×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

ガラス越しの現実


(……ちょうどいいと思って、『Eve』の楽曲制作を引き受けたはいいけど。『Eve』の曲とか聴いたことないよな)

本当に今さらだ。今回は時間がないというのに。お昼のタイミングを逃した私は、かなりギリギリの時間帯に食堂にやってきた。周りに人なんてほぼいないため、とても静かである。

「ジュンくんに言われた通り、敵情調査が全く出来てないんだよな〜……」
「オレがなんですか?」
「ひえっ!? ……あっ、ジュンくん……えっと、悪口とかじゃないよ?」
「でしょうね。その様子だと、『Eve』の曲でも探してたんすか〜?」

私のスマホの画面を覗きこんで、納得したように頷いた彼は、今度はテーブルの上にあるものを確認する。それを見たジュンくんは、少し小馬鹿にするように笑って見せた。

「オムライスって……百瀬さんって結構、お子様舌なんですねぇ?」
「お、オムライスは美味しいよ! ハンバーグだって全人類が好きだと思ってるよ!」
「……ははっ、ハンバーグのことはオレは何も言ってないんですけど。もしかして、誰かに言われたことでもあります?」
「う、うう……美味しいものは美味しいんだよ……!」

美味しいものを食べて、何がいけないというのだ。オムライスだってハンバーグだって、人類が作った愛しきメニューの一つだろうに。悔しそうに反論する私を一頻り笑った彼は、向かいの席に座る。なにか用事でもあったのだろうか。だとしたら、わざわざ探させて申し訳ない。

「ネットで探しても、情報は少ないですよ。オレたちも、最近できたばっかのユニットですからねぇ」
「あ、そうなの? まぁそうだよね、日和さん、夢ノ咲出身だし……昨年度まではこっちにいたんだもんね」
「……。それなんですけど。あんたは、おひいさんみたいに、今年度転校してきたばかりなんですよね?」

その通りだ。去年度までは別の学校にいて、去年の学院で何が起こっていたのかなど知りもしないはずの立ち位置だったのだ。

「何か気になることでもあるの?」
「いやぁ……おひいさんが、あんたのこと気になってるみたいだから。違う学校だったのに、『去年の話』が絡んでるみたいで、おかしいなと思いまして」

ジュンくんは思っているより、人の話をちゃんと聞いて分析出来る人のようだ。しかし、この話はあまり人にはしてこなかったため、どこから話せばいいのか分からない。

「みんな、あんまり興味がないんだろうねぇ……私の名字が『連星』でも、知らん顔してるひとが多いよ」
「オレはめちゃめちゃ興味ありますけど」
「え」
「オレとしては、あんたのこと知りたくて堪らないですけどねぇ」
「……あはは、なにそれ? 口説いてる?」
「別に口説いちゃいねぇですけど?」

ジュンくんの言いたいことは、わかる。ただ私が『連星』の娘だから、詳細を聞きたいのだろう。みんな腫れ物扱いして、踏み込んでこなかった話題だ。

「男にこんなこと言われて引きますかねぇ?」
「ううん、そんなことない。光栄だね」
「え、何いってんですか? オレはおひいさんに拾われるまで、泥水啜ってたハイエナだったんすよぉ? 光栄とか言われる立場じゃないですよ」
「そう? ……その辺のことも含めて、玲明学園だけじゃなくて、その系列校のことを調べなきゃいけないかな」

やることがたくさんだ。まずは目の前のことから、こつこつと対処しなくてはならない。
なんの話をしていたんだっけ。……そうだ。私の話だった。

「でも、面白い話なんてないよ。スクープのネタにもならないね」
「別にいいっすよ。個人的に聞きたいだけ……っていっても、信じてくれないですかねぇ?」

いや、ジュンくんがそのつもりではないことは、見れば分かる。あまりそういうことも、好きそうじゃなさそうだ。

「色々あったんだけど……話すには長いんだよ。あと私、去年のことあんまり覚えてないんだよね。日和さんのこともよく知らない……」
「ん〜……別におひいさんとか関係なくてもいいんですけどね。それじゃあまるでオレがおひいさんのこと大好きみたいで気色悪ぃじゃないっすか。……去年の話をするにはまず、もっと遡るべきなんですかねぇ?」

