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君の笑顔は祝福だから


「む……。なんだこれ……俺の『ホッケーマスク』とは、少し違うようだが……?」

俺の手から溢れ落ちたそれは、形の違う仮面だった。
箱の解錠をしていた部長は顔をあげて、珍しく驚いた表情を見せたあとに、緩やかに微笑んだ。

「あぁ……それは、百瀬さんのですね。ふふ、そういえば同じ場所にしまっていました。Amazing……☆」
「……百瀬の?」
「はい。正確に言えば、逆先夏目くんの皮を被った連星百瀬さんの仮面です」

もう必要ないから押し返されてしまった、と残念そうに話す部長に、俺はまじまじとその仮面に視線を落とす。
何でもないものだった仮面が、百瀬のものだと知った途端、なぜだか愛おしく感じる。

「彼女の強い要望があったので、特別に作ったんですよ」
「……そんな酔狂なやつだったか、百瀬は」
「ええ。私と、他三人それぞれから受け取って、彼女は舞台へ赴きました」

『五奇人』のうち、当時二年生だった四人から百瀬への追悼として送られた品のうちの一つ。百瀬はこの仮面をつけて、舞台の上に立ったらしい。
その時の話は、あまり詳しくない。部長も百瀬に『死に際を見られたくない』と言われて、外で大人しく歌声を聴くだけにしていたそうな。

「強く、勇ましく、芯があり、心に深く刻み込まれる歌声でした。教えた甲斐があったものです……☆」
「……逆先の姿で、百瀬の声で歌ったら観客にバレるんじゃないか?」
「ですから、私が直々に限りなく夏目くんの歌声に寄せる指導をしました。あれはなかなか、骨が折れましたねぇ。元々が女性ですから」

思い出に耽るように目を閉じた部長だが、その手は忙しなく解錠に挑んでいる。百瀬の声から逆先の声が出せるなど、想像も出来ない。

「大根役者の北斗くんよりはまあ、演者と呼べるセンスを持っていますよ、百瀬さんは。ただ、彼女は入り込みすぎると自我に戻れない危険性があったので……演劇部に入れたくても入れられなかったのが、残念です」
「普通に断られていただろう。着せ替え人形にされるやつの気持ちになってみろ」

体験入部にやってきていた百瀬を思い出す。やってきて早々あんな思いをしたら、二度とこんな部活にはやってきてはくれないだろう。結果的に、彼女は無難に弓道部に入ったわけだが。

「でも、この間百瀬さんに『兼部しませんか?』と尋ねたら『面白そう』とお返事を頂いたので、現在書類待ちです。楽しみですねぇ」
「…………。脅したのか?」
「今の話でなぜそう感じたのか理解しかねますね! 私が百瀬さんを脅すわけがないでしょう?」
「……百瀬が演劇部に入ってくるのは構わん、むしろ大歓迎だが。俺はあいつがそろそろ倒れるんじゃないかという懸念がある」
「まあ、その辺り彼女は鈍いので……気配りは大切ですね」

前にあんずが倒れたこともあって、過敏になってしまっている。あんずの前で『私は大丈夫!』などと言えるわけもなく、百瀬からそれについてはあまり触れようとはしなかったが、あいつも十分危険視するべきだ。

「それについて、英智と相談していましたよ」
「……なぜそこで会長なんだ……」
「ふふふ、複雑そうですね? ですが二人は、確実に和解へと近づいています。『スタフェス』で『fine』の曲を作ってくださったのですからね」

あいつはなかなかに頑固だから、『fine』に曲を書いたことがなかったのだ。

「いやぁ! 『fine』として百瀬さんの曲を歌える日がやってくるとは、感無量です! 私、感激のあまり泣いてしまいました……☆」

よほど嬉しかったのだろう。饒舌に語りながら、高笑いをしている部長を見上げて、思考する。そういえば、俺たちはいつも百瀬の曲ばかりを歌っているせいか、その有り難みが薄れているような気がした。

