×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

君の呼吸で世界が変わる


「はぁ〜、たっぷり遊んじゃったね。つい熱中しちゃった……」

駅前で大きく息を吐きながら、腕を伸ばす真くんは、清々しい笑顔を浮かべていた。久しぶりに無心でゲームが出来て、すっきりしたのだろう。コンビニで買ったアイスを、4人で分け合おうと袋から取りだした。

「あ〜、何かすんません……。アイスの代金、支払いますよ」
「いや、いいよいいよ大丈夫。このぐらい、たいした出費じゃないし。あんずちゃんはさっきジュース奢ってもらったし、百瀬ちゃんは今回の【サマーライブ】の曲の代金、まだだったよね? はいどうぞ〜♪」
「わ〜い、ありがとう真くん……♪」
「……へぇ、マジで『プロデューサー』のあんたが、作曲してるんすか。それなのに、代金がアイス?」
「うん。一曲につき何か奢ってもらうことにしてるんだ〜」

基本的にはどのユニットにも無料で渡しているのだけど、北斗くんは何か支払わないと気が済まないみたいで、仕方なく適当なものを代償として頂くことになっている。私としては、歌ってくれるだけでこれ以上ないお返しになるのに。

「漣くんは一緒に楽しく遊んでくれたお礼、っていうことで僕に払わせて♪」
「いや〜、う〜……。何か遊木さん、思ってたより押しが強いんすね。さっき聞いてた話と違うっすよぉ?」
「あはは。多分、百瀬ちゃんから見てって話だから。そっちも、思ってたよりお利口さんだよね」
「『お利口さん』って……」

真くんの言葉に、苦笑いを浮かべる漣くんだったが、玲明学園では上下関係が厳しくて、お行儀良くしていなければ目をつけられてしまうのだという。だから、今日のように伸び伸び遊べて嬉しかったと、心の内を明かしてくれた。

「そろそろ学院に行こうか。のんびりしてたら遅刻しちゃいそうだし」
「うん、そうだね。百瀬ちゃんは、漣くんを迎えに来たんだっけ?」
「余所からきたからまだこの辺の地理には詳しくねぇし……。正直助かりましたよ〜」

ここから歩いて行っても問題はないけれど、レッスンは午後からだし、お昼ご飯の時間も取らなくては。スマホで時間を確認していると、つむ先輩からメッセージが来ていることに気がついた。
どうやら、巴さんの方はちゃんと夢ノ咲学院にたどり着けたらしい。ショッピングを始めた、と言われた時はどうなることかと思ったが、つむ先輩のおかげでちゃんと学院の方に向かってくれたようだ。

(癖が強い……っていうから、やっぱり不安だ。漣くんはいい人っぽそうだけどなぁ……)
「……? な、なんすか……じっと見つめてきて」
「あ、ううん。何でもない、ごめんね」
「はあ……? 別に謝ることないっすけど」
「あはは、百瀬ちゃんにじっと見られると、ちょっとドキッとしちゃうよね〜。なんか色々、見透かされてる感じがしてさ……」
「そ、そう? 私、人と目が合っちゃうとドキッとしちゃう方なんだけど」

今のは私が見つめていたから、漣くんも気になったのだろう。誰しもじろじろ見られるのは、いい気分はしないだろうし。

「ねぇ真くん。学院に戻ったら私、先生とか会長さんとかに報告しに行きたいから、漣くんのことお願いしてもいいかなぁ?」
「へっ? あ、うん、全然大丈夫だよ! 目的地は同じだからね!」

快く引き受けてくれた真くんに安堵し、笑顔を見せる。私の表情を見て、真くんもまた笑顔になって頷いて見せた。

 *

「あれ? 2人とも、防音練習室の前で何してるの?」
「あっ、百瀬じゃん! やっほう☆ 【サマーライブ】の担当はあんずでも百瀬でもないって聞いてたんだけど、変わったの? それともたまたま通りかかっただけ? どちらにせよラッキー! 会いたかったよ〜☆」

防音練習室の前に座り込んでいるスバルくんと真緒くんを見かけて、不思議そうに首を傾げ、問いかける。私の姿を見たスバルくんは、ぱあっと笑顔になって私に向かって突進するように抱きついてきた。

