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プロローグ


「い……『Eve』?れいめい?」
「うん。【サマーライブ】で『Trickstar』と一緒にライブをする『Eve』というユニットのアイドルが、今日玲明学園からやってくるんだ」

最近その名を馳せている新設校だが、【サマーライブ】で参加する玲明学園のユニットが、この夢ノ咲学院に顔を出しにくるらしい。余所の学校のことは、仕事に絡まなければ詳しく調べたりしないので、如何にも不慣れな感じで呼んでしまった。本人たちの前でこんなところを見せないようにしなければ。

「君も顔を覚えていると思うよ。昨年度末に転校してしまったんだけど……元『fine』のメンバーだから」
「いちおう、名前だけ聞いておきたいです」
「巴日和くんって言うんだけど」
「あぁ……ダメだ。全然思い出せない……」
「百瀬ちゃんは去年の記憶、大分薄いみたいだしね……たぶん僕しか眼中になかっただろう?」
「まるで会長さんにご執心だったみたいな言い方ですね、それ。……あのときの会長さん、面白い顔をしてましたよ」

私の言葉に、会長さんは少し不服そうな顔をした。嫌みなので、ここで喜ばれたら逆に困るのだが。しかし、昔の私もあれでもいっぱいいっぱいだったから、相手を気にする余裕なんて無かった。

「当時の『fine』じゃ、日和くんと凪砂くんが二枚看板だったんだけどね。耳にしたこともないの?」
「はあ。う〜んと……五奇人の方たちに、こってり絞られていて……舞台に立って踊るだけだって、言われてたので」

それが終われば私は死に、代わりに末息子が生き残れる。あの日舞台の上で見えていたのは、私に見えていたのは、罵声を送る観客の姿。とてもじゃないが、夏目くんには立たせられない。
だから、朔間先輩が私を見つけてくれて良かったと、今では感謝してもしきれないくらいだ。

「えっと……白い人と緑の人。それと会長さんとつむ先輩ですよね、元『fine』って」
「そうそう。今回はその緑の人の方だよ」
「顔ははっきり思い出せないですけど。でも向こうも私だって知らないはずですし、大丈夫ですよね。たぶん」
「うん。その自信は一体どこから来るんだろうねぇ……」

変に突っかかられることはきっとないだろう。適当なことを口にする私に、会長さんでも苦笑いを浮かべる。どちらかといえば、私は自分よりも『Trickstar』の方が心配だ。

「北斗くんとその人が対話するんですよね。大丈夫かなぁ……北斗くん結構喧嘩腰だから」
「おや、心配なら同席してくれて構わないよ。『プロデューサー』なんだから、堂々としなさい。立場上、僕らアイドルより上の人間だろう?」
「私はまだ雑用とかしていた方が、気が楽です……」
「そうかい。でも挨拶ぐらいはしておこうね……って言いたいんだけど、日和くんなかなか来ないなぁ。寄り道でもしてるのかな」

どうやら、その巴さんは我が道を行くタイプらしい。その巴さんが所属しているという『Eve』の資料を読みながら、私は小さく手を挙げた。

「あの。私、迎えに行きましょうか?」
「う〜ん……迎えはつむぎに頼んでるんだけどね。まぁいいか、ちょっと外に出て、見に行ってもらえないかな」

癖の強い子だから、気をつけてね。

その言葉に頷いて、私は生徒会室から出ていった。その時、ちょうど北斗くんが現れ、向こうも私を視認すると、ほっと安堵したように表情筋を緩ませる。

「百瀬か。……どこか出かけるのか?」
「うん。ちょっと玲明学園の人を迎えに。何か遅れてるんだってさ」
「そうなのか……なら俺は、しばらく生徒会長と2人きりということか」
「ちょっと嫌そうな顔されるとリアルだな……まぁつむ先輩も探してるみたいだから、もしかしたらもうすぐ来るかもしれないよ」

念のため彼とも連絡を取りつつ探すことにしよう。北斗くんにしては珍しく緊張しているのか、複雑そうな表情を見せる彼に、私は小さく笑って見せた。

「大丈夫だよ、自信もって。今回は所謂……前哨戦ってやつみたいだし」
「……あぁ、そうだな」
「あと、喧嘩しないでね」
「喧嘩などしない。明星と同じようなことを言うな」
「あはは、スバルくんにも言われたんだ?」

ここに来るまでに、大吉の散歩をしているスバルくんに会ったという。スバルくんにも言われるだなんて、相当だろう。北斗くんは冷静に見えて、熱が入ると周りが見えなくなってしまうから。

「そうだ、百瀬。【サマーライブ】の曲だが」
「あ、うん。どうかな……?」
「俺たちらしい、いい曲だった。俺は好きだぞ、おまえの曲」
「あ、ありがとう……」

北斗くん、真面目な顔をしてそういうことを言うから、いちいち緊張してしまう。だが、嬉しいことに変わりはない。素直に受け入れよう。

「すまん。邪魔をしてしまったな。また午後のレッスンで会おう」
「うん、またね北斗くん」

生徒会室へと姿を消した北斗くんを見送り、つむ先輩に電話をかける。何コールか目に出てくれたため、相手にはもちろん見えていないが笑顔になった。

『もしもし?』
「もしもし、私です。百瀬です」
『あぁ、百瀬ちゃん……すみません、もしかして、玲明学園の人たちのことですか?』
「はい。会長さんが首を長くして待っていますよ。あ、でももう向かってますか?」
『そ、それがどうも日和くんがショッピングを始めちゃったみたいで〜……』

ショッピング?

先輩の言葉に首を傾げると電話口の向こうから、聞き慣れない声が聞こえた。つむ先輩は、相手に振り回されているようで、参ったように呻き声をあげる。

『あの、日和くんの方は俺が何とかするので……百瀬ちゃんは、もう一人の子を迎えに行ってあげてくれませんか?』
「もう一人って……別行動してるんですか?」
『はい。どうやら『Eden』がテーマソングとして歌ってるゲームをプレイしに行ったらしく……今ゲームセンターにいるみたいなので』
『はい没収〜♪ 誰と話してるかなんて知らないけど、ぼくを捕まえといていい度胸だねっ』
『あぁっ、日和くん! 勝手にスマホを取らないでくださ──』

聞き覚えがあるような、ないような声に話を遮られ、通話は呆気なく切られてしまった。ツー、ツー、と機械音だけ発するスマホに、小さくため息をついてから、制服のポケットに押し込む。

「ゲームセンター、か。テーマソング……私でも聞いたことあるかな?」

ゲームは好きだから、暇があればよくゲームセンターへ行って遊ぶことがあるのだけど、最新の曲ならばまだ聞いたことがないかもしれない。おそらくその人は、SNSで発信するために感想が必要で、自らプレイしに行ったのだろう。

「巴日和と……漣ジュン。……う〜ん? 漣……さざなみ……。どこかで聞いたことがあるような……?」

考えたって仕方がない。実際に、本人に会えばこのもやもやも晴れてくれるはずだ。そう自己完結させた私は、早速ゲームセンターに足を向けることにした。


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