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あなただけのアイドル


「『Eden』の楽屋はこっちだよ。少し遠いから、急がないとね……」

駆け足で楽屋に向かおうとするが、やはり足がもつれてなかなか前に進めなかった。でも早く行かないと。手遅れになる前に。

「待て。待ってくれ、百瀬」
「…………?」
「お前の話を聞きたい。遊木の話も、ネットだけじゃ限度がある」
「……今じゃなきゃだめなの?」
「当然だ。むしろ、今を逃せば、一生話す機会はこないかもしれない」

大袈裟に話す北斗くんに、私は顔を俯かせた。話したいとは思えない。墓まで持っていきたかった。共有すべきとは分かっていても、怖いんだ、結局。
北斗くんのお父さんから聞いた話。真緒くんが『Eve』から聞いた、元を辿ればジュンくんのお父さんから聞いた話。それから真くんが調べた情報。
全部組み合わせても足りない。ううん、どれかが違ったり、本当だったりすると思う。

「軽蔑なんかしない。それに何より、『あの明星』の側に、一番近くにいたのは、お前の父親だろう!?」

らしくもなく、引き留めるように声を荒げる北斗くんに、私は足を止めて振り替える。私の表情を見た瞬間に、三人は顔を強ばらせて、北斗くんは徐々に怖い顔に変化していった。

「……そんなんじゃないんだよぉ……」

やっとのことで絞り出せた声は、三人に届いたか定かではない。しかし、はっきりとはしていなくても、聞こえてはいたみたいで、北斗くんは私の肩を掴んだ。その振動で、目尻に溜まっていた涙が、雫となって弾ける。それがぽたりと床に落ちたのを見て、彼はそっと私の手を取った。真くんは私の背中を、真緒くんは私の頭を撫でてくれた。

「ゆっくりでいい。……話してくれ」
「……お父さんは……明星さんと面会して、『絶対に、お前を助けるから』って……」

お父さんは必死になって無罪となる証拠を集めた。いろんなひとに頭を下げたし、土下座して頭を踏みつけられて蹴られたことだってあった。
その間、家にずっと帰ってこなかったけど。それでも良かったんだ。

「舞台では孤独でも、お互い大切な存在だった。それを救えるなら……って、私もお母さんも、見守ってたよ。無事に終われるなら、何でも良かった。帰ってきて、また三人笑顔で過ごせれば良かったんだ」

でも、お父さんの仕事は、無事には終わらなかった。
舞台に上がった瞬間、あれほど心地よかったはずの声援が、すべて罵声に聞こえて、何もかもが敵に見えて、信じられなくて、それで、舞台下を覗き込んだ先に、見えるのは。

死体。

「……それから発作が起きるようになって、お父さんは舞台から降りた。明星さんの事件があまりにも大きくて、些細な発表になったけど」

それからお父さんは、明星さんの無罪を主張するための証拠を届けにいったけど、警察はお父さんの集めた証拠を一切受け付けないどころか、それらを処分してしまった。

「……何度も何度も、それを繰り返した。でも、明星さんは病気にかかって、亡くなってしまった」

『絶対に助けるから』。
そう誓いをたてたのに、『ごめんなさい』の一言も言えないまま、彼は帰らぬひととなってしまった。

「お父さん。その日から、くすりとも笑わなくなって」

とても、アイドルをしていたひととは思えないほど窶れてしまって。私とお母さんは、そんなお父さんを元気付けようと毎日色んなことをしてた。できる限りを尽くして励まそうとした。
でも、お父さんが元の姿を取り戻すことはなかった。

「いつしか、周りから白い目で見られていることに気づいた」

それの正体に気づいたのは、いつだっただろうか。遅かれ早かれ、結果は変わってなんかいなかっただろう。
家は荒らされて、街に出ただけで暴力を受けて、面白半分でゴミや石を投げつけられて。

「ひどいよ。お父さんが何をしたの? ただ明星さんを助けたかっただけなのに……。子供の私にはわかんなかったよ。なんで? どうして? って疑問ばかりで……でも今なら分かる」

