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無限大の煌めきを、今


「……ん? どうしたあんず? モジモジしているな。トイレは開会式が始まる前に済ませておいたほうがいいぞ」

なんてデリカシーのない。いや、それこそが北斗くんの個性である。最近はあまりなかったけれど、久々に異性に対して気遣いのない発言を聞いた気がする。北斗くん的には、気遣ったつもりなのだろうけど、女の子が夢見るような王子さまに振る舞えなくてすまない、と謝罪する北斗くんに、あんずちゃんは首を横に振った。

「あはは、そういう王子がいても良いんじゃね。お高くとまってない感じでさ〜、今は庶民派の親しみやすいやつの方が受け入れられる時代だし」
「つまり、真緒くんみたいなひとってことだね」
「おう。……あれ? 今普通に聞き流すとこだったけど、遠回しに王子って言われたのか?」
「そうだよ王子さま。厄介な無自覚タイプだよ、君は……。それよりもね、みんなに『Trickstar』専用衣装に着替えてもらいたいんだよね」

あんずちゃんが衣装を抱えてもじもじしているのはそのためだ。開会式と予選は、普段の衣装でいかせてもらう。新衣装は、本戦でお披露目するということだ。

「つまり、予選で負けたらせっかくの新しい衣装が無駄になっちゃうんだ? これは断然、負けられなくなったね! 二人の衣装、絶対着たいもん!」
「うん……最初に衣装を作ったとき以来だね、二人で『Trickstar』の衣装を分担して作るなんて。ふふ、なぁんか感慨深くなっちゃった」

今回は作戦のつもりで、本戦まで新衣装を取っておくのだ。ファンじゃないひとたちが多いだろうし、知らない人たちのためにも『Trickstar』の印象をこの衣装でつけてもらう。お色直しは勝ち抜いてからだ。

「見ててね。絶対に勝つよ、二人とも」
「……!?」
「……あ、あれ? ちょっと、どうして目を逸らして遠ざかっていくの? 見ててってば!」
「明星、普通に、二人が見ている目の前で着替えようとするな。おまえも異性への気遣いが足りないぞ」
「あっ、ごめんごめん」

衣服を脱いで着替えようとし始めたスバルくんに、私とあんずちゃんは驚き、大きく後ずさって後ろを向いた。相変わらず、突飛なことをする子だ。さすがに突然脱がれたら反応にも困る。

「俺のアイマスクを貸すからこれをつけろ、着替え終わったら声をかける」
「あはは。何かいかにも僕たちらしくドタバタしてきたね……♪」

 *

「スバルく〜ん、待って待って!」
「ええっと、開会式の会場ってこっちだよね? この『SS』専用ドーム、広すぎて迷子になりそう!」
「だったら先行せず、二人についていけ」

ここら辺は受付付近だから、とんでもない人垣が出来ている。一人で突っ走ってしまっては、はぐれてしまいそうだ。観客はまだなはずだから、ここにいるのは芸能人のひとたちばかりだろう。

「あっ、あそこにホッケ〜パパとママがいるよ? ホッケ〜、挨拶したら?」
「いや、後にしておこう。大勢に取り込まれてるしな、両親とは昨日……ずっと一緒に過ごしたからもう特に話すこともない」

カメラもいるし、ここで親の顔を借りてアピールするのもありだが、それはそれでいやらしい気がする。それにあのご両親なら、北斗くんが言わずとも勝手に宣伝しまくっていることだろう。

「おやっ、あそこに七種くんがいるよ。ってか、『Eden』、全員集合してるね?」
「ほんとだ! お〜い、『Eden』〜! 今日は良い勝負をしようね☆」

スバルくんが愛想よく挨拶をしようとしたが、『Eden』はこちらを一瞥だけすると、すっと向こうへいってしまった。露骨にスルーされてしまった。おそらく、作戦のうちの一つなのだろうが、眼中にないみたいで少し傷つく。
向こうにとって、こちらと絡むのは何の得にもならないのだ。この間のショッピングモールだって、結局『Trickstar』の名前は小さく扱われて、凛月や瀬名先輩なんて存在そのものがなかったかのようだった。
スタッフはコズプロの人間だったし、そうなることも予想は出来ていたけど、実際にやられると遺憾なものだ。

「【オータムライブ】と大違いだね。でもむしろスカッとするよ。変に煽てられても気味が悪いし……」
「じゃあ、逆にTVカメラの前に乱入して、さも親しげにしよっか?」
「いや、やめたほうがいいよ。見て、集まってるTVクルーの大半がコズプロの関連企業のひとっぽい」

下手にちょっかいを出せば、放送される時点で変に編集されて、悪者にされてしまう可能性だってあるのだ。カメラは編集し、加工してしまえば、実像を簡単に歪めてしまう。真くんは経験者だから、それを痛いほど理解している。

「でも、カメラの前じゃない舞台でなら、いくらでも己をさらけ出していいからね……。君たちは素が愛される人間だから、まさしくアイドルに相応しい」
「あぁ、お前にそう言われると、頼もしいな。俺たちなら、何度だって奇跡を起こせる」
「おう、努力・友情・勝利だ。少年漫画らしくなってきた♪」