「担当は椚先生だけどね。お願いして、ちょっとだけでも関わらせてもらえるようにしてもらったよ。これからのために、勉強するつもりでね」

幻覚だろうか、スバルくんに犬のしっぽが見える。それが滅茶苦茶ぶんぶん左右に揺れているように見えた。

「お〜い、いきなり飛びつくなよスバル。いつか怪我してもおかしくないぞ〜?」
「大丈夫大丈夫! 俺バランス感覚には自信あるから☆」
「そうでなくとも男と女だ、普通にセクハラだぞ……。まぁ、おまえはそういう下心とかまったくなさそうなんだけど」
「うん。正直スバルくんと抱き合うことに関しては、今更すぎてあんまり気にならないよ。何なら真緒くんともハグしようか? な〜んちゃって。ごめん、ちょっと汗くさいかも?」

空調が効いているところと効いていないところを何度も往復してきたし、結構汗をかいてしまったかもしれない。そう考えると、人とくっつくのはちょっと抵抗がある。すんすんと自分の匂いを嗅ぐが、いまいち分からなかった。

「いやいやいや! おまえもちょっと危機感持て! ……ま、まぁ心を許してもらえているなら、光栄なことだけど?」
「安心して! 百瀬は良い匂いだよ! 細かく言えば、干したての〜……」
「ストップ! 百瀬の匂いを嗅ぐなっ、変態くさいぞ! いくら仲が良いとはいえ、許されることとそうでないことがあってだな!?」

私からスバルくんを引きはがして、真緒くんは盛大にため息をついて頭を掻いた。
その時、防音練習室から何か音が聞こえてくることに気がつく。鍵がないのなら、マスターキーがあるから開けようと思ったのだが、どうやら人がいるようだ。耳を澄ましてみると、曲が流れているのが聞こえる。これは紛れもなく、私が作った曲。

「……北斗くん?」
「おお、よく分かったな。何か先に始めちゃってるみたいでさ、途中で割り込むのもあれだし、一曲終わるまでここで待っとこうって話してたんだよ」
「なるほどね〜。それにしても、あの人との話は大丈夫だったのかな」

巴さんとの会談があったはずだが、ここにいるということは、それをすませているということなのだろう。上手く話が終わってくれていれば良いのだが、それは本人達を見ないと分からないことだ。

「そう言えば、今回の【サマーライブ】の曲、すっごい良かった! キラキラで夏っぽくて、4人の曲って感じがして、俺大好き!」
「ありがとう。北斗くんもそう言ってくれたよ。あ、報酬はさっき真くんからアイス奢ってもらったからもう大丈夫〜」
「真と会ったのか。なんだよ、一緒にくれば良かったのに」

私も出来ればそうしたかったのだが、先生や会長さんに報告することもあって、途中から別行動することとなった。あんずちゃんも同じく別行動を取ったので、漣くんと真くんが2人きりというのがちょっと気になるところである。

「『Eve』の漣くんって子と会ったんだけどね、結構良い子そうだったよ」
「ふぅん。百瀬って基本的にみんな『いい人』って認識してそうだから、それ信じていいのか分かんないな〜」
「出た、たまに辛辣になる明星スバル……。普通に、礼儀正しい人だった。なんか玲明学園自体が、上下関係に厳しいんだって」
「へぇ、そうなのか……。夢ノ咲はわりと緩い感じだから、俺たちもしゃんとしないといけないかもな?」

真緒くんの言うとおり、夢ノ咲は最近ようやく活気づいてきた感じで、先輩達は意外にも後輩に友好的だったりする。きっと、過去の自分がしてほしかったことを、今の後輩にしているだけなのだろうけど。
そんな会話をしていると、廊下の向こうから真くんと漣くん、それからあんずちゃんも一緒にやってきた。漣くんの姿を見て、真緒くんは自ら名乗り出る。

