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だめな僕をどうか許して


一時間後。予選を無事に突破した『Trickstar』は、開会式のあったドームへと戻ってきていた。

「お疲れ様〜。快勝だったね! さすがとしか言いようがないよ!」

ハイタッチを繰り出したあんずちゃんもにこにこだ。心配なのは少し『Trickstar』の消耗が激しいというところだろうか。

「本戦もコズプロのひとたちが多いみたいだし、まだまだ気は抜けないけど。実力でなら、奇跡は起こせる」

むしろ勢いが良すぎて、向こうも引いてしまうのでないか、なんて軽口を叩いていると、何か様子がおかしいことに気がついた。
本来ならば、予選を突破した八つのユニットがここで登壇するはずだ。そして、そこでトーナメントの組み合わせを決めるための抽選を行うはずだった。
しかし、『Trickstar』以外は誰も現れる気配がない。

(胸騒ぎがする……ドーム内も暗くなってきた……)

『Trickstar』はそのままお客さんの目の前の花道を通って戻るわけにもいかず、ステージ上に留まっている。一体これは、何の演出なのだろうか。
不思議に思っていると、微かに音声が流れ出した。同時に、映像も流れ出している。



「──『あの明星』を、覚えていますか……?」

なぜ。どういうつもりだ。
明星って、きっとスバルくんのことじゃない。

どうして、今になって、その名前が。

「……はっ……はぁ……っ」

あれ、

(呼吸って、どうするんだっけ、)

苦しくなって、ぎゅうっと胸元を握りしめて、必死に呼吸しようとするが、上手く出来ず、どんどん息が荒々しくなる。
周囲のざわつきと音声に戸惑いながら、様子がおかしくなった私に気がついたあんずちゃんが、何度も私の名前を呼んだ。

「今さら! ずっと無視してたくせに、飽きるまで弄んだら放り捨てて見ないふりしてたくせに! 何で、今さら……?」

遠くで、スバルくんの怒号が聞こえる。しかし、それを見上げる余裕すらなく、私は一人で立つ力さえも失っていく。
沈みかけていく意識と、霞んでいく視界の中で、辛うじて見上げた先に居たのは。

絶望的な表情で、私を見つめるスバルくんの姿だった。

 *

「起きたか……」
「……せんせ……」
「過呼吸で倒れたんだよ、お前」
「……みんなは?」

症状を軽く教えてくれた佐賀美先生に、私は現状を問いかけた。あれから、どうなったのだ。そのままライブは始まったのか。それとも、まだ終わっていないのか。
私の表情を見て、佐賀美先生は間を置いてから「まだ終わってはいない」と告げる。起き上がろうとした私の肩を押さえつけて、安静にしてろと言いたげだった。

「行かなきゃ、『Trickstar』のところに」

今、行かなければダメなのだ。間に合わない。まだ戦いが終わっていないというのなら、助けられるかもしれない。
一番ひどく傷ついてしまったのは私じゃない、スバルくんだ。守れなかった、だからこそ、その傷を癒してあげなくちゃならない。

「みんなと、一緒にいたいんです」
「……はぁ。本当に、頑固だなお前。先生としては、縛り付けてでも休ませるべきなんだろうけどよ。……あんまり無茶すんなよ?」

その言葉と同時に起き上がり、去り際にお礼を告げて、私は『Trickstar』の楽屋へと向かう。部屋の前で大きく深呼吸していると、スバルくんの声が聞こえてきた。

「ねぇ、ようやくだったんだよ。大変だったんだよ。壊すのは簡単だけど修理するのはすごく難しいんだ。この世のなかにあるものは、ぜんぶ」

そうして、やっとの思いで再び動き出した。最初は上手くいかなかったけれど、『Trickstar』のみんなと出会えた。奇跡を起こして、夢をたくさんかなえて、毎日、幸せな一日を積み重ねていった。

「それなのに。たった一撃で、粉々だよ。木っ端微塵で、また闇の中だよ」

こんなことになるのなら、アイドルなんか、目指さなきゃ良かったのかな。

また膝を抱えて、人目を避けて、笑わなくなったお母さんと、何も映していないTVを眺めていれば良かったのか。それだけで、『史上最悪のアイドル』の名を受け継ぐ自分は、満足しなければならなかったのか。

「俺、今はもう、自信がないよ。北斗。真。真緒。あんず。百瀬……。俺、手ぇ伸ばしてようやく掴めたのに」

手を繋いでくれるひとたちと、一緒に笑ってくれるひとたちと巡り会えたのに、それを手放して、また寂しい暗闇のなかに戻るべきなのだろうか。

その問いかけに、ドアノブに手をかけたまま、額を扉に押し当てる。

こうして扉の前に立っているだけでは、彼らに私の存在は伝わらない。
私の手は届かない。
私の体温も、鼓動も、声も伝えられない。

悔しいのか、悲しいのか。色んな感情が混ざり合いながらも、どこにもぶつけようがないまま、握り拳を作った。

同時に、今までの記憶がぶり返すように、脳裏を過っていく。

たくさんの声が聞こえる。

私に向けて投げ掛けられた言葉を、
すべてを尽くして教えられた痛みを、
伝え続けた慈しみや激情を。


(私は───)