ここに来るまで、散々他のアイドルたちを踏みにじって高みへ向かっていった。屍の上に立つ者が、芸能界の人間に厄介者として扱われる。
邪魔者だったお父さんを、誰かが陥れたんだってことは、明白だった。

「……気づいたら、明星さんがした同僚への体罰とかの、被害者ってことになってて……それを告訴したのが、お父さんっていう事態にすりかわってた」

そこから明星さんの不正が発覚したのだと、発表された。

もちろんお父さんはそんなことはしていない。あの日はゲストで、出番が来るまで控えていて、事故が起こった。本当に、巻き込まれただけ、絶対に他の誰かの策略だった。

そんな朗報は賛否両論。悪を潰えさせて『よく言った』と称えるひともいれば、なんて心ないことをしたんだと怒り心頭のひともいた。憐れむひとだって、中には居たんだろう。

残酷だった。お父さんは明星さんのこと、親友として大好きだったのに。牢から出すどころか、その中に入れた張本人だと言われ続けて。

「お父さん。一度だって明星さんに『助けて』なんて言われてないんだよ。全部勝手にやって、勝手に自滅した…………」

そんなお父さんが、惨めで仕方なかった。

娘の私が、そんなこと思っちゃいけなかったと思う。それでも、お父さんがずっと頑張ってきた結果がこんなだなんて、どれほど神さまを恨んだとしても気が済まない。

「許せなかった。明星さんとお父さんを、陥れたやつらが。……アイドルが、芸能界が、憎かった。怨めしかった」

せめて、お父さんの心を奮い立たせるために。もう一度、あのきらびやかな世界の中で、輝いてもらうために。

「色んなことを言った。酷いことを、たくさん。今まで私やお母さんに振り向きもしなかったお父さんに。『情けない!』『私たちのお父さんを返して!』『お父さんをこんなにしたアイドルなんて大嫌い!』」

怒って欲しかった。
感情をさらけ出して、思い出してほしかった。
お父さんの大好きだったアイドルを馬鹿にしたら、きっとこの人は怒鳴り散らすはずだ。

それでも、お父さんは。

「笑ってた……怒りもせずに、ただただ、微笑んでた……」

その瞬間に、家族に大きな隔たりが生まれて、ぴしっとヒビが入る音が聞こえた気がした。

終わったんだ。
その瞬間に、私たち家族は、破綻した。

そしてそれは、二度と修復不可能なほど歪な形で止まってしまった。直そうとしても、出来ないんだ。変な方向に私が曲げちゃったから。

今日、明星さんの悪評と共に、お父さんのことも流れているんだろう。むしろそれも相手の策略のうちかもしれない。だって、『Trickstar』の曲を作ったのは『連星の娘』なんだから。

「お父さんは私のことはもう愛してないし……。私の高望みだったから、仕方ないかもしれないけど……」


「───そんなことはない」

私の言葉を遮るように、北斗くんがはっきりとそう告げた。その意図が読めず、俯かせていた顔を、ほんの少しだけ上げる。

「お前の父親は、お前のことを愛している。証拠が、今お前がここにいることだ」
「……?」
「『プロデュース科』のテストケース……。佐賀美先生が、何気なく話したそれに、お前の父親は食いついた」

そう、全てはそこから始まった。私の両親が勝手に捺した判が、きっかけだった。

「『アイドル科のセキュリティなら、百瀬を守れる』。普通科にいるより、それは確実だと思ったんだ。佐賀美先生が頻繁にメンテナンスを行っていたのも、お前の父親の頼みだった」
「……守るって……」
「そして、これは決定的だ。『百瀬に、もう一度アイドルを好きになってもらいたい』。それがお前の父親の、本心だ」

決して、悪戯にプロデュース科に転科させたわけではない。
そんな、本人に聞いたわけでもないのに、どうしてそんなことが分かるんだ。私の問いかけに、北斗くんは穏やかに微笑んで、私の手を力強く握ってみせた。

