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一生かけてダンスしようよ!


「……とても、辛そうだよ。無理なら、遠慮せずに言ってね。茨もきっと、君の安全を優先する」
「……はい。でも……今日しか、ないんですよね」

私が、私のお父さんのために、何よりこれからの、未来の私のために、世界中の人々に声明を伝えるのは、今しかない。

「……『SS』を取り戻すためにも、ね」
「そちらが『SS』と言ってもいいんですか? 『ウィンターライブ』って名前にしたかったんでしょう?」
「……それは私たちの意思とは別個だから。……日和くんたちから、聞いた通り。君のお父さんは、自ら茨道を選んでいった。私の父にお願いしてね」
「……ゴッドファーザーってひとですね」
「……うん。君のお父さんは、私の父に頭を下げてお願いした。『スバルくんのお父さんを助けるためなら、何でもする』と」

その願いを受け入れたのに、悪意を持ったひとたちに先回りされた結果が、アイドルの連星の末路だ。
それはお父さんの思い描いていた夢物語のような世界にはならなくて、お父さんは燃え尽きた。もう、星にはなれない。星屑のまま、夜空に溶けて消えていく。

「……私の父と、スバルくんのお父さんは、同じではなかったね。どちらかが間違えた存在……」

スバルくんのお父さんが、ゴッドファーザーの悪事の片棒を担いでいたのなら、後継者となっていたのなら、ゴッドファーザーの庇護を受けたかもしれない。
でも、スバルくんのお父さんは綺麗なままだったから。それが出来なかった。
唯一助けられるのは君だけなんだと、私のお父さんに託そうとした。

「……つまり、後継者のひとりになってもらおうと」
「……そう。そして、君のお父さんは、スバルくんをお父さんを助けるためなら、自分がどうなってもいいって言った」
「でも、明星さんはそれを嫌がった。犠牲にしたくない、だから助けを求めなかった」

それを聞かなかった、連星の最低最悪の事態。選択を誤って、悪意をもったひとたちに、先に親友を裏切った碌でなしというレッテルを貼られた。
それが一番、あのひとを殺すのに効果的なやり方だった。

「……自らが奈落の底に堕ちることを望んだ君のお父さんは、君のことすら顧みずに不幸にさせた。でも、君の叫びで目が覚めたんだね」
「…………」
「……君のお父さんのやり方は、好ましくはないのだけど。……大事な誰かを失っては、後悔してきたよね。……そんな中で、君は何度も立ち上がった。顔をあげて。前を見て。直向きに、私たちアイドルを見つめてくれた」

それだけで、私たちはアイドルで居られるんだよ。

微笑んだ凪砂さんは、舞台裏からステージの方を見つめてから、私の方に振り返った。そんな彼を見上げて、私は凪砂さんに問いかける。

「あの。茨くんって……後継者のひとりなんですよね」
「……そうみたいだね。それが、どうかした?」
「いえ……そしたら、今までゴッドファーザーがしてきたことも、全部、茨くんが背負うのかなぁと思うと……なんとも、言えない気持ちで……その……」

言い淀む私を見て、凪砂さんは茨くんのほうを一瞥すると、よしよしと慰めるように私の頭を撫でる。その行為の意図が読めず、きょとんと凪砂さんを見つめた。

「……君は心配しなくていいよ。……そのまま、茨の友達でいてあげて」
「……はい。分かりました」

それが、彼にとっての救いになるのなら、自己犠牲なんてものもなく、彼が笑って過ごせるのであれば、私はそうしてあげたい。

「ちょっと。ひとのいないところで勝手に行く先を決めつけないでくれます?」
「……聞いてたんだ。……良かったね、百瀬ちゃんは君の友達で居てくれるって」
「えぇ、聞いていましたとも! べつにこんなひ弱な友人は要らないんですけどね! まぁ百瀬さんがどうしてもというのなら構いませんけど?」
「……そういうの世間で『ツンデレ』って言うんですよぉ、茨」
「あっはっはっ。そんな言葉で纏められるなんて、可哀想に!」

相変わらずなひとたちだ。むしろ前よりも仲良くなったかのように見える。そう伝えると「べつに仲良くなんかない」と怪訝そうな顔でジュンくんと茨くんが強く否定した。

「ともあれ。英智くんとぼくの財閥も協力してあげたね……感謝してね、百瀬ちゃん」
「はい……一生足向けて寝られません。頭も、上がりませんね」
「ふふ、それじゃあ、またぼくたちに曲を書いてね。或いは……将来、正式にプロデュースしてほしいね、連星百瀬ちゃん?」
「……もちろん。あなたが望むのなら、喜んで。巴日和さん。ふふ、なんだかプロポーズみたいですね?」

