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しがみつけ友情


「なにこれ?」

見た目は小さいわりに、ずしんと重みを感じるそれを手渡されて、俺は持ち上げながら相手に問いかけた。尋ねられた相手は、意味深な笑みを浮かべて「秘密」と答える。

「いや、教えろよ。なんだよ氷鷹、タイムカプセルか〜? いい歳こいてよくやるよ。……え? まだ子供だって?」

まあまだ卒業前だし、氷鷹の言う通り俺たちは子供である。タイムカプセルだろうがなんだろうが、友達がやりたいというのならば、それに協力すべきなんだろう。

「ふふ、お前のそういうとこ嫌いじゃないよ。じゃあ俺もいれていい? え? 開けられたら? ……いやいや、なんだよこれ!? めちゃくちゃ複雑怪奇な構造だなっ、簡単に開けられるわけがないだろう! 俺はこういうの無理!」

俺の怒鳴り声を聞きながらも、愉快そうに笑った氷鷹を見て、俺は意地でも開けてやる、と解錠を試みた。しかし、無数な歯車や入れ子など、様々な組み合わせでとてもすぐには開けられそうにない。

「あ〜やめやめ! この偏執狂めっ! いいよ〜俺は俺で別の箱に……もっかい開けるから一緒にいれてくれって?」

ガチャガチャと箱を弄り始めた氷鷹を眺めながら、俺は何をいれようかな〜と思い更ける。夢ノ咲でアイドルを始めてから卒業に至るまで、思い入れのある品なんていくらでもあるけれど、これ! と言った風に上手く絞れない。ここまできたら、氷鷹が何を入れたのか気になるところだ。

「ところでいつ開ける予定? はあ、決めてないのか……じゃあお互い子供が出来たら開けさせるか? まあ例え子供が産まれたとしても、この学院に入学、その上アイドル科に入るかどうかも怪しいけどな」

そもそも子供なんて、そんなずっと先のことまで考えられない。今は目の前のことで精一杯だ。いつだって世界は目まぐるしく回転して、俺たちを待ってなどくれない。
俺はアイドルに恋してるわけだから、子供なんて出来っこないだろうけど。

「……でも、本当に子供が開けることになったら、夢があるなぁ。ちょっとぐらいは期待しといてもいいか」


そんな話をしていた記憶も、遠くなるほどの月日が流れた。あの日の俺に、『妻も子供も出来た』なんて言ったら、『そんなの嘘だ』って笑い飛ばされていたかもしれない。

あぁ、いや、もう、そんなことを思い返す余裕すら、ない。

「────」

その日は、今でも思い出したくない。でも、古傷が疼くみたいに、時々記憶が呼び起こされる。
時期としては、6月。歓声が奇妙なざわつきに変化して、音響も止まって、全員の動きが静止した、あの瞬間。

「…………明星?」

舞台の上で立ち尽くす友人の姿を見て、足は勝手に動いていた。どうした、なんて聞けなかった。それより先に、舞台下でピクリとも動かなくなった観客を、見てしまったから。
分かってしまった。この異様な空気の正体。この友人の固まった表情。あってはならない事態。言い逃れの出来ない状況。
咄嗟に、明星の手を取る。どうしようもなく震えている明星に、いつものあの輝かしい笑顔はない。

(助けなきゃ。そうだよ、俺と同じで、お前のことを待ってる妻と子供がいるんだから! こんなの不幸な事故、ありえないだろ! スーパーアイドルのお前が! まさに奇跡みたいなお前が───!)

こんなところで、終わるわけがない。

(待ってよ! 今日、明星の息子の……スバルくんの誕生日なんだよ! 絶対帰らなきゃダメなんだ! 俺たち家族も祝う予定だった! 百瀬も楽しみにしてる! ねぇ神さま!)

どうか悪い夢であってくれ。

そうでなければ、教えてよ。

俺、俺は、どうしたら、


どうしたら、明星を助けられる?