だが、開会式では『Eden』が一曲歌うことになっているし、彼らの曲が今でも刷り込むように流れている。着実に、勝利への布石を置いてきている。

「ああ良かった、『Eden』の作曲、断っておいて……あ」
「…………おい、なんだそれは。そんな話、聞いていないぞ」
「あ、あはは……その……聞かなかったことに出来ませんかね!」

顔を強張らせた北斗くんに、失言だったと後悔していると、彼は私の額をぱちんとその指で弾いた。地味に痛い。痛みに顔を歪ませていると、北斗くんは小さく呟く。

「百瀬。曲だけを望むやつらじゃなく、お前自身を見てくれるやつを選べ」
「……それってつまり、『俺たちだけを見てろ』ってこと?」
「その解釈で違わないが。お前、自分で言っていて恥ずかしくないか?」
「うん。めちゃくちゃ恥ずかしい」

でも、それ以上に嬉しいのだ。そうして求めてくれること、大好きなひとたちが、私を見てくれることに、感激する。大袈裟な言葉選びをした自覚はあるので、少しだけ顔が熱くなった。先程まで血の気が引いていたので、ちょうどいい。

「……あれに頼るのは癪だが、生徒会長などがあちこちで動いているはずだよな?」
「あぁ、そう聞いてる。生徒会を中心に、夢ノ咲学院の『ユニット』があちこちで俺たちの援護をしてくれてるはずだ」

味方にすると頼もしいのが英智先輩である。彼とは色々あったが、ひとまずギクシャクした雰囲気も解消されつつあるし、今度こそは素直に感謝を言えそうな気がする。まぁ、それは『Trickstar』が優勝したらの話だが。

「さぁて、こっからは役割分担。私は夢ノ咲学院のアイドルたちとこつこつ連絡を取りつつ、あんずちゃんと連携して君たちに有利に事を運ぶように手配します」
「おお……『プロデューサー』っぽいことしてる」
「『プロデューサー』だよ。だから、みんなはあんずちゃんの言うことに従ってね。私は会場でほぼ待機みたいな形になるから……」

本戦までの辛抱だ。みんなが三百以上の猛者たちを撃ち抜いて、ここへ戻ってくるのを待っているよ。

 *

「……ふむふむ。『Trickstar』が順調に勝ち続けてます。予選は心配なさそうですね」
「……そうか。それは良いことなんだろうけどよ、お前はどうしてここでサボってるの〜?」

煙草の煙は体に悪いから近寄るんじゃないと、私を遠ざける佐賀美先生だが。そう思うのなら、煙草を吸うのをやめてほしい。休憩中とは言え、教え子の前だ。

「お前が勝手にこっちに来たんだよ。何だよ、おまえも休憩中?」
「はい。でもその合間に……各『ユニット』と連絡を取り合っています」

あんずちゃんが直接通した方が話は早いのだけれど、彼女は対戦相手を賢く選択しなければいけないという大役があるため、煮詰まってしまう可能性がある。
ということで、私は裏で会場の準備を手伝いつつ、指示を通している。

「みんなばりばり働いてくれていて、本当助かっちゃいますよ」
「へぇ、あの『紅月』や『Knights』も……貢献してるってわけか」

カメラに映るわけでもない。自分達に何の利益も見込めないのに、それでも『Trickstar』のために小さなライブをしたり、宣伝したりして、伝えてくれてる。

「ただやっぱり、『Eden』がすごい勢いで属国を率いています。コズプロの息がかかったアイドルたちは、簡単に飲み込まれていってますね……」

八百長の疑いもあるけれど、勝つなら手段など選んでいられない。結局、上に立ったものが勝者なのだ。向こうはきっと、茨くんが作戦を一任しているのだろう。

「それで……なんか、不気味なんです。空気が淀んで、上手く吸い込めない」

どろどろとした泥のようなものに包み込まれて、肌を伝っていく。この気味の悪い感触を、私は知っている。過去に経験したことのあるものだ。

「変なんです。視線が、感覚が、遠くの囁きが……全部全部、嫌なものに感じます」

ショッピングモールの時も薄々と感じていた。しかし、ここにきて、妙にそれをはっきりと肌が感じ取っている。『Trickstar』と一緒にいたときは、あまり感じなかったのに。一人になった瞬間に、こんな風に塞ぎ込んでしまいそうになる。

「大丈夫ですよね……? まさか、あんなこと……もう二度と、起こったりしないですよね……?」

声を震わせて、不安げに尋ねた私に、佐賀美先生は煙を吐き出すと、煙草の火を消して、私の頭をぐしゃぐしゃと掻き回した。

「お前はもう、泣きじゃくるだけの子供じゃない。『プロデューサー』になったんだろ。二度と悲劇が起こらないために動くのが、お前の仕事だ、百瀬」
「…………そう、ですよね」
「……お? おい、何か連絡来てるぞ」