日和さんにそんなつもりはないのだろうけど、少しだけ余裕が出てきてそう笑い返した。そんな私を見て、ジュンくんは呆れたようにため息をつく。

「プロポーズを面白おかしいものみたいに言うべきではないですよぉ。つ〜かアンタには縁遠い話でしょう?」
「失礼だなぁジュンくん。君には言われたくないよ。色恋沙汰なんかに、興味ないんでしょ?」
「……そっすねぇ。いや、でもちょっと……ほんの少しぐらいは、出てきたかも?」

ジュンくんのその一言に、日和さんがオーバーに反応を示した。嫌そうに日和さんを避けながら逃げるジュンくんを見て、こんなときも愉快だなぁと見つめる。

「百瀬さん、心の準備はよろしいですか」
「うん。……協力してくれて、ありがとう。本当に」
「礼なんて言わないでください。虫酸が走る……。良いことなんてした覚え、ないですよ?」
「そう? それじゃあ君がしたことが、たまたま誰かにとってはいいことだった……ってことだね」

その誰かが、私や『Trickstar』だったのだ。だから素直に受け取ってほしい。この感謝の気持ちを。君には絶対に伝えなくてはならないから。

「だから。これから先の舞台、末長く、宜しくお願いします」
「……あぁ。あんたの方がよっぽど、プロポーズっぽいですよ?」

なんて返事をすればいいのか分からず、困った風に笑った茨くんを見て、後ろで凪砂さんも嬉しそうに笑っていた。

 *

「大丈夫……? なんて……分かりきってるよね、ごめん。変なこと言っちゃった」
「ううん……ありがとう、心配してくれて。でも、大丈夫、ほら、力こぶ〜……わっ」

眉を下げて、まるで自分も辛いみたいな表情で、私の顔を覗きこんだ真くんに向かってそう笑いかけると、彼はどすっと勢いよく私の体を抱き締めた。らしくもない行動に動揺していると、きつく、きつく抱き締められる。

「ごめん、僕、どうやって励ましていいか、分かんなくて」
「う、ううん……全然、いいよ。むしろ、ぎゅってしてくれると、安心する」
「そっか……そっかぁ」

どこか安堵したように息を漏らした彼は、とんとんと背中を叩いた。慰めるようなその仕草に、少しだけ涙が滲む。だめだ、これ以上は泣いてしまう。せっかくの衣装を汚したくない。そう思って引き剥がそうとしたが、離れてくれる気配を感じない。

「……あぁ、良かった。すごい、心臓のおとが聞こえる。生きてるんだね、百瀬ちゃん」
「そ……そうだよ、生きてるよ〜……どうしちゃったの、真くん?」
「いや、実を言うと……君の話を聞いてた時、物凄く肝が冷えて……それなのに、氷鷹くんは力強く否定したよね」

それが羨ましかった。自分にはどうもしてあげられないことを、ひどく悔いた。そんな自分でも、こうして何かしてあげられるのなら、光栄で、幸せだ。

「こんなことしか出来なくて……ごめんね……」

泣きそうな声で、そう呟いた真くんに、私は彼の腕の中で全力で首を振った。そんなことない。こんなこと、なんかじゃない。こんな自分、なんかじゃないんだよ。
もっと自信を持って。君はこうして親友を抱き締めて、励まそうとしてくれるとても勇気のあるひとだ。

「私、果報者だよ……」

瞬間に、さらに二重ほどの圧力が押し掛けてくる。それに小さく呻くと、真緒くんと北斗くんが笑みを溢した。

「そうだぞ遊木。百瀬は幸せだ。もちろん、俺たちもな」
「信じろよ、百瀬の言うことを」
「……うん……」
「さあ、みんな。行こう、明星たちが待っている」



「……あぁ、すごい震えてるね、百瀬。ごめんね、俺のせいだ……」

謝らないで。私は自分の意思で、今ここに立っている。
小さく笑って首を振った私に、スバルくんは握っていた私の手を撫でて、「百瀬は強いね」と困ったように笑った。

「俺、カッコ悪いよ。ダメだなぁ……今日、優勝して、一番のアイドルになるはずだったのに」
「……そうだね。でも、スバルくんはずっと前から、私にとっては最高のアイドルだったよ」
「……!」

私の言葉を聞いたスバルくんは、驚いたように目を丸くしたあと、泣きそうに顔を歪めて私の体を勢いよく抱き締めた。

「百瀬、俺が突き放そうとしても、今度はこうやって抱き締めてくれたよね」

それがどうしようもなく嬉しくて、体温が、鼓動が伝わってきて、すごく安心した。

「俺、俺ね、君のこと───」

そこで、スバルくんは言葉が途切れる。違和感を感じて、彼の背中に触れると、ぴくっと僅かな反応と共に、耳元で息を吸い込んだ。

「俺、君のこと……思い出す度に、もう会えないんじゃないかって泣いてた」

学院の噴水で君の曲を聞いて、出会って、一緒に歌って踊って。遠くに切り離された記憶を繋ぎ止めるまで、訳がわからないけど泣いていた。思い出す度に、というのは語弊があるかもしれない。だって、記憶の山に埋もれて忘れていたのだから。

