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「真緒くん。気持ち良さそうに寝てるとこ悪いけど、起きて」
「う〜……?」

熟睡する彼には申し訳ないけれど、そろそろ起きてもらわなければ。彼の肩を揺すって優しく語りかけると、重たげに瞼を押し上げて大きく欠伸を漏らした。

「大丈夫?」
「うぐう……ちょっと、寝過ぎて頭が重い……。って、あれ? 百瀬!? 何で俺んちに? ていうか今俺、膝枕なんてラッキーなことしてもらってた?」
「うん。放置するのもあれかなって……首とか痛くない?」
「あ、ああうん……それは全然平気だしむしろ気持ち良かったと思う……? 痛っ!?」

膝枕の感想など、誰も聞いていない。夢から覚めてもらおうと、私は軽く真緒くんの頭を小突いた。

「目ぇ覚めた?」
「……ここ俺んちじゃないな……?」
「あはは。衣更くん、寝惚けてる〜?」

寝惚けて混乱している真緒くんに、真くんがからかいながら状況説明をする。起きてもらって早速で悪いのだが、真くんと一緒にステージに立ってもらいたい。

「スタッフのひととも話して、もう成立しちゃったから……無理って言われてもダメなんだけどね。ごめん、私のせい」
「お前のせいなんてことはないだろうよ。陰からチクチク攻撃されるよりは、正面から仕掛けてこられたほうが気持ちが良いぐらいだ」
「柔軟とかしといてね。血の巡りが良くなればいいけど」
「うん。それに、副会長から教わった『あれ』のお試しにはちょうどいいかな?」

副会長、とは蓮巳部長のことか。先輩からの教えをこういう場で実践出来ることは、良いことなのか。なにはともあれ、起きてくれてよかった。

「ん、んん……? 今気づいたけど、これ、俺のマフラーじゃないな?」
「ああ、見てて寒そうだったから。勝手に巻いちゃった」
「そ、そうなの? なんか悪いな……お前の方こそ寒かっただろ?」
「ううん。平気。アイドルに風邪を引かせちゃ、まずいもんね」
「目が覚めたんだね真緒くんっ、これは良い日和……☆」

首に巻かれていたマフラーを解いて、私に手渡した真緒くんに気づいたのか、舞台上から日和さんが真緒くんに向かって声をかけてきた。こうしてライブの最中に私語をするのは、夢ノ咲のライブと同じに感じる。まぁ日和さんは夢ノ咲出身だから、その感覚が抜けきっていないのだろう。
そもそも、歌の途中での私語なんて、おかしな風習だ。ライブは常に、お客さんと向き合うべきであって、キャスト同士の会話など、トークショーでもなければ見られない。

「私は好きだけどね。アイドル同士が話してるのを見るのは」
「そういう意味じゃ、百瀬は本当に夢ノ咲が性に合ってるんだよな〜……うりうり♪」
「わわっ、ちょっとやめてよ〜? 仕返しするよ?」
「……あのぉ、隙あらばいちゃつくのやめてもらえます〜?」
「ふふ、本当にちゃんと仲直り出来たみたいだね。真緒くんと百瀬ちゃん」
「はあ? んな呑気なこと言ってる場合じゃないでしょ〜よ。うかうかしてたら【サマーライブ】のときと同じように、オレらの光でかき消してやりますからねぇ……!」

肘でつついてきた真緒くんにお返しをすると、それを見ていたジュンくんがうんざりした様子で指摘してくる。彼は眉をひそめていたが、日和さんは微笑ましそうに私たちを見下ろしていた。

「けっこう楽しみにしてたんだ、あんまり情けない姿を見せてガッカリさせないでくださいねぇ〜?」

「……だってさ。これはもう、ガツンと一発ぶちかますしかないね?」
「でも、勝算あるのか? 結構キツいだろ」
「まぁね。でも、あの茨くんがわざわざ真くんを誘きだして喧嘩を吹っ掛けてきたってことは……『Trickstar』を危険視してるってこと」

