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毒蛇と騎士の剣先


「それにしても、百瀬遅いなあ。女の子だから、あんまり突っ込みたくはないけど……お手洗いにしては長くない?」
「……うん。セッちゃんまじで気づいてないんだねぇ。さっき説明した通り、百瀬も『Eden』のライブを観に来たわけだから……もしかしたら、そいつらに近づいちゃってるんじゃない? 計画的なのか、或いは単純バカなのか……」
「後者でしょ、どう考えても」

呆れたようにため息をついた瀬名先輩に、凛月はだよね、と同意した。その様子を隣で聞いていた真くんは、如何にも不愉快ですといった風に顔を歪める。

「ちょっと……百瀬ちゃんのこと貶すのやめてよ」
「あらら、怒られちゃった。好きな子の悪口は嫌だよね、『ゆうくん』。まぁ悪口じゃないけどさ」
「そりゃあ、百瀬ちゃんのことは好きだし、愛してすらいるけど……」
「!? ちょっと待って!? 今『愛してる』って言った!?」
「う、うん」
「どうして!? 俺には恥ずかしがって言ってくれないのに!!」
「別に泉さんに言わないのは、恥ずかしがってるとかじゃないんだけどね……」

ひどく取り乱す瀬名先輩に、真くんはうんざりしたようにパソコンに向き直った。
ま〜くんが起きるから煩くしないで、と瀬名先輩に吐き捨てた凛月の言葉など耳に入っていないのか、彼は真くんに掴みかかって問いかける。

「『愛してる』ってどういうこと!? いったいいつから!?」
「し〜っ。静かにしてよ! 他のお客さんにも迷惑だから! 別に……僕に好きな子一人できたって、不思議じゃないでしょ?」
「ぐっ、うううう〜……あいつ戻ってきたらただじゃおかないからぁ……問い詰めてやる……!」

どこか誇らしげに胸を張った真くんを見て、瀬名先輩は悔しそうに呻く。それから苛々してきたのか、貧乏揺すりを始める。ついには電話をかけようとスマホを取り出したが、それを凛月が引き止めた。

「セッちゃん。百瀬が心配なのは分かるけどさ。過保護すぎるとダメになるよ」
「はぁ? 別にそういうわけじゃ……」
「『王さま』の影に重ねて、ついでに守ってあげよう……なんて曖昧に考えちゃったから、余計な苦労も増えてるみたいだけどね」

あまり付きまとってしまっては、成長を妨げてしまう。今は大事な時期だ。大舞台が目の前に迫ってきているだけで、ピリピリしている。そんなときに横からあれこれ言ったら、余所見をしてしまう。

「まぁ、もしもの時は守ってあげなきゃだけど。本人は嫌がっても、俺たちは騎士だから。あの子に捧げられた剣は、そのために使わないとね」

「真く〜ん!!」
「? 百瀬ちゃん!?」

彼の名前を叫びながら、全力でモール内を駆けていく。私の声を聞いて、椅子から飛び上がった彼は、私の勢いを押し殺すように抱き止めた。

「あわ、あわわ……!」
「だ、大丈夫? とりあえず落ち着いて! ライブで目配せだけでも色々意思疎通出来るようになってるけど、さすがに喋れるときは日本語で話してくれるとありがたいな……!」
「「近い」」

酷く取り乱した私を何とか落ち着かせようと、真くんが優しい声色で声をかけてくるが、凛月と瀬名先輩が私と真くんを引き剥がした。人目も憚らず勢いで抱きついてしまったことは反省する。だが、緊急事態だ。

「『ゆうくん』。いくらあんたでも、さすがにその距離感は見過ごせない」
「はあ? 勝手に抱き付いてきたのは百瀬の方でしょ? ゆうくん悪くないし。むしろこっちが迷惑だからぁ!」
「そんなことより! あいつが来る……!」
「あいつ? ……げっ」

戦々恐々としている私に、真くんが顔をあげると、すでにそこに立っているのか、真くんが苦虫を潰したような表情をした。

「やっぱり! 『Trickstar』の遊木真さんではありませんか!」

茨くんは私を追い掛けてくるだけでなく、カメラまで引き連れてきたようだった。ばっちりと自分と真くんのツーショットを撮影しようとした茨くんに、私は慌ててファイルでカメラを遮った。

「真くんオフなので! 許可なく撮影するのはNGです!」
「おぉっと、これは失敬! 許可も得ずにプロのアイドルを撮影するのはマナー違反ですよね! 気遣いが足りずにたいへん恐縮です! あっはははは♪ ですが、百瀬さんも酷いじゃありませんか。自分から逃げるなんて!」

真くんを庇うように前に出て、茨くんを遠ざける。声は笑っているけれど、目は全くと言って良いほど笑っていない。そんな彼は、今度こそ逃げられないようにか、ぐっと私の腕を掴んできた。

しかし、それは力ずくで引き剥がされて、私の前に凛月が現れた。


「触るな。あんたが触っていい子じゃない」


はっきりとそう突き放して、キッと赤い瞳で、茨くんを睨み付ける。しかし、茨くんは全く怯む様子も見せずに目を細めた。

「……どちら様で?」
「……こいつ、『Eden』のやつでしょ。ま〜くんが部屋の壁に写真貼って、それを見ながら腹筋とかしてたから知ってる」

どうせなら俺の写真にすればいいのに、なんてぼやく凛月だが、それほど真緒くんにとって【オータムライブ】の出来事が衝撃的だったのだろう。しっかり『Eden』を敵と認識しているようだ。

