エピローグ
「よぉく頑張ったな。よしよし、褒めてやろう……♪」
「はぁ……? 何ですか急に……犬みたいな扱い……。いいですけど。今足ガックガクなんで、揺すらないでください」
「大丈夫ですか? 全く……あなたたちは本当に問題児ですね……ほら、座っていてください。よく、頑張りました」
「はい。椚先生に褒められるなら、頑張った甲斐があります。でもちゃんと舞台を見たいので、関係者席とはいえ、座ってなんかられませんよ」
「俺とあきやんの扱いに温度差があるぞ……」
安心したように頭を撫で回す佐賀美先生を冷たく突き放していると、椚先生がそんなことを言いながら席に座るように促した。しかし、座ってしまってはせっかくの舞台が見えづらい。
「ほら、ジュンくんこっち見てますよ」
「おお、本当だ。がんばれ〜」
「……めちゃくちゃ悔しそうですね。まぁ向こうから見れば『高みの見物』って感じなんでしょうけど」
口の動きで何て言ったのか、ジュンくんには分かったようだ。しかし、あそこから口の動きが見えるとは、一体どんな視力をしているんだか。
それにしても、『Eden』もキラキラ輝いている。本当の本当にアイドルだ。茨くんなんか、『アイドルは好きでも嫌いでもない』なんて言っていたけれど、実際他の人たちに染まってきているように見える。そういう意味では、彼はこれから本当の意味でアイドルになるのだろう。
(……あれ? もしかして日和さん、こっちにファンサしてくれた?)
それが本当に私に向けてなのかどうかは分からないけれど、小さく手を振ると、日和さんは満面の笑みでその手を振り返してくれた。やっぱり、見間違いではなかったようだ。
やっぱり凄いなあ『Eden』は。同世代最強を誇るだけはある。これで優勝と言われても、誰も反対しない。
(それでも……私は『Trickstar』が一番好きだ)
贔屓でも何でもない。
彼らが一番輝いて見える。
最初からずっと、君たちのことが大好きで、その頃よりずっと、一緒にいたいって気持ちが膨らんでいって。
(もう爆発寸前だよ! あぁほんと、君たちに出会えてよかった!)
色んなことがあったよね。それこそ裏切ったり、ぶつかりあって傷つけあって、お互い顔をぐしゃぐしゃに歪めてしまうほど疲れきってしまったこともあったけれど。
その全てがあったからこそ、私たちは互いを支え合って、ここまで駆け抜けてきた。
もうすでに感極まって泣いてしまいそうだけれど、集計の結果が出るまで動き回らなくてはならない。捕まってしまったコズプロの人員分、人手が不足しているのだ。
【DDD】のように、みんなと一緒じゃないから、結果は先に知ってしまう。どっちに転んでも、顔には出ないようにしないと。
「………………」
そう思って、結果の映る端末を手に取ったはずだった。しかし、その電源を入れる前に、ここにいるはずのないひとが居たから。
「……お父さん……」
辛うじて出た呼び名に、お父さんは小さく微笑んだ。
その顔が嫌いだった。何もかもを悟ったような顔をして、本当は全てを放り投げたかったくせに。私からも、逃げたかったくせに。
それでも勇気が振り絞れなくて、何もかも中途半端にした臆病者のくせに。
私の糾弾を止めるように口を塞いだお父さんは、その指を端末の方へと滑らせた。見てごらん、と言いたげに。その視線から逸らすように、私は端末の画面を見つめる。
そして、そこに表示されていたユニットの名前に、驚愕し、腰が抜けそうになってしまった。そんな私の体を支えて、お父さんは、舞台を見るように誘導する。
「見ててあげて。君の愛した一等星を」
再会して初めて口にするのが、そんな言葉だなんて。あんたは本当にずるい人だ。
「…………む。あれは……連星……さんか?」
「えっ!? 嘘っ、百瀬ちゃんのお父様!? う、うわ〜そっくり! 今の今まで見られてたの、もしかして!?」
「まじか……親友の親に見てもらうってやばいな。いや、北斗のお父さんもそうなんだけど……」
「気持ちはわかるぞ。何だかあの話を聞いたあとだと……余計、『特別』に感じてしまう」
関係者席を見ていた北斗くんが、私のお父さんを発見する。それに連鎖するように真くんと真緒くんが反応するが、スバルくんだけ異様に無反応だった。
「良かった……ちゃんとお話出来たんだね、二人とも」
「あはは、見てみろよ。北斗のお父さんが絡んでるぞ」
「……何だか嫌そうな反応だな。仲が良いように聞いていたのに」
「氷鷹くんのお父さんは、百瀬ちゃんのお父さんのことが大好きなんだね〜。ほら、熱い抱擁を交わしているよ。何か百瀬ちゃんのお父さんは、引いてるように見えなくもないけど」