そのことに自信を持っていいと思う。それに、こんなところでやられるのであれば、『SS』での優勝なんて考えられない。

「ん、それもそうだな。いっちょやるか♪ 何の曲をやる?」
「『Trickstar』四人の曲だと、どうしても出力ダウンしちゃうから……二人のソロ曲を半分区切って、それぞれのソロでお互いをフォローするって感じで」

そのために二人のソロ曲を、違和感がないほど綺麗に繋げておいた。向こうは『Eden』として四人揃ったことを強調してくるはず。『fine』が『Trickstar』を解散させるとき、公開処刑として使った手段。

「はは。【DDD】まで遡らなくても、それって俺が【オータムライブ】の前に凪砂さんにやられた手法じゃん。ってか、【サマーライブ】もそうか」
「王者の戦術だよね、実力差を見せつけて、戦う前に勝負を決める」

日和さんも凪砂さんも元『fine』の人間だから、やり口が似ているのだろう。
だが、どんな戦術であれ、向こうは同年代最強と謳われている。世界が彼らを認めて、称えている。
そんな彼らにダメージを与えるには、ゲリラ戦法が一番だ。

「……お前ら、けっこう落ち着いてるよな。ははぁん、さてはこれも予想通りの展開か?」

やたらとこちらを褒めてくる真緒くんだが、真くんはけっこう焦っていると否定した。単独で動くには危険だったから、私と真緒くんを呼んだわけで、一人で『Eden』を相手にするにはどう足掻いても絶望的だから、と。
私もこれといって予定はなかったし、真緒くんも午後の集合まで寝ているつもりだったから、この面子になった。

「真緒くんが休むっていうのがあまり想像つかないけど、本当にぐっすりだったね」
「おう。しっかり休んでるよ。ちからを溜めて溜めて、本番で爆発させるために」

予定よりも少し早くなってしまったけれど、溜め込んでいた力をいちぶ使おう。二人がいない分、二倍がんばれば帳尻が合う。そう告げた真緒くんの袖を引っ張って、私は自分を指差した。

「ん? ああ、そうだな。百瀬もいる。お前がいるんなら、十倍にでも百倍にでもなれるよ」
「ええっ、三倍でいいよ! 持ち上げないで! そこまで言ってほしかったわけじゃないよ?」
「事実だよ。だからこそ今日来てもらったんだ。休んでも欲しかったけどね?」
「あ……そ、そうなの? でも呼んでもらって嬉しかったよ」

そういえば、真緒くんの言っていた『あれ』とは一体何なのだろう。気になって問いかけると、彼は自身の前髪を指差して、ミサンガを取り出した。
部長から教わったのは、『静』から『動』へと切り替える、いわゆるスイッチのようなものらしい。部長は眼鏡をかけたり外したり、お経を唱えたりとレパートリーが豊富みたいだ。

「俺はまだその域には達してないってか、単純なオン・オフしかできないけどさ。今日はたっぷり休んだし、とっくの昔に充電率100%って感じだ」

前髪をかきあげて、いつもの髪型になった真緒くんは不敵に笑った。そんな真緒くんを見て、『Eden』の衣装に着替えた日和さんは、高らかな笑い声をあげる。それから続けて、他の三人も姿を現した。黒い衣装を着こなしている彼らに圧巻される。

「ん〜……そろそろだと思うんだけど」
「あ、そういえば百瀬ちゃん。衣装って───」
「ゆうく〜ん? 何かお困りかなぁ?」

機嫌よさげに現れたのは、制服ではなく衣装を着た瀬名先輩と凛月だった。瀬名先輩は背後から真くんの体に抱きついて、凛月はのし掛かるように真緒くんの体に凭れる。

「おぉ凛月、おはよ〜……。おまえ、どうしてそんな衣装着てるんだよ?」
「おはよう、ま〜くん。よく眠れた? 百瀬の膝は気持ち良かったでしょ〜? ちなみにま〜くんと『ゆうくん』のぶんもあるよ。俺たちが先に着替えて、欠損がないか確かめたけど……。短時間でここまで作れたなら、上出来。よくやった、百瀬……♪」

凛月の称賛の言葉が慣れなくて、少し照れくさい。衣装製作はプロデューサーの仕事ではないし、何となく、出来たらいいな〜、着てくれたら嬉しいな〜なんて、そんな軽い気持ちで教えてもらったから、ここで役に立てたなら良かった。

