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努力の絆結び


「……あれ? おかしいな……。私が待ち合わせしてたの、真緒くんなんだけど〜?」
「なぁに、俺じゃ不満なわけ?」
「そうじゃないけど……なんで凛月が?」

待ち合わせ場所に現れたのは、真緒くんではなく凛月だった。怒りを声に孕ませながら、むすっと顔をしかめた彼の頬は、冬の外気で赤く染まっていて、更に怒気が籠っているように見える。
私の問いかけに、凛月は軽く自身の背中を見せた。その背にはすやすやと眠り続ける真緒くんがいて、目を瞬かせる。

「めっずらしい〜……? いつもの逆パターンだ」
「うん。百瀬と『ゆうくん』と約束があるって言ってたから……俺、暇だったからついてきた」
「そっか。凛月がこなかったら、真緒くんの家まで迎えに行こうかな〜って思ってたところ」
「はぁ? 俺の許可なくま〜くんの部屋に上がらないで」
「勝手には上がらないよ。ていうか、凛月は真緒くんの何なの……」
「俺はま〜くんの最愛の幼馴染み……♪ 顔パスをなめるな」
「はいはい。言うと思ってたよ。歩きながら話そうか、真くんを待たせちゃ悪いからね」

本人はわりと本気なのだろうけど、それを軽く流した私は今度は真くんとの待ち合わせに向かおうと歩き出した。しかし、一向に動こうとしない凛月に、私は不思議そうに後ろを振り返った。

「兄者と会ってたの?」

凛月の問いかけにぎょっとした私に、彼も驚いたようにぱちぱちと瞬きを繰り返す。どうして分かったの、と訊ねると、特に悩む様子も見せずに一言、「匂い」と告げた。

「何それ〜逢引き? ふざけないでよ、よりによって兄者とか笑えないんだけど?」
「違うよ! 誤解を招くようなこと言わないで。『SS』前にちょっとお話したいなって思っただけだよ」
「ふぅん……? 逢引きじゃないならいいけど……あんまり、二人きりで会ったりしないでよ」

不満げにそう漏らした凛月に、私は渋々頷く。あの人と凛月の関係は少しずつ良好になってきていると思っていたのだけれど、まだ完全とは言い切れないみたい。でも、いい方向に向かっているなら十分なのだろうか。

「ていうか、何で真緒くん寝てるの? 約束してたから、真緒くんに限ってまさか寝坊するなんて有り得ないと思うけど」
「う〜ん。ま〜くん、休む休むって言ってるわりに働こうとするんだよねぇ」

『忙しくしてたほうが落ち着く!』『俺にとっては働くことが休むことだ!』とか言っていたから、凛月が無理矢理寝かせたらしい。

「な、何したの……?」
「ふふん、聞きたい? まず、ま〜くんは寝る前に音楽を聴くんだけどね……」
「ちょっ……曲に何か仕込んだりしてないよね?」
「ん〜……?」
「はぐらかさないでよ〜! 私の曲!」
「そうだね、百瀬の曲だったね〜? 大丈夫だよ、悪いようにはしてないし」

強制的に眠らせた、ということに関して少々引っ掛かるけど、バタバタして『SS』に支障が出るくらいならば、これでよかったのだろうか。

「可愛い寝顔だね……あぁ、とても平和的」
「ま〜くんの寝顔を見て平和な気分になれるんなら、いくらでも見ておけばいいよ。その目に焼き付ければ?」
「うん。でもマフラーぐらいつけさせてあげればよかったのに。どう考えても寒いでしょ? しょうがないなぁ……」

外に連れ出されてよくもまぁ熟睡出来るものだ。私は自分のマフラーをほどいて、真緒くんに巻き付ける。満足げに笑って真緒くんの頭を撫でると、彼はもぞもぞとマフラーに顔を埋めた。

「……お気に召したようで何より」
「寒かったんだねま〜くん。うん。別に百瀬の匂いに安心した〜とか、そういうんじゃないよね。それだとただの変態だよ」
「あはは……。それにしても、『働くことが休むことだ!』って……真緒くんらしいっていうかなんていうか」
「そういう百瀬も、休んでないでしょ。普通に、いつも通り活動してるらしいじゃん。何だったら、百瀬も眠らせてやってもいいけど?」