でも、感覚はまさしくそれだったという。

埋もれた欠片の中を、小さな灯りを頼りにして、一生懸命掘り起こした先で。

「君が笑ってた。君の笑顔が、俺にとっての光だった」

絶望の中にある星屑が、ずっとずっと美しいものとして輝いて見えていた。

優しく背中を撫で続けていると、彼はゆっくりと体を離していく。
この一年、顔を会わせるだけで毎日が幸せで、その幸せを共有できて、嬉しかった。

「百瀬、お願い」
「うん」
「俺に、百瀬の曲を歌わせて」

これからスバルくんの言葉で、全てを話す。
全ての想いを込めて、世界中に愛を振り撒く。それを繋ぐのが、私の作った曲になること、すごい光栄に思っているよ。だから。

笑って、スバルくん。

 *

『……どうも、明星スバルです』

舞台の中央に立ったスバルくんが名乗る。それを観客たちは清聴し、じっと彼だけを見つめていた。
全てを話す。自身の父が無罪であったことを。自分の身の潔白を。天祥院財閥や、巴財閥が、不正な隠蔽をせずに、捜査するように警察に釘を刺してもらうこと。
悪意をもって見せられた映像と共に流れたネットの情報も、明星と繋がりのあった連星の話も、全てが偽りだったと。
この暗くて重い話は、表舞台に晒すべきではなかった。おそらく年明けには、事情が明るみになってくるだろう。
証拠に誤りがあって、明星さんは罪を犯したのかもしれない。それで罪が晴れたとしても、もう明星さんは帰ってこない。しかし、明星さんは明星さんで、スバルくんはスバルくんだ。

今までの人生に、今日まで紡いできた物語に、後ろ暗いことなど一切ない。
だから、心からの笑顔で、それが赦されるなら、みんなの前で歌わせて。

『俺を、アイドルでいさせてください』

スバルくんの切実な願いを合図に、私は花道を抜けて彼の側に寄り添った。

歩み寄ってきた私に、スバルくんはこちらを凝視し固まっている。無理もない話だ。だって、スバルくんには話していないのだから。スバルくんの手から、マイクを借りて、息を吸い込む。

『初めまして。……夢ノ咲学院プロデュース科の、連星百瀬といいます』

まずは、私のような裏方の人間が、この場に立つことの無礼に対しての謝罪と、それから、私の話をどうか最後まで聞いてほしいという願いを伝えた。

『私の父は、今ここでお話しした明星スバルの父と同じように、アイドルでした』

トップアイドルにはなれなくても、私やお母さんにとっては、唯一無二のスーパースターだった。最愛のひとだった。そんなあのひとはもう、アイドルを辞めて、舞台から降りている。
ほとんどはもう、スバルくんが話してくれたから、要所要所省いて話していこう。あまり時間をとらせては、お客さんに不満を抱かせてしまうから。

『許してくださいとは、言いません。現在ネットで囁かれているような情報は、真っ赤な嘘です。父も、明星さんも……ひとを陥れるなんてことは出来ないほど、優しいひとたちです』

父は、明星さんが大好きだった。
けれど、もうあのひとは芸能界には戻れない。その勇気を持つには、とても強くなければならない。その力を、お父さんは失ってしまった。

『そして、ここからが私が舞台に上がった本題です。彼ら『Trickstar』の曲を作ったのは……実は私なんです。嘘だって思うでしょう?』

でも、本当のことなのだ。当事者である私でさえ、信じがたい話だけれど。私は今日まで彼らに曲を捧げ、そしてその歌をこの体に浴びることで生きてきた。

連星の娘である私が、彼らの曲を作ることは、咎められてしまうかもしれない。

『彼らの曲を作ることが、何よりの幸福でした。その歌を、踊りを見届けられることで、心から満たされていました』

だからこそ、どうか。どうか。

『明星スバルと、同じ願いになりますが。父が誰かを貶めるようなことをしたとしても、私を一個の個人として見てください。……『連星百瀬』として、アイドルの側に、居させてください。彼らの曲を、これからも書き続けたいんです』

図々しいかもしれないけれど、これから先も、彼らをプロデュースして生きていきたい。

『どうか、よろしくお願いします』

『Trickstar』だけじゃない。他の夢ノ咲学院のアイドルも『Eden』も、私にとっては愛すべきアイドルだ。大好きで、抱き締めて、慈しんで、見守り続けたいんだ。
深々と頭を下げた私に、静観していた観客たちはサイリウムを振ったり、優しく声をかけてくれた。

『はい……ありがとうございます、皆さん』
『……気を取り直して、歌ってもいいですか?』

私からマイクを受け取ったスバルくんの言葉に、観客たちが再び答える。その声を聞いて、スバルくんはしおらしくお礼を告げながら手を振り返した。

『それじゃあ聞いてください。この子が愛を込めて作ってくれた曲、俺たち、『Trickstar』の歌を』


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