「いけませんねぇ。そのうち本当に『fine』の専属になるかもしれませんよ〜?」
「そんなわけがないだろう。百瀬は『Trickstar』一筋だ」
「おやおや……そう断言できてしまうのが、羨ましい限りです。ですが、一曲一曲、心を込めて歌ってあげてください。そうでなければ、浮かばれません」
「……ああ、分かっている」

言われなくとも。自分達はそうしているつもりだ。
百瀬の曲は愛そのものだ。だからこそ、俺たちはそれを愛し、あの指先で奏でられ魂をも込められた一曲に、全力で応えている。

「最近は本当に、認めた『ユニット』にしか曲を与えていないそうだからな。作曲家としてのプライドはまだ、残っているようだ」
「趣味の延長ですからね。彼女の本業はプロデューサーですから。……偉そうだと思われようが、筆を折るよりずっといいです」
「うむ。正直、俺は百瀬の曲以外を歌う自分を想像出来ん。大人になれば、いつかそんな日も来るのだろうが」
「贅沢な悩みですねぇ! 私なんて、昔は彼女の曲を観客に披露する日が来るなんて、夢にも思いませんでした……☆」

部長の言葉を耳にして、『ホッケーマスク』と似た形状の仮面を見つめる。その時にも、あいつは曲を綴っていたのだろうか。

俺たちと出会う前のあいつは、何を想って曲を書いていた?

「教えてくれ部長。……なぜ百瀬が犠牲になった? 誰が百瀬を選んだんだ? 百瀬がそうなることを望んだのか?」

彼女じゃなくても良かったはずだ。むしろ百瀬が傷つくくらいなら、彼女ではない他の誰かであってほしかったと思う自分もいる。

『五奇人』討伐の舞台に、同じく立った身として。
決して、気持ちのいい舞台ではなかったはずだ。俺は今でも覚えている。あの日の怒りを。

百瀬、お前はその日、何を感じていた?
怒りか? 哀しみか? 憎しみか?

それとも絶望か?

「選んだのは、零です。見つけたのは、私ですけれどね。夏目くんのふりをして、舞台にあがる百瀬さんを見て……一目で彼ではないと気づきました。素人だからではありません。彼女は、どの舞台でも、……笑っていました。夏目くんに、あんな顔は出来ません」

当時の夢ノ咲で、どれほどの人間が純粋にそうしてアイドルであることに幸福を抱いていたのだろう。
真面目であるほど阿呆らしかったあの時、逆先夏目の名前を汚すまいと舞台にあがっていたあの子は。

「どんな目的であれ、その瞬間は……誰よりもアイドルでした。そんな彼女だからこそ、お願いしたのです。『どうか、私たちと共に、死んでほしい』と」

誰よりもアイドルを愛したあの子は、死んだとしても誰にも気づかれない。

それを、彼女は受け入れた。

今でも鮮明に思い出せる。迷いなく、その死を悟るように、三人を見つめて頷いた。

「あの時に、一度……私の演劇に付き合ってくれたことがあったんですけどね」

演者としてなら、いくらでも言えると思ったのだろうか。

『五奇人』の死を憂い、嘆き、咽び泣いていた。

自身のことよりも、何も知らないはずの五人を想い、数多の人間が悪だと信じてやまない自分達の存在に対し。
ただただ、虚しいと。代わりになることしか出来ないのが、辛いのだと。