不敵な笑みを浮かべた凛月に、ぞわっと背筋に嫌な汗が伝う。どんな方法で眠らせてくるのか、ちょっとだけ興味はあるけれど、恐怖の方が勝ったのは確かだった。

「え、遠慮しとく。ここで眠ったら確実に置いていかれるよね? 凛月が真緒くんと私を天秤にかけて、私が選ばれるはずないし! まあ私が選ばれても困るんだけどね! 真緒くんを選んであげて、アイドルを凍死なんてさせられないっ」
「うん。どう考えても二人を運ぶことは出来ないから、しないけどね。あと俺がま〜くんを見捨てることは、未来永劫無い。……もちろん、百瀬も見捨てないからね」
「……ありがとう。そう言ってもらえるだけで、普通に嬉しい」

あれこれ話しているうちに、目的地についたので私たちはショッピングモールのエスカレーターに乗って上の階を目指す。一階を見て回らないの? という凛月の問いかけに、私は大丈夫と即答する。

「一階に真くんはいない。……それから、一階でうろつくと見つかっちゃうから」
「……そう」

私の言葉を聞いた凛月は、キョロキョロと見渡すのを止めて前を見た。不審な行動をしていては目立ってしまう。なるべく、普通にしていなければ。スマホで真くんに着いたことを知らせると、すぐに返信がきて居場所を教えてくれた。

「休みの日くらい休めばいいのに」
「うん。でも、『Eden』のライブと聞いたら、視察しないのもおかしいでしょ?」

店の前に行くと、その中にいた真くんは私の名前を呼んで駆け寄ってきてくれる。しかし、その後ろにはなぜかカメラを持った瀬名先輩もいた。

「瀬名先輩〜……。いくら先輩とは言っても、あんまり奇行に走るようなら、訴えますよ?」
「あっ、誤解しないであげて。僕が頼んで、泉さんに撮影してもらってるんだ」
「わかるよ。セッちゃんにそう言わされてるんだよね、可哀想に。交番に行こう? 警察のひとに事情を話して保護してもらおう?」
「何なら私たちも警察のひとに話してあげるよ」
「百瀬〜……? くまく〜ん……?」

私と凛月の同情と軽蔑の目に、瀬名先輩は苛立ちを隠すことなく前に出てきた。だが、真くんの言っていることは本当のようで、これは真くんのカメラ慣れのための行動だったらしい。前科があるため酷く疑ってしまった。根はいい人だし、自粛しているところもあるので、今さら犯罪行為をするとは思っていない。

冗談だ。そう、大事なことなので二度言う、冗談だ。

「なぁ〜にが大事なことだから二回言う、だ! 完全に疑ってたでしょ!? 生意気だよねぇ、あんたは! いつまでたってもさぁ! 可愛さ余って憎さ百倍ってこのことだよ!」
「可愛いと思ってんじゃん。ま〜くんも俺に『特訓に付き合って』って頼んできたよ。ファンサービスのコツとか、教えてあげた〜」

反抗期の妹ちゃん相手に、ご機嫌を取らせたりしていたらしい。なるほど、最近の真緒くんの挙動はそういうことか。挙動と言っては失礼かもしれないけれど、私もそのファンサービス的なことを受けた覚えがある。

「……おやおやぁ? どうしちゃったの百瀬、顔真っ赤だよ。まさか、ま〜くんのファンサを思い出しちゃって恥ずかしくなったって感じ?」
「……違う! これはさっきまで外に居たから!」
「そっかそっか〜? いいけど。間接的に俺のファンサで百瀬にそんな顔させたってことだもんね〜?」

苦手なことや慣れていないことにまでチャレンジして、本気で勝ちにいこうとしてる。そんな彼らの成長に、凛月は嬉しそうに微笑んだ。司くんが常々言うように、『Trickstar』のライバルが『Knights』なら、『Trickstar』が勝てば『Knights』は何もせずとも、評価を得られるから。

「あんたら、結構一緒にいること多いよね」
「うん。元よりま〜くんは俺のお世話をしてくれるし、その上で教師に委員長だからって理由で百瀬のお世話も頼まれたから、俺たち三人はわりとクラスでも一緒」
「……嫌だった?」
「え? 今の話のどの辺りでそう感じたの? 急に卑屈になるよねぇ……」
「いや、真緒くんとの世界を私が邪魔しちゃったかなって」
「今更だね。本気で嫌だったら、最初からあんたの友達になんかなってないし、俺たちは好きであんたと一緒に居るんだよ」