「えっ、待て待て。おまえら……じゃなくて『Knights』のおふたり、舞台に上がるつもりなんスか?」
「百瀬から聞いてないの? 悪いところだよ、自己完結させて他人と情報共有しないの」
「うっ……上げて落とすよねぇ……」
「……ああ、そっか。百瀬ちゃんがやけに落ち着いてたの、二人も一緒に舞台に上がってくれるって、知ってたからなんだ?」

納得したように頷いた真くんに、瀬名先輩が付け足すように口を開いた。地元の客まで『Eden』に奪われてしまえば、『Knights』にも大損害である。

「だから……あぁもうっ、いいからゴチャゴチャ言わずに俺らの手を借りなよ!」

『SS』前の大事な時期、万が一があってはならない。ここで倒されてしまってはいけない。使える手は全てを使うべき。この窮地を乗り越えるには、『Knights』の二人に助けてもらいたい。

「ライバルが助けてくれるのも、ま〜くんの好きな少年漫画では御約束でしょ?」

レオ先輩の即興等で、その場曲に合わせてパフォーマンスすることも慣れているであろう二人だから、頼めるのだ。

「このぐらい、させてよ。毎日毎日、お世話をしてもらった恩返し。りっちゃんはねぇ、ま〜くんが夢を叶えるお手伝いがしたいんです♪」
「お兄ちゃんも、ゆうくんの晴れ舞台を汚そうとする輩を許せないんだよねぇ……守らせてよ、お願い」
「…………」
「まあ、真くんと真緒くんからお願いされたら、この二人が断るとも思えないし……ここは思いきり、甘えよう。お兄ちゃんたちに」
「……あんたにお兄ちゃんとか、呼ばれる筋合いないんだけどぉ?」
「あはは、そういいつつ、ちょっと嬉しそうじゃんセッちゃん……。気持ちは分かるけどねぇ、俺も歳で言えば、『お兄ちゃん』だもん」

確かに私は、真くんほど瀬名先輩にお世話になったわけでもないし、真緒くんほど凛月と交流が深いわけでもないけれど。それでも、ここに至るまで多くの経験を経ているわけだ。

「……大丈夫。もう『曲しか書けない役立たず』なんて言わない。ま〜くんのついででもない。最後の対談に兄者を選んだのはムカつくけど」
「『アイドルだから』って単純な理由で俺たちを守ってくれたどうしようもないアイドル馬鹿を、今度は俺たちが守ってあげる」

そう微笑んだ二人に、茫然としてしまった。今日の二人は、おかしなものを食べたのではないかというぐらい優しい。
動揺を隠しきれずにいると、茨くんが咳払いをしてそちらに注視するように促す。

「……えぇっと、一方的に盛り上がってるところ恐縮ですけど。あのねぇ、助っ人なんて認めるとでも?」

段取りもあるわけだから、こっちの都合も考えろと物申す茨くんに、凛月は笑顔で挑発する。さらに瀬名先輩まで加わって、盛大に煽っていく。

「……ま、茨くんの意見はどうあれ、助っ人参戦は揺るがないね」
「そこまで自信満々に言えるってことは、信じていいんだな?」
「ん。最初の頃に比べたら現場にも慣れたし、こう言うときの対処法は椚先生から散々教えられた。信じてよ、私のこと」
「……もちろん、信じてるよ。本当に頼もしくなったね、百瀬ちゃん!」

嬉しそうに笑った真くんと真緒くんに、出来上がった衣装を手渡す。大したものは作れなかったけれど、制服でいるよりはずっとましなはずだ。

「う〜ん……?」
「? 真緒くん、どうかした?」
「いや、百瀬。ちょっと手ぇかして」

どこか寂しげな顔をしていた彼は、私に手を差し出すようにいった。それに断る理由などなく、すっと手を出すと、真緒くんはそれをぎゅうっと祈るように握りしめた。

「うし! 女神さまパワーもらった〜!」
「え、なにそれっ。僕もやっていい?」
「いいけど……いつからこんなの出来てたっけ?」
「前に言ってたろ。適度なスキンシップは必要ってさ」
「い、いざとなるとちょっと緊張……ぎゅう〜……」

