うるせえ」

あ、と思った。これはあの日と同じだと。あの日もこんな感じだった。うだるほど暑かったあの日が、よみがえる。



「せんせー」
「なんだー」
「先生は彼女いないの?」
「そんなん作る暇ねえよ。おら、くだらないこと言ってないで手ェ動かせ。お前の志望大学のレベルに全然届いてねえんだから。ちゃんと勉強しろ」
「はいはい」
「つーかそんなこという透子さんはどうなんですかー、彼氏は」
「今くだらないとかいったのに聞くのそれ。いるわけないじゃないですか」
「うわ、もったいねえの」
「アンタ今ちゃんと勉強しろっていいましたよね」



うるさいと思われた野球部の声と蝉の声もない静かな夜、月明かりに照らされ鈍く輝く銀髪。ああ、あの日とは少し対照的だな、だなんて考えた。これでわたしが告白したら、ほんとうに私の青春は終わってしまう、とも。このままだらだら考えるのはやめよう。長かったほろ苦い青春ドラマは今日でおしまい。自分でも驚くほどに冷静だった。歩みを止める。先生はこちらを見た。

「ねえ、せんせ」

「好きなんです、付き合って下さい」

あのころとは違う。淡い期待を込めていったのではなく、これで終わりにするのだと、終焉の意を込めて。むりやりはっつけた笑みは笑みをなしていないだろう。ふ、と息を吐くのが聞こえた。やっと終われる。そう、思ったのに。

「よろしくお願いしまァァァす」

夜の静けさとは不釣り合いな声で、叫ばれた。そして、抱きしめられた。

「やっと言ったかコノヤロー」
「…は?え、」
「透子さーん、あんたどれだけ俺を待たせれば気が済むの?まじで独り身で終わるかと思ったわ」
「だって、そんな、わ、け」

だめだ、気を緩めたら。泣いてしまう。

「ちょーど5年前の今日、お前に告白された。そりゃもう鮮明に覚えてらァ。うるっさい野球部と蝉の声も、お前の告白も」

一人で泣いていたのも、と付け足された。恥ずかしくて彼の胸に顔を埋めた。

「教師と生徒が付き合うってことがどれだけ危険なのかを考えて断った。教師の判断としちゃ間違っちゃいないだろ」

当たり前だ、何も間違ってはいない。本来そういう形になるべき関係ではないのだから。だが、と言葉をつづけた。

「俺個人としてその答えは大間違いだった。いくら生徒とは言え自分が好きなやつの告白断るほど辛いもんはねえよ」

はあ、とため息をつきつつ抱きしめる力を強めた。苦しかったけれど、心が満たされていくのを感じた。何より、彼の言う"自分が好きなやつ"というのがわたしだと理解したから。

「だから、卒業した後、また告白されるまでは了承しないと決めた」

こんなにあとになるなんて思っちゃいなかったが。呆れ気味に言われた。

「卒業式終わった後とかあんじゃん、何なの、おまえ」
「卒業式が終わっても、3月いっぱいは高校生のはずなんだけど」

恐る恐る、背中に手を伸ばした。はじめて先生のぬくもりを全身で感じている。こんなにもあたたかかったのかと。

「あー、超いい匂いする」
「何いってるんですか発情期なんですかきもちわる」
「随分な言い様だなオイ。男はみんな万年発情期だ」
「そういうの開き直りっていうんですよ」

わたしの腰を抱きながら上半身を離して、そのだるそうな瞳にわたしの姿がうつった。名残惜しそうに離れ、頭にぽん、と手を乗せられた。

「さて、道端でこんなにいちゃついてられねえな」
「あっうわ何してたのこんなところで堂々と。はずかしい」
「えっ透子照れてるの?何それ超レア。先生に見せてみなさい」
「黙れおじさん」
「おじさっ」

がーん、という効果音がぴったりだ。ちょっとだけかわいそうになったので先生の手に自分のそれを近づけ、所謂恋人繋ぎというものをしてみた。人生初だ。

「うそうそ。せんせ早く送って。明日早いの」
「はいはい分かりましたよ。でもこれじゃ送るだけじゃ済まねえな」
「……………………んん?」

恋人関係になっちゃったもんなー、とあっけらかんとして言うその言葉の意味を理解できない程子供ではない。

「ちょ、ちょっとまってそれは勘弁して」
「言い訳ご無用。こんなに素敵なせんせを待たせた罰です」
「自分で素敵とか言ってるよこの人……ってそうじゃなくて」
「まあまあ落ち着け冗談だ。ほら俺大人の男だから。そういうのちゃんと待てるから。初めてのやつにそんな突然やらないから」
「は、初めてなんかじゃ」

いいかけのまま、否定の言葉は上から降ってきた甘い口づけに吸い込まれた。自分のファーストキスをこんな風に奪われるだなんて。もう少し雰囲気を大切にしてほしい。

「嘘つけ。先生の股間センサーが今までにないくらい反応してるんだ。初めて以外あり得ねえ」
「うるさい知るか!」

これだけで顔が赤くなる自分に、これからやっていけるのかという不安を抱いた。1度くらい別の男性で男女交際について経験しておけばよかったのだろうかと考えたがやはり銀八以外は考えたくない。
待てわたしは今とんでもないこと考えなかった?

「今お前ハジメテはせんせがいいですぅとか考えて」
「ないです」

図星どころか思考を読まれた気がしてならないが食いぎみに否定しておいた。こういうときだけ鋭くなるあたりは気に食わない。

「かーわい」

否定もむなしくどうやら普通に読まれてしまったようだ。悔しい。にやけながら私の手を恋人繋ぎのまま引いて歩く。じゃなくて。

「せんせ!違う!今のとこ右に曲がる!」
「まじか」

すまねえと言いつつ方向転換。夢じゃない事を確認するために繋がれてる手とは逆の手で彼の髪を引っ張った。おもむろに痛がっていたので夢ではない。確認が遅れてしまったけれどよしとしよう。なにすんだと喚く彼を無視して歩こうとすれば腕を引っ張られ顔を上に向けられキスされた。お前が何してんだと心の中でつっこんだ。でも、嬉しくて仕方がない。

リオドを


20130806
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