「……おやぁ?」
「すう、すう……♪」
「噂をすれば何とやらですねっ、衣更さんもいらっしゃったとは! なぜか眠っておられるようですけど……どうしたんです、このひと?」
「ま〜くんの寝顔を気安く覗きこまないでよ。殺すよ」
「えっ、何ですか? もういちどお願いします! マイクで集音したい……☆」
「凛月! おさえて! 気持ちは分かるけど!」

茨くんは相変わらず人の神経を逆撫でするのが得意なようで。対話をさせてうっかり失言させないように、凛月を茨くんから遠ざける。

「厄介なの連れてきたね……百瀬ちゃん……」
「ご、ごめんなさい……もうすでに舞台側にいると思ってた」
「ううん。いやほんと、君と居ると退屈なんてものはないね?」

遠い目をしている真くんに謝罪をする。言い訳にしかならないけれど、てっきりキャストは準備をしているものだと思ってた。そんな私の肩をぽんぽんと叩いて、励ますように真くんは笑う。

「ふふ、百瀬さんの姿を見かけて柄にもなく飛んできてしまいました! 自分たち、『友達』ですからね!」
「……はあ? 『友達』は嫌がることしないんだよ、知らないの?」
「ダメだ、凛月が言うと説得力に欠ける……!」

茨くんに関してはおいといて、凛月は過去に様々な思い出がある。噛みつかれたり、暴言を吐かれたりと、今の凛月の発言とはかけ離れたことばかりだ。

「ともあれ皆さん、ここで会ったのも何かの縁! よかったらステージに上がっていきませんか? サプライズの特別ゲストってやつです、盛り上がると思いますよ〜♪」

茨くんの申し出に、私は思わず苦い顔をした。そのぶんの報酬はきっちり算盤を弾いて勘定する、という彼に渋っていると、八百長疑惑のある夢ノ咲じゃ、咄嗟の事態には対応できないかと煽ってくる。
たしかに、生徒会が学院を支配していたときは、八百長っぽい展開もあったけれど、『fine』も『紅月』も、パフォーマンスに手を抜いたことはなかった。

立派な、アイドルだから。

「文句があるなら、実力で証明してくれません?」
「……カメラの前で醜態を晒すっていうのを期待している?」
「まぁ、決断はあなたに委ねられますけどね、百瀬さん。そちらの『プロデューサー』の判断にお任せしますよ? それとも……あなたが舞台に上がりますか?」
「ダメだよ。私、プロデューサーだもの」
「……残念♪」

でも、こんな風に喧嘩を吹っ掛けられたときのために、私が呼ばれたわけなのだけど。そう考えると、真くんの予想は的中していたのだ。決していい方向ではないが、実際真くんはすごく、落ち着いている。

(でも、本当にそうなるって確信していたら、スバルくんと北斗くんも呼んでいたよね。二人は普通に、用事があるみたいだったけど……)
「……どうする、百瀬ちゃん?」
「断るのはまずい。でも、戦力も危ういのも事実」

『Trickstar』は四人揃ってこそ最大限の力を発揮する。二人も欠けてしまっては、とてもじゃないが本来の力を発揮できないし、『Eden』と対立したら無傷じゃいられない。

真くんと真緒くんがどれほど頑張ってパフォーマンスしたとしても、盛り上がればそれはそれで『Eden』の糧となる。どっちに転んでも、『Eden』にとっては美味しい結果なのだ。相変わらず茨くんのやることは、隙がない。

「やろうよ。いちおう、想定の範囲内だったからね」
「うん。私も出来る限り……ううん、最善を尽くすために、頑張る。衣装も、なんとか繕うよ」
「ありがとう。頼もしいよ、プロデューサー」

「ご相談は、終わりましたか?」

小声で相談していた私たちに、茨くんが痺れを切らしたように声をかけた。その声に振り返り、私たちは同時に頷く。完全とは言えないが、戦う覚悟はとっくの昔に出来ている。

「凛月、瀬名先輩」
「分かってるよ。あ〜あ、アイドルをパシらせるなんて、偉くなったもんだよねぇ?」
「うん、ごめんね。すぐそこの服屋に、夢ノ咲の指定衣装が売ってる。それを元に、衣装を作る。二人のサイズ教えるから……」
「はぁ? 人数違うじゃん。『四人』でしょ?」
「……え? な、何言ってるんですか?」

今は真くんと真緒くんしかいないから、二人なのだ。私は間違ったことを言っていないはず、と戸惑っていると、凛月は自身と瀬名先輩を指差す。その仕草の意味が分かってしまって、戸惑う私から、瀬名先輩はその他の必要な布諸々をメモした紙を奪い取った。

「これさえ持ってくれば、衣装出来るの?」
「えっと……あの、瀬名先輩」
「出来るの? 出来ないの?」
「で、出来ます……!」

彼の問いかけに、私は声を張り上げて言い切って見せた。そんな私を見て、瀬名先輩はふっと笑みを浮かべると「いい子」と私の頭を優しく撫でる。

「あんたは俺たちが来るまで、ゆうくんたちの側で曲の準備でもしてなよ」
「はい……すごく、心強いです」
「当たり前でしょ〜? 俺たちを誰だと思ってるの? さぁ、命じてよお姫様。あんたとま〜くんたちに手を出す輩は、俺とセッちゃんが蹴散らしちゃうから♪」

こんな強力な助っ人が居るなら、ここでくたばるわけにもいかない。
お礼を告げた私に、瀬名先輩と凛月は機嫌良さそうに笑みを浮かべて、お店の方へと走り出していった。


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