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愛と希望を胸に


「はよ〜。昨夜は眠れたか〜?」
「……おはよう、真緒くん」
「あはは、こりゃダメだ」

家から出てきた私を見て、真緒くんは思わず苦笑いを浮かべてしまっていた。そんなに、見て分かるほどなのだろうか。自分の頬に触れていると、真緒くんは「そんなんじゃ戻らないぞ〜」と声をかける。

「俺たちには休めって言ったくせに、仕事してたのか〜?」
「ううん。普通に、緊張して眠れなかった……」
「なんだ、そういうことか……。ほら、おいで」

手を差し出した真緒くんに、首をかしげながらふらふらと歩み寄る。また、女神パワーとかいうやつだろうか。いや、この場合だとアイドルパワーか。そんなことを考えながら、その手を取ると、彼は背中を向けて、勢いよく私を背負い上げた。

「!? ちょ、ちょっと真緒くん!?」
「大丈夫。お前凛月より軽いからさ」
「全然大丈夫じゃない……! ここから現場までまだ距離あるよ! ていうか恥ずかしい……!」
「あはは、なぁんか、いつかのどこかでもこんな感じだったなぁ。【DDD】の時だったか」

思い返すように空を見上げながら歩き出した真緒くんに、これは何をいっても聞かないと悟ってしまった。出来れば体力は温存して、本戦に向けて全力で挑んでほしかったのに。

「ごめん真緒くん……」
「謝らないで、お礼を言えよ。緊張して眠れなくなるのは仕方ないことだろ。むしろ、そういうお前の人間らしい部分が愛らしいというか……って何言わせんだ!」

勝手に真緒くんがペラペラと語り出したのに、怒るだなんて酷い。でも、真緒くんが善意でこうして背負ってくれていることは分かっている。私はお礼を呟きながら、ぎゅうっと真緒くんにしがみついた。

「えっ、あっ、待って。それ以上引っ付かれると困る! 色々!」
「えっ? ごめん……?」
「いや……俺は役得でいいな〜とは思うんだけど……痛いっ! 痛いです百瀬さん!」

ぐいぐいと彼の後ろ髪を引っ張ると、謝罪をしながら真緒くんは私の体を背負い直した。ふわっとした浮遊感を一瞬感じながら、離れないように彼の肩に手を置く。

「眠かったら寝てもいいからな〜。会場についたら教えるよ」
「……うん。ありがとね真緒くん。それじゃあ遠慮なく、おやすみなさい……♪」

そういって彼の背中に体を預けた。数分たって寝息をたて始めた私に、真緒くんは「本当に遠慮ないな」と呆れ気味に笑ったのであった。

 *

「おはようございまぁぁぁあす☆」
「し〜っ! 静かに!」
「へっ?」
「すう……すう……」
「あ、百瀬寝てるんだ……あはは、赤ちゃんみたいな寝顔だねっ」

大きな声で挨拶をするスバルくんに、真緒くんは一喝して後ろに視線を送った。真緒くんの背中で眠り続ける私を見て、スバルくんは物珍しいものを見るようにくるくると真緒くんの周囲を回りに回って観察する。

「でもそろそろ起きてもらわないと困るなぁ。さっきはあんずのパワーをもらったから、今度は百瀬のパワーをもらう……☆」
「んん……ふわぁ、ふ……おはよう〜、みんな」
「本番直前だっていうのに、マイペースだな、お前は」

周りで喧しくされたら起きるしかない。欠伸を溢しながら、ふわっとみんなに朝の挨拶をすると、北斗くんはそんな私の姿を見て苦笑いを浮かべる。ゆっくりと真緒くんの背中から降りて、「疲れてない?」と問いかけると、真緒くんは「全然!」と笑って答える。

「おっはよう百瀬!! 待ちに待った『SS』だよ! 俺たち、いっぱい輝いてみせるからね、ぎゅうぎゅうっ☆」
「おお……君は相変わらずだね、安心するよ。抱き締め返してあげりゅ……」
「あはは、起きたばっかで呂律が回ってない! 俺はいつでも百瀬の大好きな俺のままだよっ」
「堂々と『百瀬ちゃんが明星くんのこと大好き』って言えるのが凄いよね」
「うん。もちろん、北斗くんも真くんも真緒くんも、あんずちゃんのことも大好きだよ」

そうでなければ、ここまでやってこられなかった。だからこそ、ここに全員で立っていられることを、光栄に思う。全員とここで熱い抱擁を交わしたっていいくらいだ。

「そうか、では失礼しよう」
「えっ。あっ、たしかにいいとは言ったけど、まさか北斗くんが一番手だとは思わなかったな……!」
「寝起きなんだからあんまり驚かせるなよ〜。……俺も抱き締めていいスか」
「なぜ敬語。でも僕も出来るなら、ハグしたいな。ぎゅう〜……っ♪」

まずは向こうに見えているドームで『SS』の開会式をやるはずだ。夢ノ咲学院の講堂より遥かに大きな舞台になる。観客の数だって、かなりの動員数になるはずだ。とはいってもあそこは本戦の会場であって、歌えるかは分からない。

予選で勝ち残らなければ、本戦には進めない。そうとなれば、こちらの有利だ。ドリフェス形式で、戦いには慣れているのだから。

「いやぁ……意外とみんな余裕そうで、緊張してる私が恥ずかしくなってくるよ〜。私は舞台裏の人間なのに」
「俺も緊張している。血の気が引いて、指先もすっかり冷たくなってしまっているんだ」
「わあ、ほんとだ。私も手ぇ冷たいって言われる方だけど、けっこう冷えてるね。カイロあげるよ」

