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怖いものなし


ゲームセンターの中は見覚えのある顔ぶれでいっぱいだ。だが、私はゲームをしにここへやってきた訳じゃない。午後からはレッスンも始まるし、早めに見つけて夢ノ咲に連れて行かなくては。
とはいえ、向こうも完全に私事ではないから、無理矢理ひっぱていくつもりもない。ただ、『初めまして』の人と交流を深める必要はあるだろう。

(そのための時間が欲しい。私は真緒くんみたいに、あっさり人と仲良くなれるようなタイプじゃないし、スバルくんみたく自ら相手に突っ込んでいくような人間でもない)

相手もおそらく、簡単には心を許してはくれないだろう。
【SS】でも、今回の【サマーライブ】でも、仲良しこよしでやっていくわけではないのだ。私は一度嫌悪を感じれば、敵をつくるような言い方をしてしまう。そう考えれば、北斗くんの喧嘩腰の点について指摘できないかもしれない。

(慎重に、いかないと。ただ、会長さんも『癖が強い』って言ってたから、ちょっと不安)

癖の強さは、夢ノ咲のアイドルたちも相当だが。どうか、大事にならないことを望む。いちおう、こちら側が玲明学園の人を招いた事になっているから。

(……あ、見かけない制服だ。もしかして、あの人かな?)

ゲームセンターの中を歩き回っていると、この周辺ではみかけない制服の人物を発見した。たしか資料で見たものでも、あんな感じの制服だった気がする。

「あの、玲明学園の方ですか?」
「はあ……そうっすけど……?」

ほとんど勘で尋ねたのだが、勇気は出してみるものだ。目当ての人物だと理解し、私は気が緩んで思わずへらっと笑ってしまう。そんな私を訝しげな表情で見る彼の眼光は、なかなかに鋭いもので、私は一瞬にして姿勢を正した。

「あ、あの、お名前は、『漣ジュン』さんで合っているでしょうか?」
「……あんたは?」
「はっ、すみません! こっちから名乗るべきでしたよね。私、夢ノ咲学院プロデュース科の、連星百瀬と言います!」

じとっと見つめられ、咄嗟に頭を下げて名乗り出す。我ながら弱々しい。
しかし、私の名前を聞いた瞬間、今まで毅然としていた彼が、目を丸くして私の姿を凝視した。

「……連星? 連星って言った……?」
「……?」
「あんたまさか……あの連星の子……?」
「……? えっと、もしかして、お父さんのこと言ってます?」

お父さんがアイドル活動をしていた時期は大分前だし、私と同い年ぐらいの子には、あまり知られていないと思っているのだが、たまにこういう反応をされるので、ちょっと不思議な気分である。あの佐賀美先生のことでも、知っているのはギリギリの世代だと思うのだけれど。

「……。いや、あの人にも娘さんがいたんですねぇ。で、そのプロデューサーさんが、オレに何の用なんすかぁ?」
「お迎えに来ました。夢ノ咲まで案内するために……巴さんは、先に向かってもらってますが」
「あぁ、そういうこと……。じゃあ、ちょっと待っててもらっていいっすかねぇ? いちおう、仕事のつもりでここに来たんですよ」

そのことはつむ先輩から聞いているので問題ない。何ならゲームの名前を教えてもらえれば、そこまで案内することが出来る。

「じゃあ、お願いしてもいいっすか? オレ普段ゲームとかしないんで……」

漣さんの目的のゲームの名前を聞いて、私は思い出したように彼の手を引いて歩き出した。真くんが、アイドルを止めてゲーム会社に就職したという先輩が、企画を任されて開発したゲームがあると言っていた、あのゲームだ。
意気揚々とそのゲームの筐体へと向かうと、漣さんが困ったように声を上げる。

「あの……」
「えっ? ……あっ、ごめんなさい。つい……」

つい、夢ノ咲のノリで、軽々しく手を握ってしまった。私も夢ノ咲学院に染まってきているということなのだろうか。突然馴れ馴れしくされて、さぞかし不愉快だったろうに。
ばっと手を離し、勢いよく頭を下げた私に、漣さんは更に困ったような表情を浮かべて、顔を上げるように言う。

「いや、そんな必死に謝んなくても……ええっと、連星さん?」
「あ、同い年なので、敬語じゃなくていいですよ」
「はあ。まあ敬語は苦手なんで、そう言ってくれると有り難ぇっす。ただうちは上下関係に厳しいんで、普段からこんな感じっすけど。オレも、さん付けとかしなくていいし」

たぶん、長い付き合いになるだろうから。

それは、どういう意味だろうか。今回の『サマーライブ』だけでなく、【SS】でも衝突するからということだろうか。そもそも、その言葉に深い意味などないのだろうか。

「改めまして。『Eve』の漣ジュンです。よろしくお願いします、連星さん?」
「……うん。よろしくね、漣くん」

明確な悪意は感じられないが。なんとなく、不穏な予感がする。それが少しだけ不気味だった。握手を交わした私たちは、仕切直して目的の筐体へと向かう。

「でも、迎えが来るとは思ってなかったっすねぇ。おひいさんはともかく……」
「……おひいさん?」
「ん、あぁ。オレと同じ『Eve』の、巴日和さんのことっす」
「へぇ、そんな風に呼んでるんだね。仲良さそう」
「別にそんなんじゃないっすよ。おひいさんとオレは、全く違う人種だし……」