佐賀美先生の言葉に、私は恐る恐る通話ボタンを押す。同時に響いた騒がしい声に、私と佐賀美先生はぎょっとして、スマホから距離を取った。

『あらぁ、百瀬ちゃん。何だか辛気くさい顔してるわね? まさか、負けてるわけじゃないでしょう?』
「う、うん……。貰った端末を見る限りだと、順調だよ。このまま行けば、余裕で本戦に進める……」
『ふふふ。さすがま〜くんだね……♪』
『はあ? 俺たちが宣伝したおかげでしょ〜? それに褒めるべきなのは、ゆうくんだし……♪』
『張り合うところはそこではないでしょうお二方!』
『お前らまさかこんなところで止めるつもりか? まだまだいけるだろっ、おれの『Knights』!』

嵐ちゃんぐらいしか話を聞いてくれそうにない。再び舞台へと突っ走っていったレオ先輩は、遠くで勢いよく振り返った。

『おれたち『Knights』がここまでしてるんだから! 勝たなきゃ承知しないぞ、『Trickstar』!』

こちらに指を指して、不敵に笑うと同時に通信が途絶える。すると、今度は別のユニットから連絡が入ってきた。連続で来るとは、もしかして、みんな一斉にこちらにかけてきているのかもしれない。たった一時間しかないわけだから。

「……?」
『……おや、やぁっとつながりました。ふふ、みえますか〜ももせさん?』
「奏汰先輩? えっ、ライブ中ですよね」
『はい〜。ほかの『ゆにっと』のひとと『いっしょ』に……ちょっとかずがおおいので、どれがどれかわからないです』

そう言いながら、スマホのカメラを舞台の方に向ける。ああ、思っていたよりも多い。『流星隊』に『Ra*bits』や、『fine』だっている。『Switch』とか、他にもまだまだいるのだろうか、ちょっと画質の問題で確認が取れない。

でも、歌声で分かる。みんなが歌っている。

『ちあきやわたるなんかはとくにはりきっているので……ぼくもまけてられません……♪』
「け、けっこうそっちもイケてる感じですかね……?」
『はい、いけてます……♪』

ぐっと親指をたてた奏汰先輩に、私は思わず笑ってしまった。後ろはかなり盛り上がっているようだし、奏汰先輩も報告していないで舞台へ行きたいだろう。

『ももせさん。『むり』しちゃ、『だめ』です』
「え……」
『『がまん』できなかったら、ないてください。そしたらまた『えがお』になれます。ぼく……あなたの『えがお』が『すき』なんです』

だから、嫌になったら泣いて。それが枯れたら、思いっきり笑えばいい。何事も、最後に笑ったものが勝者であるのだと。

『まだ『いきたい』ってあなたがねがうのなら……ぼくも、がんばってきます』

通話が途切れた時に、周りに佐賀美先生がいなくなっていることに気がついた。まさか、もう仕事に戻ってしまったのだろうか。サボりそうなのに。
私も行かないと、と立ち上がった瞬間に、再び着信がきた。今度は誰だと確認すると、ぱっと画面に双子の顔が映る。

『やっほ〜い、百瀬さん』
『どんな感じですかね〜? 百瀬さんに連絡すればあんずさんに回っていくっていうんで、かけてみたんですけど』

見えますか〜? と言ったゆうたくんの言葉に画面を注視すると、そこには『UNDEAD』の姿があった。まだ真っ昼間なのに、朔間先輩の姿もそこにある。

『朔間先輩、『愛し子のためじゃ〜』なんて言って、やる気満々だったよ〜』
『誰かさんのおかげですね。普段は梃子でも動かないのに?』
「す、すごい人数だよね? 他の人たちも、わざわざライブの舞台途中で降りて、私に連絡してくれて……」

メッセージ一つで解決なのに、それなのに声を聞かせてくれる。歌声が、私の耳まで届いている。そのことを二人に伝えると、二人は顔を見合わせて笑いだした。

『あはは! み〜んな考えてること一緒だ!』
「え? な、なに? どういうこと?」
『百瀬さん、色んなこと考えて、パンクしそうになって、でも爆発しないように奥底に閉じ込めるでしょう?』
『そのネジをちょっとずつ、ちょっとずつ……緩めてあげようってことだね。何度もかけ直した甲斐、あるかなぁ?』

確かめるように問いかけてきたひなたくんに、私の体は硬直した。スマホを掴む手が力んで、肌に食い込んでも、それでもやめられなかった。しかし、緩められたネジは簡単には閉まらなくて、決壊してしまう。

『……やだなぁ、百瀬さん。泣いてるの?』

茶化すように笑ったひなたくんに、私は首を横に振るった。泣いてなんかいない。ただちょっと、つんと何かが込み上げてきそうになっただけだ。

『思いっきり泣いていいですよ、百瀬さん。俺たち、手は届かないけど……ほら、心が繋がってます』
『その涙は拭えないけど。でも、だぁいじょうぶ。顔あげて、百瀬さん』

ああ、なんと言うか、怖いくらいに。
幸せを感じている。こんなに心強いひとたちに囲まれて、今まで生きていたんだ。

「ありがとう、みんな」

全てが終わったあと、一人一人に感謝の言葉を伝えて、いっぱいいっぱい抱き締めたい。
小さな呟きに、ひなたくんとゆうたくんは満足げに笑って、私に元気よく手を振ってくれた。


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