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三小節の間に聴かせて


「連星百瀬ちゃん、で合ってるよね?」

確かめるように私をフルネームで呼ぶと、にっこり目を細めて微笑んで見せた。そんな巴さんから視線を逸らすように、私は顔を俯かせる。

「おや、無愛想だね? プロデューサーのくせに、生意気! 英智くんからは『良い子だ』と聞いていたのに、全く!」
「それが嘘だとは思わなかったんですか?」
「疑ってはいたけれどね、彼は無意味な嘘はつかない。……というのも、もう変わってしまったのかもしれないけどね?」

少し寂しげに笑ったあと、すぐに切り替えるようにぱんっと手を叩いた巴さんに、びくっと体が反応してしまう。まるで、ぼーっとしていた所に刺激を加えられた気分だった。
はっとした私を見て、巴さんはソファーに深く腰掛けながら、私にあることを提案する。

「交渉しよう。プロデューサー」
「……交渉?」
「そう。きっと君にとって、得られるものが多いだろうね。『Trickstar』にとっても」

それを受ける権利は、私にはない。『Trickstar』のみんなに持っていくべきだ。返答に困っていると、それを気にもとめず、巴さんは優雅に紅茶を口に運ぶ。巴さんの態度を見て、漣くんは小さくため息を漏らす。

「あんたが決めたことなら、文句は言わないんじゃないっすかねぇ。『Trickstar』のあの感じだと……」
「まぁ細かいことは後からでもいいね。誰が聞いたって、必ず首を立てに振るしかないのだから」
「……。交渉って、何ですか?」
「重く考えることはないね! あの『Trickstar』に、ぼくの言うことを聞いてもらいたい! それだけだね!」

それは決して難しい話ではなかった。ただ、巴さんの指示通りにレッスンをしてほしいと、そういうものだった。

「北斗くんの様子を見る限り、かなり敵対心を抱かれてるようだしね。それを、君に和らげてほしい。柔らかい高級クッションのようにね!」

確かに、経験値で言えば、巴さんの方が上だし、この人から得られるものも多くあるだろう。
だが、この人たちも、わざわざここまで遠征してきて、無駄なことなんてしたくないはず。敵に塩を送るようなことを、なぜあえてするのだ?

「まぁそんなに気になるというのなら、この話は持ち帰って『Trickstar』としてきてもいいよ」
「でも、おひいさんにあんまり逆らわない方がいいっすよぉ〜。こいつ、嫌になったらすぐに帰るとか言い出すから」
「ちょっとジュンくん! マイナスな印象を与えないでよね!」

帰ってもらっては困る。何せ、こちらが招待した側なのだ。相手を怒らせて、【サマーライブ】が台無しにしてしまっては、夢ノ咲の名にも傷がついてしまう。
あわあわと不自然に手を動かす私を見て、巴さんは「帰らないから安心していいね!」と笑顔になる。

「ぼくの提案を百瀬ちゃんが受け入れてくれれば、の話だけどね」
「……やけに馴れ馴れしいですね?」
「おや、ぼくが誰をどう呼ぼうが僕の勝手だね? というか、君は名字で呼ばれるのは嫌だと思っていたのだけどね」
「あ? オレは普通に連星さんって呼んでるんですけど」
「ジュンくんはその名前につられてるってこともあると思うね。この際、名前で呼び合おうね」

嘘でも何でも、仕事相手との仲は良好であるに越したとはない。敵同士とはいえ、彼らもまたアイドルだ。

「あ……はあ……。日和さん……?」
「ほら、困ってるじゃないですか。あんたのテンション、万人受けすると思ってたら大間違いっすよぉ? つうかむしろ、よく嫌われる方だってこと、そろそろ自覚してほしいんですけどぉ……?」
「ジュンくんのくせに口煩いね。百瀬ちゃん百瀬ちゃん、ついでにジュンくんのことも名前で呼んであげて?」
「いや、オレは別に……。連星さん、このアホの言うこと、聞かなくていいっすからねぇ?」

