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美しく死ねると思うな


「失礼します」と職員室に足を踏み入れるが、誰の反応もなく、職員室は静まりかえっていて、漣くんはキョロキョロと辺りを見回す。

「あれっ……。誰もいねぇんすかね、不用心ですよぉ〜? 泥棒が入っても知りませんからねぇ〜、せめて鍵かけりゃいいのに?」
「……いや、留守ではないっぽいよ。お〜い先生、起きてください! こんなところで寝てないで!」
「……んお。何だよ百瀬……人を起こす時に書類で叩くのはやめろ〜」

入り口からはよく見えなかったが、奥の方で佐賀美先生がぐっすり眠っていた。その姿にぎょっとしている漣くんを余所に、私は書類の束でばしばしと叩いて無理矢理起こした。
眠気眼を擦りながら、ゆっくりとソファーから体を起こした先生は、漣くんを見て「誰?」と指をさしながら私に問いかける。

「玲明学園の人です。【サマーライブ】に参加してくれる『Eve』の……」
「あ〜。交流試合みたいなやつに参加する子か。どうもどうも、職員室に何か用事か?」
「あっ……。ういっす、必要書類とか提出しにきたんすけど」
「ふぅん、そりゃご苦労さん」

書類を出すついでに、漣くんからいくつか質問があるらしい。
ある程度の出費は、招待した側のうちが請け負うこととなるが、巴さんがかなりお金を使うのでその負担は大丈夫なのか、とのこと。その点に関しては、うちにも御曹司のバックアップがあるから、大丈夫だとは思うが。

「あの、椚先生はいないんですか? 【サマーライブ】の担当は椚先生でしょ?」
「そうそう、オレの担当じゃないんだよな〜……待ってろ、今呼び出すから。えぇっと、あれっ、スマホどこやったっけな。いかんなぁ、日本酒を三瓶開けてからの記憶がない」
「……あんた、校内で酒盛りをしてたんですか?」
「ああもう、しっかりしてください……お水いります?」
「おぉ、ありがとさん。百瀬は気の利く良い子だな〜」
「えっ、酒を飲んでたことに関してはスルーなんすか?」

こちらからすれば、佐賀美先生の酒盛りは今更すぎるので突っ込まない。ここで酒を飲むなと言ったところで、この人は止めるつもりはさらさらないみたいだから。
でも、こっちは飲み過ぎる彼の体を心配して言っているのだから、せめて飲む量くらいは減らして欲しいものだ。

「すっげぇ、玲明学園じゃ考えられませんよぉ〜……夢ノ咲学院はしばらく評判が悪い時期が続いてたっぽいすけど、教師も腐敗しまくりなんですかねぇ?」
「おまえ、本人を前にしてそんなこと言うなよ……」
「そうだよ漣くん。この人もいちおう、夢ノ咲のアイドルだったんだからさぁ。今や見る影もないけど。ね、佐賀美先生?」
「おうおう、言ってくれるじゃねぇの。プロデューサー?」
「…………? あんた、まさか佐賀美陣?」

同意を求めるように先生の名前を呼ぶと、漣くんの顔色が一気に変わって、佐賀美先生の姿を確かめるようにじっと見つめた。そして本物の佐賀美陣だと気づいた瞬間、驚いたように目を丸くする。
てっきり自分のファンかと思った佐賀美先生は、サインを書いてやろうかなんて軽口を叩くが、漣くんは今にも掴みかかりそうな勢いで「GODDAMN!」と声を荒らげる。

「サインなんか要るかっ、この人殺しがぁ……!」
「ひぇっ? えっ、どうした? 何で怒ってるんだ、これがキレる十代……!」
「あぁ、わかんないでしょうねぇ……。どうせ覚えてないんでしょう、あんたが踏み殺してきた有象無象のことなんか。オレの名前、漣ジュンっていうんですけど。聞き覚えはありませんかねぇ〜、佐賀美陣」
「えっ……。う〜、何だろ。ごめん、寝起きで頭が回んない。あとあんまり凄むな、百瀬が怯えるから」

急に怒鳴り声を上げたから、驚いただけだ。別に怯えているわけじゃない、と言い訳して自分にも言い聞かせる。
漣くんが怒っているのにも、何か理由があるかもしれない。知らない間に恨みを買っていたのではないだろうか。

「慣れっこでしょうねえあんたは。なんてったって、『あの連星』の娘なんですから。……『ジュン』と『陣』って名前が似てますけど、心当たりあります?」
「えっ、どういうこと? まさか……嫌だよ今さら隠し子疑惑とか、そういうのはもう勘弁! 養う甲斐性ないからなっ、俺は!」
「過去にも隠し子疑惑あったんですね……お疲れ様です」

先生は先生で苦労しているようだった。スーパーアイドルと言われるだけあって、様々な噂や悪意のある情報提供もあったみたい。今の姿からはとても想像がつかないけれど、彼がアイドル界を揺るがすほどの力の持ち主だった事実は変わらないのだ。