集計結果を発表するためのドラムロールが鳴り出した。
その音を聞いて、『Trickstar』の四人はそわそわとし始めて、落ち着きがない。真くんは不安になったのか、真緒くんと手を繋いで、スバルくんもさりげない感じで北斗くんに寄りかかっている。
「……ひえっ!? ビックリした! 急にスポットライトに照らされたっ」
「えっと、これって……?」
「あぁ……、勝ったのか。俺たちが、『SS』に優勝したのか」
スポットライトに照らされて、動揺を隠しきれない北斗くんが、声をあげる。『Eden』のみんなも悔しそうだけれど、笑顔で彼らを祝福していた。
呆然としている場合ではない。夢ノ咲学院のドリフェス制度に則るなら、勝者はアンコールを歌う権利がある。
目一杯はしゃいで、高らかに笑って、これでもかってくらい喜ぶ真くんと真緒くんに歓声が更に沸き上がった。
「あぁ、早く歌いたいな! 待ち時間が長く感じる!」
「ちょっ、ちょっと振り回さないでホッケ〜……。ステイステイ!」
慌ただしい感じがまさしく『Trickstar』だ。そんな彼らの声は全く聞こえてこないし、雰囲気でしかないけれど。
だが同時に、実感がようやくわいてくる。
【DDD】のときもそうだったけど、私はどうも反応が遅いようだ。私はみんなから隠すように顔を覆って、音にだけ集中する。
あぁ、幻聴だろうか。
「───! ───!」
遠くで彼の声が、聞こえる。
「───百瀬!!」
マイク越しではない声で、その名前を叫ぶように呼んだ。北斗も、真も真緒も、ひどく驚いた表情で俺を見る。この歓声の中じゃ、俺の声は君に届かないだろう。
聞こえないと思うけど、でも今、言わせてほしい!
「俺っ、俺、今……!!」
君が居てくれたから、君のおかげで。
「俺、今! ステージに立ってる……!!」
君の作ってくれた曲を歌って、君と共に、このステージまでやってきた。彼女の名前を、必死に呼ぶ。もう喉もがらがらに嗄れて、観客の声に掻き消されて消えちゃうけど、それでも俺は叫ぶ。
俺たち、生まれた瞬間も、育った日々も、違っていたけど。君と出会ってから一緒に、ここまで駆け抜けてきたよ。奏で合ったこの場所で、この光景を見ている。このサイリウムの海を。観客の祝福の声を、浴びるほどに身に受けている。
これは、俺たちが起こした、『奇跡』なんだ。
「笑って!! 俺の大好きな笑顔を見せて!!」
どんな表情も愛しくて堪らないけど、笑った顔が一番好きなんだ。
体がふらついて、よろけた俺を北斗が支える。その瞬間、一気に体から力が抜けていった。そんな俺に、真が肩を叩いて指を差す。
「……あはは、笑ってるよ」
驚いたようにぼんやり呟いた真緒の言葉に、ぼやける視界の先で、確かに見えた。
涙を拭うこともせず、この景色をその瞳に焼き付けるように、見つめている。不格好で恥ずかしい俺たちでも、愛しげに目を細めて、微笑んでいる。
ねぇ。俺たち、これからも一緒に居ていいんだよね?
瞳の奥から、じんと熱いものが込み上げてくる。ぽろっと零れ落ちたそれは、音もなくステージの上で弾ける。止めどなく溢れだしたそれに、俺は拭おうとした手をピタリと止めた。
「あはは、見てみて! サイリウム振ってるよ! すごい、こんななかでも一番輝いて見えるね……しかも俺の色だっ☆」
そうだ。その笑顔が大好きだった。むかしから、ずっと、その笑顔に恋い焦がれていた。
『俺も最後は思いっきり全開の笑顔で歌うよ! 『ONLY YOUR STARS!』……☆ みんなも一緒に歌ってね! 世界中に響かせようっ、俺たちのアンサンブルを!』
煌めく紙吹雪が舞うなかで、スバルくんたちが笑顔で歌い出す。
何度も聞いたはずの曲なのに、聞きなれているはずの歌声なのに、新しく生まれ変わったかのように美しく感じる。この世が産み出した奇跡、世界で一番の星たち。
サイリウムを光らせて、たくさん振るうと、それを見ていたスバルくんが、笑顔で私の方にマイクを差し出した。
それは、つまり、私にも歌ってほしいということだろうか。君が望むのなら、いつまでも、何度だって歌う。
たとえこの命が燃え尽きて、生まれ変わったとしても、君たちを愛しているから。その愛を込めて歌う。
君に届くように、君が大好きだと言ってくれた笑顔で歌うよ!
歌い出した私を見て、彼は満足げに笑って、胸の奥からの秘めた想いを伝えるように、小さくキスを送ってくれた。
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