たしかに一部を切り取るんじゃなくて、最初からじっくり、事細かに伝えなくてはならないかもしれない。でもそれはまだ『Trickstar』にさえ話したことがないのだ。出会ったばかりのジュンくんに話すには、憚られる。

「込み入った話にはなるかなぁ」
「へぇ……。オレは親父に聞いてたことぐらいしか、『連星さん』のこと知らないですし。間違いがあるのなら、解消しておきたかったんですけど……。なんかそんな気分も失せちゃいましたよ〜」
「あはは、ごめんね。その話は、また今度。去年の話は、日和さんが一緒のときにでもしようよ」
「それなら今して問題ないね! なぜならぼくがここにいるからだね!」
「うおっ、音もなく現れないでくれます? 普段は喧しいくせに?」
「二人が話し込んでいて、ぼくという存在に全く気付かなかっただけだね? 全く、失礼だよねっ」

ぷんすか怒って見せながらも、そんなことはどうでもいいのか、隣の椅子に腰を下ろした日和さんは、何やらスマホを取り出して、何かの画像を見せつけてきた。

「わっ、可愛いわんちゃんですね……!」
「うん、ブラッディ・メアリって言うんだけどね。やけに既視感があるなと思っていたけど、これだよ! 百瀬ちゃん、メアリに似てるね!」
「えっ、そ、そうっすか〜? まぁ最初の反抗的な態度は確かに似てたっちゃ似てましたけどぉ……?」
「ブラッディ・メアリって言うんですね? それってカクテルの名前から? 元を辿ってメアリー一世から……?」
「意外に博識だね? 何も考えられない能無しではないようだし、去年の話はぼくも気になる点がいくつかあるんだよね。てことで、ぼくも話に混ぜて欲しいね!」
「意外とは余計です……」
「というか、ジュンくんが興味津々の女の子なんて珍しくて、ぼくも興味を引かれちゃったね!」
「誤解が生まれそうないい方しないでくれます〜?」

日和さんの言葉に、ジュンくんは不満げに顔をしかめるが、彼は特に気にした様子も見せず、むしろ「柄にもなく照れてるねこの子!」と面白がっていた。

「連星……ね。確かに、面影があるね」
「?」
「でもぱっと見じゃやっぱり気づかないね。百瀬ちゃん、さてはお母さん似だね?」
「……そんな風に言われるの、あまりなかったです」

驚き、目を丸くする私を見て、日和さんは愉快そうに笑ってみせた。私の母は公に顔を出したことがないから、父しか知らない大抵の人は「お父さんに似ているね」というのだ。

「それにしても、その目的のためなら何も夢ノ咲に拘る必要はないということだね?」
「……えっと」
「説明しないと分からない? さっき褒めたのが台無しだね。きみ個人を評価しての公正な『勧誘』のつもりだったんだけどね?」
「えっ!?」
「驚くのも無理ないですよ……。どうしたんですかおひいさん、マジで、らしくないですよ〜?」
「いやね、ぼくも最初は全然そのつもりじゃなかったんだけど、連れて帰るのもありかなって思えてきてね」
「そんな子犬じゃねぇんですから、うちじゃ飼えません。百瀬さん、本気にしなくていいっすよ」

どっと背中に冷や汗が吹き出し、心臓を押さえるように左胸に手を添える私を気遣ってか、ジュンくんが慌ててそう言った。本当に、心臓に悪い。夢ノ咲にいるのが当たり前と思っていたから、スカウトの話など私の頭にはなかったのだ。

「視野に入れていても損はないと思うけどね。特にきみのような子は……腐って枯れる前に、土を取り替えてあげないといけないね」


prev next