どこか遠い目をして告げる漣くんに首を傾げる。
それでも同じユニットで活動しているのだから、それなりの関係は築けているとは思うのだが、違うのだろうか。
玲明学園のことを改めて調べなくてはならないかもしれないな、と考えながら歩いていると、ふと、背後から気配が消えたことに気づき、ゆっくり後ろを振り返ってみる。

「あ、あれ? 漣くん?」

そこには先ほどまで居たはずの漣くんの姿が無くなっていた。いつの間に居なくなっていたのだろうか。流石にこのゲームをやりたいと言っていたのだから、理由もなくゲーセンから出て行くわけはないと思うが。

「ん、真くんじゃん。どうしたの……って、ゲーセンにいるんだからゲームしに来たんだよね」
「えっ、百瀬ちゃん!? そういう百瀬ちゃんはどうしてここに?」
「私は『Eve』の漣くんを探しに……。で、漣くんはなぜ真くんに絡んでるの。うちのアイドルに、変なことしないでよ」
「だ、大丈夫だよ! 僕も最初はカツアゲかと思って焦ったけど、僕のお財布拾ってくれたんだ」

漣くんは私と一緒に歩いてる途中で、真くんがお財布を落としてしまったのを見て、わざわざ届けに行っていたようだ。それならそれで、一声かけてくれれば良かったのに。
真くんに絡んでいるのだと勘違いして、若干喧嘩腰になる私を見て、少し驚いたのかぎょっとする漣くんを庇うように真くんがぶんぶんと手を振った。

「……お宅のアイドルは随分怠慢してますね〜? 【サマーライブ】はまだ先とはいえ、敵の情報ちっとも調べてないそうじゃないっすか。年末まで時間があるとはいえ、戦いはとっくに始まってるんですよ?」
「む……痛いとこ突かれたな〜? でも、ここで喧嘩を売るのはお勧めしない」
「……どういう意味ですかねぇ?」
「遠路はるばるやってきたとこ悪いけど、ここはうちの陣地だから。真くんが押しに弱そうだからって責めたところで……どうにもならないよ。ちょっと、『お利口さん』にしててほしいな?」

『Trickstar』は色んな化学反応を見せてくれるから。まだまだ『Trickstar』は無名であるけれど、逆に言えばそちらも情報を掴みにくいだろう。

「戦いの中で強くなるタイプだよ、『Trickstar』は。戦いが始まってるっていうのなら、今がそうだよね」
「僕って押しに弱いって思われてたんだね……いや、自分でも分かってるけど」
「オレの言葉より、あんたの言葉の方にダメージ受けてるみたいですよぉ」
「えっ、なんで!? だ、大丈夫だよ真くん! 真くん押しに弱くても芯はとっても強いから!」
「はぁ……なぁんか肩すかし食らった気分……。まぁいいや、オレには他にやることがあるし……この辺で失礼しますね、午後のレッスンではよろしくお願いします」

礼儀正しく頭を下げた漣くんに、真くんは困惑した。ここで余計に絡むつもりはないみたいで、助かる。こんなところで喧嘩なんて、したくない。

「じゃあ……私は漣くんについてくから、またね真くん。もうお財布落としちゃダメだよ〜」
「あ、う、うん……? またね……?」

漣くんの背を追いかけながら真くんに手を振ると、彼は複雑そうな表情を浮かべながら手を振り返す。あの後で2人きりになるのは少し気まずくて、お互い無言になってしまった。

「……そう言えば、漣くん。ゲームあんまりしないって言ってたよね」
「……? まぁ、そうっすね。このゲームのやり方も、いまいち分かんないし」
「じゃあちょっと教えるよ。こう見えて、結構ゲーム好きなんだ〜。むかしはあんまり、外で遊べなかったしね……」

ぼそっと何気なく呟いた私に、漣くんは一瞥したが、特に言及することなく筐体の方へと視線を戻した。

「……ん? 誰か乱入して来たみたい」

一体どんな人だろうか、と筐体から顔を出して覗いてみると、そこにいたのは真くんとあんずちゃんだった。「わざとじゃない!」と言いたげに、顔を青くして首を振る真くんに対して、あんずちゃんは小首を傾げている。

「おっ……見かけにそぐわず良い度胸ですねぇ〜? ははっ、喧嘩を売ってくるなら買いますよぉ〜、高値で♪」
「ちがうの! これは単なる偶然の事故! あぁもう、何か強制的にあの子との因縁が出来ていく感じ!」

これはもう、擁護しようがない。
たかがゲームだし、真くんは嫌そうだけど、漣くんは楽しそうだし。ここで邪魔する必要はないだろうな、と苦笑いを浮かべた。


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