『どうすればいいか』なんて。

そんなこと、もうとっくに分かりきっていることだ。


「……あれっ、百瀬ちゃん? 大丈夫? 倒れたって聞いたけど……!?」
「お前顔真っ青だぞ……! とりあえず、ここ座れ。ほら」

体重に勢いを任せるように扉を押し開くと、私をお化けでも見るような目で見つめた真くん、真緒くんが椅子に腰かけるように指示した。そこにゆっくり腰を下ろして、向かいに座るスバルくんを見る。
かなり憔悴しているのか、いつもの明るさは微塵も感じられない。

私と視線を一度も合わせようとしないスバルくんに、足に力を入れて、踏ん張りながら、その冷たくなっている体を抱き締めた。

(お願い。消えないで、一等星)

なんて冷たいんだろう。本当に生きているのか不安になってしまうほどの冷たさだ。
私を引き剥がそうとしているのか、彼は弱々しく制服を掴む。だが、ここで手放すわけにはいかない。


いや、もう二度と、


「百瀬、」


離してなるものか。


「……ももせ……っ」


スバルくんの力に逆らいながら、ぎゅうっと力強く彼の体を抱き締める。
すると、徐々にスバルくんの力も強くなって、引き剥がすというより、それはしがみつくようになっていた。


「…………助けて……」


耳元で聞こえた、微かな助けを求める声。それは最早息絶えそうなほど嗄れてしまっていたけれど、私にはしっかりと届いている。

私は、君のその一言だけで、何だって出来るよ。

「……決めた。あんず、すまんが明星を任せる。遊木、衣更、百瀬。俺と一緒に来てくれ」

決意を固めた様子の北斗くんに、真緒くんは戸惑いながら引き留めた。一緒についていくのはいいけれど、どこへ行くつもりなのだろうか。

「『Eden』のところへ行く」
「えっ、えっ? もしかして、あの放送を流した犯人は『Eden』だって思ってる?」

この情報を流して得をするのは、『Eden』のように見えるかもしれない。しかし、内部事情を覗けば『Eden』にも損害があるのだ。普通にあのまま行けば、『Eden』の勝率は高かったはずなのに。

「たぶん、茨くんにとっても想定外……いや、使われたくない手だったと思う。もしかしたら、今朝にスバルくんの家電にかけたのは、穏便に済ませたかったからなのかも……」
「うん。七種くん、そこまで馬鹿じゃないから……こんな愚策には走らないと思うよ」

何よりあの人は経営者なのだ。勝っても負けても、いい方向に転ぶように働くのが彼である。今回の件はあまりに無策すぎて、茨くんらしくない。
向こうがこちらの喉元に刃も突き立てるなら、こちらも武器を作ろうと、真くんがいろいろ調べたみたいだった。茨くんのこと、ジュンくんの父親のこと、それからゴッドファーザーと呼ばれるひとのこと。

「それと、百瀬ちゃんのお父さんのこともね……ごめん。嫌がられるとは思ってたけど」
「……ううん、いいよ。いつかは知ることだったし……スバルくんのお父さんを調べたら、絶対どこかで絡んできちゃうだろうから……」

スバルくんのお父さんについて調べれば、必ずそのゴッドファーザーに行き着く。そのひとは、犯罪行為もしてた悪いひとではあるけれど、アイドルを愛していて、スバルくんのお父さんに後継者になってもらおうとしていた。

「そのひとの犯罪行為が明るみになったら……『Eden』にも不利益になる。凪砂さんがそのひとに囲われてたっぽい事実とか……七種くんが、たぶんそのひとの後継者のひとりになってることとか」

過去を知られて困るのは、『Eden』も同じ。下手をすれば、彼らもろとも破滅してしまう。博打じゃあるまいし、自分の弱点を晒してまで放送することじゃなかった。だからきっと、『Eden』側も慌ててるはず。

「会いに行こう、『Eden』に」
「あぁ。……一緒に来てくれと言った俺が言うのもなんだが、大丈夫か?」
「うん。みんなの顔見て、落ち着いた……出来ればもう少し、一緒にいたい」
「……そうか。俺たちでよければ、喜んでお前の側にいよう。……待っていろ明星、きっと朗報を持ち帰ってやる」

スバルくんをアイドルにしてやる。
私たちは、アイドルとしての君の、大ファンだ。

「うんうん、そして誰よりも大切な友達で仲間だよ!」
「そうそう。愛してるぞ〜、だから信じて待っててくれ」
「絶対にスバルくんのこと、助けるから。一緒に乗り越えよう」
「みんな……う、うん。よくわかんないけど、あんずと一緒に待ってる」

私たちのそれぞれの言葉に、スバルくんは戸惑いながら頷いた。まだどこか不安そうだけど、先程よりは少し、顔色もよくなっている。

「信じたい、みんなと一緒にまたキラキラ輝ける未来がやってくるって」


四人が出ていった後に、しばらく沈黙が続いた。元々あんずは無口な子だし、それを不快に思ったことはない。じっと、その場でみんなを待っていると、扉が開かれて、俺とあんずは弾かれるように顔をあげた。
しかし、そこにいたのは百瀬たちではなくて、落胆したと同時に追い返そうとしたあんずを、俺は引き留める。

「……百瀬のお父さん。でしょ?」

俺の呟くような問いかけに、扉を通ってこちらに歩み寄ってきた男のひとは、俺の顔をまじまじと見つめた後、穏やかに微笑んだ。


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