「えっと、『Eve』の人だよな。俺は『Trickstar』の衣更真緒だ、今回はどうぞよろしく〜♪」
「はぁ。どうも、『Eve』の漣ジュンです。今回はよろしくお願いします、衣更さん」
「俺、『Trickstar』の明星スバルだよ! よろしくね☆」
「明星……。あんたさぁ、まさか『あの明星』の子供か何かっすか?」
「ん? 父さんのこと知ってるの? まぁ同じ業界のひとは知ってるよね! あははは☆」

やはり明星の名前を持つ自分と一緒に仕事するのは嫌だろうか、と表情とは真逆のことを言い出したスバルくんに、はらはらしながらその様子を見守る。これは口を出していい話なのか分からない、デリケートな問題だ。

「いえ、息子さんがいるなんて知らなかったから驚いただけっす。むしろちょっと、あんたには共感しちまいますよぉ〜? それにしても、明星さんと連星さんが同じ夢ノ咲だなんて……これも運命の悪戯ってやつっすかねぇ?」
「…………?」
「んっと……全員揃ったみたいだから、中に入って話を進めたいんだけど……まだ曲の最中なんだよね。もう少し待とうか?」
「え〜、もう待ってられない! 入っちゃおうっ、失礼しま〜す!!」
「ちょっ、明星くん!? 一曲終わるまでは廊下で待ってるんじゃなかったの?」

延々と歌い続ける北斗くんに我慢ならなかったのか、スバルくんは扉を打ち破るかのような勢いで入室した。飛び出してきたスバルくんに対し、ふわっとした緑色の髪に紫の瞳を持つ彼は、あっさりとかわしてみせる。

(動きがトリッキーなスバルくんを当然のように避けた。あれが……巴日和。元『fine』にして、『Eve』のリーダー)

初めて見た、わけではない。何せ、元『fine』とは一度同じ舞台に立っている。
巴さんの姿をじっと見つめていると、私の視線に気がついたのか、巴さんがこちらをちらりと一瞥した。そのことに、思わず心臓が跳ねるが、彼はとくに気にした様子を見せず、ふいっと視線を漣くんの方に向ける。

「ジュンくん! 遅刻だねっ、どこで油を売ってたのかね?」
「あんたがオレを置き去りにしたんでしょ〜……。それにいちおう仕事先っすから。お利口さんにしててくださいね、おひいさん?」

混沌としてしまっているが、ひとまず自己紹介を済ませたいと申し出る漣くんは、愛想よくお土産を取りだして、私たちに手渡した。しかし、そんな会話は少しも耳に入っていないのか、スバルくんは踊り続ける。

「どっかで見た髪の色だね。う〜ん……そういえば夢ノ咲に通ってたころに、何か気になって英智くんに聞いたような?」
「ん? 俺の髪、何かおかしい?」
「ううん? チャーミングで良いと思うね! それ以上、短くても長くてもバランスが崩れる希有な長さだね? いやぁ、意識的に自分を演出できる子は好きだね♪」
「こいつは何も意識していないというか、天然だと思うが……」
「ほ、北斗くん……大丈夫だった?」

こそっと北斗くんの隣に歩み寄り、声をかけると、北斗くんは少し複雑そうな表情をして、「すまない」と謝罪の言葉を口にする。

「相手に目にものを見せてやるつもりだったが、それがむしろ、欠点を露呈してしまった……。それもこれも、俺が勝手に突っ走ってしまったばっかりに」
「え、え? よく分かんないけど……状況は良くないのかな……?」
「北斗くん、その子は何? もしかして、英智くんの言っていた『百瀬ちゃん』というのは、その子のことかな?」

ぼそぼそと小声で会話をしていた私たちの間を割り込むように、巴さんが乱入してきたため、会話は途切れてしまった。
私の目の前に仁王立ちして見せた彼に、私は慌てて会釈をして名乗る。

「プロデュース科の連星百瀬です。よろしくお願いします」
「うんうん! 礼儀正しい子は嫌いじゃないね! 君と一度……いや、一度じゃ足りないくらい、話してみたかったんだよね」

そう言って微笑んだ彼に、私は嫌な予感しかしなくて、身震いしてみせる。そんな私を見た彼は、「小動物みたいだね!」と可愛がるように私の頭を撫でた。


prev next