「聞かなくたって分かる。お前の父親なんだからな」
「……どういう理屈……?」
「君が本当に心ないひとに育てられたなら、僕たち一緒にここまで来れてないよってこと!」

代弁するように、横で真くんが答える。鮮明に響いたその声に、今まで深海の奥底に沈んでいた気分だったのが、どんどん水面の光に近づいているような気がした。

「今じゃあ百瀬ちゃん、アイドルが大好きだもんね!」
「そんな不安そうな顔すんなよ。俺たちはとっくの昔に、受け止める準備して……今はもう覚悟決まってるんだ。今さらになって、手ぇ離したりしないからさ……」

父親がどんな人間だろうが、どんな過去を抱えていようが、私という人間は、この一年見てきたものが本物だって、このひとたちは信じてくれる。

「さぁ、ちゃあんと吐き出すもん吐き出したか? ていっても、もう時間もそんなにないか……『Eden』と話しつけようぜ」
「……あぁ、行こう。百瀬、安心しろ。お前の側には、俺たちがついている。俺たちがお前を、『プロデューサー』にしてやるからな」

自信満々にそう答える北斗くんに、私は茫然としていたが、それを三人が手を引いて『Eden』の控え室へと向かおうとした。

「……敵の陣地を目前にして話し込むのは、如何なものかと思いますよ?」

私たちの目の前に現れたのは、茨くんだった。それを目にして驚きの声をあげると、彼は呆れた様子でため息をつく。どうやら、もうすでに『Eden』の控え室の側までやってきていたようだった。

「おやおや。こんなに目を真っ赤にして……アイドルじゃないとは言え、女の子が泣き腫らすべきではないね?」
「早く入ってください。話、あるんでしょう?」
「あ、あぁ……思いの外歓迎されてるな?」
「仕方ないでしょう? ああも自分の手のひらから逃げてぶち壊しにしてくれたんですからねぇ! あぁ腹が立つ!」
「ふふ、茨のやつ、けっこう頭にキてるっぽいですよぉ」
「そういうジュンくんもね。さっきの話、二人共壁にべったりくっついて盗み聞きしてたねっ」
「……私と日和くんもね。大丈夫?」

そっと私の頬の涙を拭いながら問いかけてきた凪砂さんに、私は力なく頷いた。本当は大丈夫なんかではないけれど、ここで首を横に振ったりなんて出来ない。

「別に、こんなとこで無駄に意地張ったって仕方ないですよ。逆に捉えてください。……あんたには『釈明の余地が与えられた』って」
「……つまり?」
「オレらもそちらに手を貸す分……百瀬さんにも、協力してもらいます。アンタの足で立って、アンタの声で伝えるんです。『アンタの父親の無実』を」

だから、そのためにも。滅茶苦茶なってしまったこの『SS』のためにも、『Eden』も少しばかり力を貸してくれるというのだ。

「自分は自分でムカついてるだけなんで。変な勘違いはしないでくださいよ?」
「…………。ありがとう、茨くん」
「だから〜……」
「あっはは、調子狂うって感じっすね? 分かりますよ、素直にお礼とか言われちゃ、困ります」

それで反抗されても、力で捩じ伏せることになるからあまりいい気もしないし、そういうところがアンタも良いところだと誉められて、少しだけ照れくさかった。

「…… 私も父が愛したすべてのものを、アイドルという概念を、傷つけるような真似は許さない。畏れ多くも神に代わって、天に代わって裁きを与えよう」
「……ふふ、神さまよりもアイドルのほうが、私にとっては愛おしいですけどね。手を携えて共に戦ってくれると……そう思ってもいいですか?」
「もちろん。きみの愛するアイドルが、きみを救ってあげる。それが良い日和!」
「さて、確認は出来たところで、やることやりましょうかね」

どんと胸を叩いた茨くんの姿を見て、私もみんなも力強く頷いた。最強の敵が最強の味方になる、そんな真くんの予感が的中した。
こんなに心強い味方、未だかつて見たことがないよ。


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