「名前も知らない誰かでしたけれど。その時に、どうしようもなく、彼女のことを愛おしく感じました」

幼馴染みの逆先はともかく、他の三人も同じくそう感じたのか、必要以上に百瀬と接触するようになった。情が移ってしまったのなら、遠ざけたところで手遅れだ。

それなら目一杯可愛がって、悔いの残らないようにしよう。

「でも、あの子の体は限界を超えて……少しずつ、壊れてしまいました。私たちとの思い出が作られる度に、名前も、古いものも消えてしまいました」

だからこそ、【DDD】のあの日。
あの時。

『Trickstar』の優勝が決まった時。

「『ありがとう』とお礼を言われたときは、正直、驚きを隠せませんでしたねぇ。礼を言うべきなのは、私たちの方なのに?」
「……表面では部長たちのことを忘れてしまっても、覚えていたんじゃないか、百瀬の心は」
「照れくさいですけど、私もそうであってほしいと思っています。今は……少しずつ、思い出してくれていますし」
「ところで部長。百瀬は……部長が討伐されたあのライブにいたのか?」

俺の問いかけに、部長は手を止めて俺を見上げた。俺の手には、『ホッケーマスク』と一緒に百瀬の仮面も握られている。それを視界におさめ、部長は微笑ましそうに口角を上げて、再び手を動かし始めた。

「居ましたよ。ですが、零に連れ回されたあとで、熟睡していました。ライブは見ていたかどうか分かりませんね。あぁ、あの寝顔、今思い出すだけでも可愛らしくてにやけてしまいます……☆」
「百瀬に触れていないだろうな、変態」
「愛し子の頬を撫でてあげるくらいいいでしょう? その時はもう二度と、触れられないと思っていたのですから」

あぁ。愛しい我らのお姫様。出会いが違っていれば、間違いなく私たちはここまであなたを愛することなどなかっただろう。

「それが今では、『秘神さま』となったのですね……喜ばしい成長、いえ、生まれ変わりです」
「……ひめかみ?」
「『お姫さま』と『女神さま』を掛けました。文字に現せば、秘められた神と書いて、『秘神さま』です♪」
「ふむ。……まぁ、悪くないな。本人の断りを得ずにそう呼ぶのもあれだが」
「あなたたち、普通に本人を無視して女神と呼んでいたでしょう。何を今さら」

最初こそは照れくさいと言っていたけれど、最近は大分慣れてきたのか、軽くあしらわれるようになってきた。あんずと百瀬を二人とも女神と呼ぶのも止めて、部長発案の秘神を採用してもいいかもしれない。

「だからこそ、あなたと百瀬さんが出会い、手を取り合ったことは……とても意味があったのだと思っています」
「……ああ、そうだな」
「ふふ、聞かれてばかりでは割りに合わないので……こちらからも聞いてもいいですか?」

箱の解錠が終わったのか、部長はその箱を俺に差し出した。それを受け取り、中身を確認する前に、その問いかけに答えようと、部長を見上げる。

「二つの選択肢があったとしましょう。『百瀬さん』と『百瀬さんの曲』。『百瀬さん』を選べば、あなたは今後二度と百瀬さんの曲は歌えない。逆に『百瀬さんの曲』を選べば、この先もずっと百瀬さんの曲を歌えます。ですが、彼女はあなたの敵となる。

さあ、どちらを取りますか?」

部長の問いに、迷う必要なんてなかった。

そんなもの、一択しかないだろう?

「ほう? それでは、あなたは……」
「『百瀬』に決まっている。俺たちが好きなのは、心から愛しているのは、百瀬だ」

天才的な曲を作れるから、百瀬を仲間として引き入れたのではない。その曲を歌いたかったから、百瀬の側にいるんじゃない。

「百瀬に、俺たちを見ていて欲しかったからだ。あの真っ直ぐな瞳で、俺たちの輝きを反射する瞳で、俺たちのパフォーマンスを見続けてほしくて、あいつの手を取った」

本当に。それだけだ。
たとえ、あいつが音を綴れなくなる日が来たとしても、構わない。それでも俺たちは、あいつの手を離したりなんかしない。

「あんたみたいに。簡単には手離さないぞ、部長」
「おや、痛いとこついてきますねぇ。けれど、いいでしょう……合格です♪」

満足げに微笑んだ部長は、箱の中身が日記とかだと気まずいから、と部室から出ていった。その姿を見送り、俺はそっとその箱を開いてみた。


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