「いつまで惚けるつもりですかねぇ……。あんた宛に、春頃にうちの親父がビデオを送ったはずですけど?」
「えっ? あぁっ、あれか! あの呪いのビデオ! 気持ち悪くて蓮巳の寺で焼いてもらったんだけど、あのビデオに映ってた当時の当て馬……じゃなくてライバル!」
「……ああ、あのビデオですか? お祓いはしたけど、焼いてないらしいですよ。『2wink』の2人が蓮巳部長からもらった〜って言ってましたし」
「焼いてないの!? しかもよりによってその2人か……!」

焼かずに取っておいた蓮巳部長の手伝いをした後に、「ビデオは好きにしていい」と言われてもらったらしい。私も詳細は知らないので、それ以降どうなっているかは分からない。

「そういや、あいつの名前は漣だ! えっ、父親って言ったな……おまえあいつの息子か!」
「なるほど〜、聞き覚えがあると思った。漣くんのお父さんもアイドルだったんだね」
「な〜んか他人事みたいに言われてムカつくんすけど……あんたの親だって、無関係じゃないんすからね」

ぼそっと呟かれた言葉に、私は首を傾げてその言葉の意味を考える。漣くんのお父さんと、私のお父さんは、どこかで接触でもしていたのだろうか。そんな話は、聞いたことがないけれど、佐賀美先生という前例があるため、なんとも言い切れない。

「あれか、おまえ父親の復讐をしにきた感じ? そういうのは時代遅れだぞ〜、仇討ちは法律で禁止されてるからな?」
「べっつにぃ? 物心がついたころには、うちの父親はすでにだいぶ心をやっちまってさぁ……オレも人間あつかいされなかったし、愛情も何もねぇんです」

だから、今更父親のために自分の人生のために復讐するつもりもないし、むしろ佐賀美先生のアイドル時代の映像を見て、憧れたりとかしたらしい。こんな人に負けたのなら、むしろ幸せだったんじゃないかと、納得して、清々しい気持ちでいたみたいだ。

「それなのに。あぁクソッ、最悪ですよ畜生……」

無精髭を生やして、職場で酒盛りしているような駄目人間に、父親は人生を壊されてしまった。それを知ってしまった漣くんは、声に怒りを孕ませる。その言葉に少しは抵抗するように、佐賀美先生は口を開いたが、それを遮って今度は私の方に向き直った。

「あんたもあんたですよ。あんだけのことがあって、色んなヤツらに追われて、傷つけられて……それが全部、『親父がアイドルだったから』だっていうのに。なんでこんなとこで、『プロデューサー』なんてやってんすか? あんたの方こそ、復讐を考えてそうですけどねぇ?」
「……。もしかして、ゲーセンで会った時からそんなこと考えてた?」
「いいや、最初はなんも知らないお馬鹿さんだと思ってましたよぉ。俺とは違って裏の事情を何もかも隠されて、大事に育てられたお姫様なんだろうな〜って」

しかし、実際はどうだろうか。
その裏の事情もすべて知った上で、夢ノ咲でプロデューサーなんてやってるのだ。

「可愛い顔してても仮面を剥がせば、とんでもねぇ化け物だったってことっすよねぇ」
「そうだぞ。可愛い顔して、とんでもなく鬼だからなこいつ。だから百瀬を口説くのは薦めない」
「え……これ口説かれてるんですか?」
「んなわけないでしょ〜が」

怪訝そうな表情をして私を睨む漣くんに、佐賀美先生は水を飲み干して、面倒くさそうに頭をかいた。

「まあまあ。まちがっても、うちの生徒にちょっかいかけるなよ……。復讐するなら、俺にしろ。刺されても別に文句は言わないよ、自業自得だろうし」
「あんたが文句を言わなくても私が文句言いますよ。そんなことで、勝手に死なれても困ります。余生をここで過ごしましょうね」
「笑顔で恐ろしいことを言うなおまえ……」

どうせ簡単に死ぬつもりもないくせに、そういうこと言うんだから、大人ってよく分からない。だが、佐賀美先生にならともかく、うちのアイドルに手を出すのなら私とて黙っては居られない。

「……たしかに、あんたの教え子をぶっ倒せば……。親の因果が子に報い〜って感じで、ちょっとは気分が晴れるかもしれませんねぇ?」

とはいえ、向こうも引いてくれるつもりはないらしい。巴さんに言われて、無理矢理参加させられたというが、ちょっとだけやる気が出てきたみたいだ。
やる気になってくれたのなら、万々歳ではあるが、出来ればあまり、不純で汚れた思惑は持ち込まないで欲しい。

「アイドルだもの。せめてキラキラしなくちゃね」
「…………」
「簡単にぶっ倒すとか言ってるけど、うちのガキどももそこそこ優秀だから……あんまり舐めんなよ」
「あれ……驚いた。佐賀美先生、『Trickstar』のことそう思ってくれてたんですね」

想像以上の好評価、褒め言葉に驚きが隠せない。あの佐賀美陣からそう言われるのであれば、『Trickstar』ももっと自信を持ってくれるだろう。

「……ご忠告、どうもありがとうございます。そういや、連星さん」
「はい?」
「おひいさんが、あんたと話したいって言ってましたよ」

漣くんの言葉に、私は首をかしげる。個人的にはまだちゃんと話していないから、おそらく【サマーライブ】の話なのだろうけど。疑問符を浮かべる私に対し、漣くんはさっさと部屋から出ていってしまって、私は咄嗟にその背中を追いかけた。


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