これは外気の寒さだけの冷え方ではないだろう。カイロをあげると、北斗くんはお礼を言ってそれで暖をとりはじめる。
いつもなら弱音を吐きそうな真くんでさえ、かなり余裕がありそうだ。本番には強いとはいえ、このドームを目の前にして平常で居られるのは凄いと思う。

「失礼しま〜す☆」

軽く挨拶をしながら控え室の中へと踏み込んでいくが、そこには誰もいない。『Trickstar』の楽屋なのだから、当然と言えば当然だが。ユニットごとに分けられているため、他のひとたちも別の楽屋にいるはずだ。

「そっか〜、困ったな……。バリ〜に呼び出されてるから、適当なタイミングで挨拶がてら話したかったんだけど」
「バリ〜……?」
「七種くんのことだよね。えっ、あの子に呼び出されてるの? 嫌な予感しかしない!」
「うん。何かね〜、今朝うちの家電に連絡してきたんだよ」

茨くんからの呼び出し、しかも家の電話番号を隠しているスバルくんの家電にかけてきたその真意は何なのだろう。
【DDD】前にも英智先輩に呼び出されて、『Trickstar』は破滅の危機に陥った。あのときは一週間の猶予があったが、今回は、今日この日だけ。
迅速かつ適切な判断が必要とされる。リアルタイムバトルになりそうだ。

「あはは、そういうの得意じゃん俺たち〜♪」
「うむ。だが心配は心配だな、早めに敵の目論見を突き止めて対処しよう」
「うん。何かあったら、報告・連絡・相談だね。出来るかは分からないけど、『Eden』とも接触を試みるよ」
「……うむ。そうか、二人がそういう連絡の統括をしてくれるんだな。助かる。今日も見守っていてくれ、俺たちの勝利の女神」

これも仕事のうちだ。だが、『Trickstar』が勝利するためならば、こちらも全力を尽くしてみせる。今日と言う、『Trickstar』が世界に輝きを放つ日を待ち望んでいたんだ。

「めがみんめがみん。それは良いけど、今日は新しい衣装はないの?」
「『女神』を渾名っぽく言うな。茶化されているようで不愉快だ」
「いや、同い年の親友を『女神』とか呼んじゃうほうが冗談っぽくて笑っちゃわない?」

北斗くんは真面目なのだ。真顔でそういうことを言ってしまえる子なのだ。それが北斗くんの良いところである。あまり虐めないであげてほしい。

「ふふ、あんずちゃんも、『は〜い、女神で〜す』みたいに軽くスルーするようになったしね……」
「むう。軽く流されると、なぜかちょっと寂しいな。というか、めがみんってどっちを呼んでいるんだ?」
「めがみんはあんずで、百瀬はひめみんだよ〜。『お姫様』ってよく呼ばれてるよね? あっでも、それじゃあヒメミンと被っちゃうなぁ。別のにしよっか?」
「私もめがみんじゃないの……総称かと思ったのに。ヒメミンって桃李くんのことでしょ? 私は、普通に名前で呼んでくれたらうれしいな」

その方が慣れているし、渾名で呼ばれるのも嫌いじゃないけど、ちょっと照れくさいから。親がつけてくれた名前で呼んでほしい。

「話を戻すと、二人が『SS』のために新しい衣装を用意してないわけがないだろう? あんずなんて、入院中すら針仕事をしていたようなやつだぞ」
「わっ、あんずが『しょんぼり』してる! ちょっとホッケ〜、今の嫌味っぽい!」
「そうだよ、責めない約束だよ。人間失敗するもんなんだから」

あんずちゃんも倒れたくて倒れたわけじゃないのだ。それをずっと責め続けては、彼女も落ち込んでしまう。受け入れて、反省し、邁進しよう。私たちはそのために、ぶつかりあって迷いながらも、前に進んできたのだ。

「ふふ、僕、ようやく『僕はアイドルです!』って心の底から言える気がするよ」

ずっと心のどこかで引っ掛かっていた『モデルの遊木真』が、アイドルを演じているような気がしてたけど。でも今は、その隅っこにいた自分さえも、笑顔で『僕はアイドルです!』って言っている気がする。

「えへへ、僕はみんなと同じアイドルになれたんだね。嬉しい。光栄だし、誇らしい、自分を褒めてあげたいよ」
「どいつもこいつも、もう何もかも片付いてあとは満足して寝るだけ〜みたいなこと言うなよ。こっからが本番だ、気合を入れ直してがんばろうぜ〜♪」

本当に、一瞬の油断が命取りの激戦になりそうだ。敵は『Eden』だけではないし、『Trickstar』が全国で武者修行してきたときに戦ったすごいアイドルたちも、大勢参加するのだから。
その全てを蹴散らし、優勝するのは至難の業だろう。

「でも、それができて初めて……父さんが笑ってくれる気がする。俺さ、いつまでも最後に見た父さんの顔が忘れられないんだ」

虚無的な、空っぽの顔。そんな父親の顔を見たのは最初で最後だったと語るスバルくんの表情に、影がかかる。それでも彼はぱっと顔をあげて、明るい笑顔を見せてくれた。

「あれを笑顔に変えたくて、俺、アイドルになった気がする」

今日は楽しんで、楽しませたひとが一番だ。
その一番を『Trickstar』にして、私は自慢してやりたい。全世界に、そして、お父さんに。

(お父さん……。あなたにはもう、アイドルの舞台は暗くて底の見えない、地獄にしか見えないかもしれないけれど)

その暗闇の中に射し込む、一筋の光となって、『Trickstar』が輝くから。
だから、見ていてください。いえ、あなたに見せます。この輝かしい綺羅星たちを。

(そしたらきっと……お父さんは、心の底から笑ってくれるよね?)


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