日和さんの言葉に戸惑っていると、すかさず漣くんが割り込んできた。別に漣くんが嫌でなければ、名前の方で呼ぶのはいい。

「あの……みんな私のこと、下の名前で呼んでるから……よければそっちの方で呼んでほしいな。えっと……ジュンくん」
「え、あ〜……まぁ、そういうんなら……」
「ほらね! ジュンくんったら気遣いってものが足りないんだから!」
「それ本気で言ってるんならぶん殴りますよぉ?」

少し照れくさそうに頭をかいたジュンくんに対して、日和さんの言葉はつっけんどんな言い方だった。ジュンくん、身長は日和さんより低いけれど、体格は彼の方が良さそうなので、殴られたら相当痛そうだ。なんてことを他人事のように考えてしまった。

「そんなことよりおひいさん。そろそろ本題に入らないと。無駄に時間を食うだけですよ〜」
「それもそうだね。それじゃあ百瀬ちゃん。ここからが『君にとって』本題になるんだけどね」
「……? 『Trickstar』の話でも、十分本題でしたけど」
「あはは、本当に『Trickstar』のことを心から愛しているんだね! いいね、純粋で清らかで、美しい心懸けだね! でも、今用があるのはプロデューサーのきみじゃない」

日和さんの遠回しな言い方に、私はあぁ、と察しがついてしまった。

「ぜひきみに、依頼したいことがあるんだけどね」


 *


「ということで……みんなに、日和さんの指示を聞いてほしいんだけど……」

急にそんな説明を受けたって、「はいそうですか」と受け入れるような人たちではないことは、私がよく分かっている。しかし、そうしないと【サマーライブ】に参加しないと言い出されては、その条件を飲むしかない。
それに、あんな性格をしていても、日和さんの実力は『Trickstar』より上だということは見ていて分かる。その人から吸収して得るものがあるのなら、やる価値はあるのではないかという決断に至ったわけだ。

「指示を聞かないなら……『Eve』は、ボイコットすると言っているのか……」
「うん。ここまで来て、帰るなんて信じられそうにもないけど、あの人の性格なら……やりかねないし。それだけは、避けたい」
「……ふむ。百瀬は、『Eve』に帰られると困るのだな」
「そりゃ困るよ! 夢ノ咲が招いた側だもの。ここで帰られたら、夢ノ咲の印象が……『Trickstar』の印象が悪くなっちゃう」

それは嫌だ。この目で毎日『SS』のために頑張っているのを見てきたのだ、こんなところで名前に泥をつけるような真似はさせたくない。

「そうか。おまえが言うのなら、そうしよう」
「うん、そんなこと言われてもすぐには……って、え? なんて?」
「百瀬が決めたことならば、俺たちに損になることはないはずだ。そうしてほしいのならば、俺から文句はない」

まさか、そんなにあっさり受け入れられるとは思ってもみなくて、思わず阿呆のような声を漏らしてしまった。あんぐりと口を開けっぱなしにしている私の背中を、ばしんと強めに真緒くんが叩く。

「ようはその『Eve』の人の言う通りに動けばいいってことだろ〜? さすがにライブと全然関係ないこと言い出したら、俺らも言い返すけどさ」
「うん。漣くんはいい人っぽいし、なにより百瀬ちゃんからの頼みなら、断る理由ないもんね」
「……提案したのはおひ〜さんって言ってたよね?」

スバルくん、日和さんのことおひ〜さんって呼んでるのね、なんてことを思いながら頷いた。何か、気になることでもあるのだろうか。それなら遠慮なく言ってほしい、とはらはらしながらスバルくんを見つめていると、私の姿を見た彼は首を横に振る。

「何でもない! 確認したかっただけ。普段の百瀬なら、『みんなの自由にしていいよ!』って感じじゃん?」
「そ、そう? 確かに、みんなにはなに不自由なくライブをしてもらいたいから、そんな感じかもしれないけど……?」
「でも仕方ないな。機嫌を損ねるわけにはいかんだろう。……少し気に食わないが」
「北斗そういうとこあるからな〜。でも先輩だし、アイドルについて教われるなら、願ったり叶ったりだろ?」