それくらい察してよね、と呆れたように呟いた凛月に、私は真緒くんの寝顔を一瞥する。瀬名先輩の単純な疑問が、予想外の告白となって私を攻撃してきたので、驚きを隠せない。
変な顔になってそうで、私はそわそわしながら真くんの背中に隠れた。

「なんでゆうくんの背中に隠れてるの?」
「照れてるんだよ。あ痛たたっ」
「ちょっとぉ、ゆうくん殴らないでよ」

合っているんだけど。合ってはいるけれど、瀬名先輩は気づいていなかったから、言わないでほしかった。そんな意味を込めてぽかぽかと真くんの背中を叩くと、瀬名先輩がそれをよしとせず真くんから引き剥がす。
それから二時間かけてショッピングモールを一巡りしていく。真くんが店のなかに入っている間は、瀬名先輩は店の外で待つこととなっていた。
真くんだけならば普通の客として溶け込めるけれど、瀬名先輩がいると注目の的となってしまう。避雷針としてはとても優秀だが。

「……私、ちょっとお手洗い行ってきます」
「ん。『ゆうくん』には伝えとくよ。なるべく早く帰ってきなよ〜?」
「はいは〜い」

私の身を案じてくれているのだろう。何のことか分かっていない鈍感な瀬名先輩はおいといて、『Knights』の策士をやっている凛月は何かと察しが良くて助かる。

(今日行われる『Eden』のライブ……。それを見るために、中央ホールを避けて歩いていたけど)

思いきって近づくのもありなんじゃないか、と少し踏み行ってみる。さすがは同年代で一番人気を誇る『Eden』。すでにライブの開催を知っているファンは、ここに集まっているのだろう。すごい人の数だ。上から見ると壮観である。

(想像以上だな……。これほどの人気のある『Eden』を、倒さないといけないんだ……)

弱気になっているわけではない。むしろワクワクしてきている。巨大な敵に打ち勝ってこそ、勝利の美酒に酔える。

(お酒は飲めないけどね。まだ未成年だし。でも、世間に流れている不穏な『大きな流れ』を、『SS』という大きな舞台で変えられる……かもしれない)

簡単には揺るがない『大きな流れ』を塞き止めることが出来るかもしれない。その可能性を『Trickstar』が持っている。でも、その責任を強く感じなくてもいい。

彼らは星として、夜空に煌めいてくれればいいのだ。

遠目で舞台を見つめていると、とんとんと誰かが私の肩を叩いた。真くんたちだろうか。それとも、夢ノ咲の誰かがたまたま私を見つけたのだろうか。そう思いながら振り返る。

「やあやあ! お久しぶりです百瀬さん! お会いしたかったですよ〜☆」
「……ひいっ!? びっくりした!?」
「そんな化け物に見つかったみたいな反応しなくてもいいじゃありませんか! 自分たち、お互いを認めあった仲でしょう?」

たしかに、酷い反応をした自覚はあるけれど、今一番会いたくなかった人物だ。白々しく近づこうとした茨くんに、私は咄嗟に距離を取る。

「今日はお休みで来たから〜……」
「ほう、お一人で? それなら好都合! 観に行ってくださいよ、『Eden』の舞台を!」
「『Eden』でライブやるんだ?」
「やだな〜、女優でも目指すおつもりで? ……知っててショッピングモールへ来たんでしょう?」

よし、逃げよう。

そう決断するのは、遅くはなかった。捕まったら一貫の終わり。抵抗の余地はある。私の腕を掴もうとした茨くんの手をすり抜けて、私は駆け出した。

「ちょっ……百瀬さん!?」
「ごめんね茨くん! 用事があるから! さらば!」
「……ちぇっ。鬼ごっこのつもりですか? いいですよ! 引きずり出してあげます!」

背を向けた私に、茨くんが善からぬ決意をしているのが聞こえてしまった。だがしかし、この人混みの中、紛れ込んでしまえば見つかるはずもない。私は急いで、情報を纏めている真くんたちも元へと駆けていった。


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