痛くない程度の力で私の手を握りしめた真くんは、ぱっと手を離したあと、満面の笑みを浮かべて「ありがとう」と握り拳を作った。

「えへへ、本番には強いけど……何だかすごい、力をもらえた気分」
「……うん。二人を勇気付けられたなら、私も嬉しい」
「俺はちゅ〜してもいいけどね〜?」
「や・め・て」
「ええ〜……まぁこんな敵だらけの場所でやったらまずいか。しょうがないからその何たらパワーで我慢するよ」

凛月は【ジャッジメント】の件もあってやりかねないので、念入りにくぎをさしておく。凛月ともぎゅうっと手を繋いだあとに、ばっちりと瀬名先輩とも目があった。

「せ、瀬名先輩もやります?」
「……ここで断ったら俺が空気読めないみたいになっちゃうじゃん……」
「ふふ、それで流されちゃう瀬名先輩、嫌いじゃないです」
「はあ? ほんと、あんたは最初からずっと……チョ〜うざぁい♪」

ぎゅうっと握りしめた彼の手から、温もりが伝わる。普段なら、こんな簡単に触れることなんてなかったであろう手が、とても頼もしく思えて、強く握ってしまった。だが、私の気持ちが伝わったのか、彼はそれに怒るわけでもなく、ただ微笑む。

「最強だろうが何だろうが、構わない。『Eden』のあの綺麗な顔に、傷痕残しちゃいましょう」

「おお……堂々とした宣戦布告だね。【サマーライブ】の時だったら、子犬がきゃんきゃん喚いているようにしか見えなかっただろうに……成長したね、百瀬ちゃん」
「感心してる場合ですか〜? あんたがどうしてそこまで百瀬さんを評価してるかは知りませんけど、敵であることは変わらないんですからね」
「ぼくが百瀬ちゃんを気に入っているのは、あの曲のおかげだね。残念な話、あれはかなり夏仕様だから、『SS』じゃ季節感が真逆で使えないけど……。それも彼女の計算かもしれないね?」
「……いいえ。百瀬さん、そこまで考えていないと思いますよ」

純粋に、『Eve』のことだけを考えて作られた曲。それが『SS』どう左右されるかなど、頭にはなかった。即座に否定した茨くんに、日和さんはどこか不服そうな顔をして彼を見た。

「言い切るね。『友達』になって、彼女のことを知ったつもりかね?」
「少なくとも、殿下よりは彼女の人格というものを把握できているかと。お互い襤褸が出ない程度に連絡を取り合っているので」
「ふぅん……? それは意外。そろそろあの子に毒されて来てそうだね〜?」
「まさか。自分がそんな失態をおかすわけがないでしょう?」
「……茨は、百瀬ちゃんから連絡が来た日は機嫌が良いけどね」
「「へぇ〜」」
「閣下! 余計な情報を流さないでください! 語弊がありますよ今のは! 訂正して頂きたい!」

凪砂さんの一言に、茶化すようにジュンくんと日和さんが茨くんを見つめる。その視線から避けるように、茨くんは凪砂さんに対してそう主張した。
そうこうしている間に二人も衣装を着替え終わる。欠損がないか十分に確認して、四人の背中を押して舞台へと上がらせた。

(……はふう。こういう土壇場はよくあったけど、行き当たりばったりじゃ限界があるなぁ)

学院でライブをするときと大きく違うのは、周りは敵しかいないということだ。『Eden』が、コズプロが主催のこのライブ、周りのスタッフだってコズプロの息がかかってる。

(視線が痛い。交渉も刺々しくて、とてもじゃないけど落ち着かない……。嫌だなぁ、こういうの。気持ち悪い……。曲も、ちゃんと流してもらえるといいけど)

今の今まで、四人と一緒だったから、まだ気持ちに余裕はあったけれど、すでに完全に孤立してしまっている。全てに疑いをかけてしまう。

(どうか無事でいてね。君たちに傷をつけたら……北斗くんたちに顔向け出来ないよ)


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