私のいうことならば、信じられると。そう断言した四人に、私は頷き返す。信頼されているのは、嬉しいのだけれど。

「どうした? まだ何か、不安があるのか?」
「え? ま、まさかまだ何か脅されてることがあるとか? 個人的なことでも話していいよ?」
「あ……う、うん。不安とか、脅されてるとか、そういうわけではないんだけど」

顔を俯かせていた私に気がつき、北斗くんが声をかけてくれた。それに便乗してしまって、心配そうに真くんが私の顔を覗き込んできて、私は少し言いにくそうに口をもごもごと動かしあと、諦めたように話し出した。

「実は……【サマーライブ】で歌う『Eve』の曲を、作ることになっちゃった」

直後、スバルくんと真くんは「なんで!?」と怒涛の問いかけをしてくるし、北斗くんは鉄仮面のようでありながら瞳の奥底で怒りを見せ、真緒くんはついに呆れていた。たしか、『Knights』とデュエルで対決することになったときも、こんな感じだったと思う。
言っておくが、別に相手の押しに負けて要求を呑んだわけではない。私は、私の意志で『Eve』の依頼を受けた。

「それに、タダでやってないし……ね? それなりの報酬をもらうことにしてる」
「報酬……って? 僕たちみたいに何かおごってもらったり?」
「ううん。でも今は内緒。【サマーライブ】が終わったら、教えるよ。だから、今は私を信じてほしい」
「……む、すまん。別に百瀬を疑ったわけではないんだ。なんというか……『Eve』と3人で話をしたと聞いてから、落ち着かなくてな」
「心配だもんな。何されるか分かったもんじゃないし……俺、最初の頃の会長との会談思い出してぞっとしてたもん」

それはどういう意味なのだろうか。まさか会長さんのときのように、喧嘩腰で対話するとでも思ったのだろうか。ジュンくんは良い人みたいだし、日和さんも話せば分かる、人間である。貴族なためか、かなり上から目線だけれど、彼の言うことに間違いがあるわけではない。
私が会長さんの胸ぐらを掴んだあの日のことを思い出しているのか、遠い目をしている真緒くんに、そんなことしないよと伝える。

「……まぁ、百歩譲って百瀬の成長のためだと思っておくよ、うん」
「百歩も譲るの……?」
「そう思わないとやりきれないから。……あぁもうっ! 百瀬の分からず屋! 浮気性!」
「う、浮気!? 人聞きの悪いこと言わないでよ!?」

失礼な。私は浮気などした覚えがない。『Eve』の楽曲の件でそう言うのであれば、相手がスバルくんであろうと抗議させてもらう。

「まぁまぁ……百瀬の浮気性は今に始まったことじゃないだろ、諦めよう」
「ま、真緒くんまでそんなこというなんて……もういいよ! どうせ私は浮気者ですよ〜!」
「あっ、待って百瀬ちゃん! ……行っちゃった。追いかけた方がいいかな?」

私が立ち去っていったあと、戸惑ったように相談する真くんと真緒くんに対して、北斗くんとスバルくんは困ったように顔を見合わせた。

「ん〜、別に傷つけるつもりでいったわけではないよ」
「まぁ、明星が言いたいことは分かるぞ。博愛主義と言えば聞こえはいい。だが……もう子供じゃないんだ。自身の置かれている立場と……状況を、しっかり把握してほしい」
「……それを言うなら、俺たちの言葉も、あいつからすれば子供の我が儘だろ?」

大人の対応をするべきだ。けれど誰一人としてそれが出来ていない。未だに未熟で未完成で、不安定。たった一風吹くだけで揺らいでしまう。

「俺たちが見つけて、今まで一緒にやってきて……『余所者に取られたら嫌だ』なんて……。お気に入りの玩具を奪われた子供と同じ。百瀬に言ったら、困らせるだけだ」

たった一線を越えられない。今までも散々話し合ったことなのに、結局のところ結論は出ないまま、お互いずるずる引きずって、答えを先延ばしにしているのだ。


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