  *


『SS』直前、緊急特番。『Trickstar』と『Eden』の、朝まで徹底生討論。
生、とは言っても生放送ではない。普通の収録だ。討論も、アナウンスに答えていく記者会見のようなものだ。
『スタフェス』の後日のため、切り替えられていないというか、本当に台本なしのぶっつけ本番なため、『Trickstar』は相変わらずばらつきを感じるけれど。

〈最初の質問です。皆さんは、どうしてアイドルになったんですか?〉

あんずちゃんのアナウンスに、それぞれがまた話始める。自分のことではなく、相手の理由について、憶測を話したり、それを掘り下げたり、かなり自由だ。この調子では、カットしまくりで番組自体が破綻してしまう。
だが、意外にも切り出してくれたのは、凪砂さんだった。様々な言葉を並べ立てて、アイドルとなった理由を話してくれた。それは台本に書かれた模範的なものではなく、彼自身の言葉で。

「……父に、そう望まれたのもある」
「凪砂さんのお父さんって、どんなひとだったの?」
「……君のお父さんに似ていたよ、スバルくん。……魂の双子、あるいは親子だった」

しかし、運命の悪戯で、両者の末路は真逆になった。スバルくんも、父親と同じ運命を辿ることとなるのか。その問いかけに、スバルくんはすぐに首を振った。父さんは関係ない。最初こそは憧れていたし、世界でいちばんキラキラしてて、夜空のお星さまみたいで、それに触りたくて手を伸ばした。

「父さんと『同じ』になれば、手が届く気がしたんだよ。触れて、抱きついて、体温を感じたかった。父さんのことが大好きだった」

でも、今はそれだけじゃない。夢ノ咲で無数の輝きに出会えた。いつのまにかあったかい星々に取り囲まれてた。その輝きを反射して、自身も光を放って、それを繰り返して、更に煌めきが増していく。

「それが嬉しくって、幸せで、夢中になってる。それだけだよ。本当にさ、だいそれた理由なんかないんだ」

だけど。今は昔よりも、アイドルになりたい。ずっと永遠にこうしていたい。本当に、それだけ。

「何か文句ある?」

胸を張って答えたスバルくんに、私は両手を上げて大きく丸を描いた。声を出しては伝えられない。でも花丸の答えだ。それだけで十分だよ。その想いで、君はアイドルになってるんだから。
私の仕草を見て、スバルくんも満足げに頷いて見せた。あぁ、この意思疎通している感覚、堪らなく愛しい。光栄だな、この場に居られるの。何よりこうして、君たちを側で見ていられること。


「春頃は……私には身に余る幸福だ、と思っていたんですけどね」
「と、いうことは。今は違うということじゃな」

ずずっとトマトジュースをストローで吸い上げた朔間先輩は、収録された番組を流していたスマホの画面を眺めながら、私にそう投げ掛けてくる。

「まだ、分かんないですけど。少しずつ受け入れて……身に染みています。何度も何度も、ドン底に突き落とされてきたのは、このためだったと思えるくらいには」
「……そうじゃな。もう地獄は見飽きたろうし」
「はい。それで、『どうしてアイドルになったのか』っていう理由を聞いてて、私も考えてみました。『どうしてプロデューサーになったのか』……」

最初はそれこそ成り行きだったし、なりたくてなったわけじゃない。
何より、アイドルと関わるのはもう嫌だなって思っていたし、それから先はもうテレビの画面のむこう側の存在でしかなくなるんだと感じていた。

「革命に巻き込まれて、がむしゃらに走り回って、それから突き放されて、『あぁもう、全部全部うんざりだ!』って思っても……やっぱり、嫌いになれなかったんです、アイドルのこと」

胸の奥でずっと灯り続ける何かが、引き留めてくれていた。
今でもそれがなんだったか思い出せないけど、それだけは温もりとなって残っている。アイドルが大好きだった、昔の私の残滓。

「それで走り抜いた向こうで……沢山の星が、見えたんです。全てが違う色をして、違う音を奏でているのに、不思議と全部好きになれました。そんなアイドルたちをこれからもずっと見ていたい。側で見守り続けたい。一緒に……生きていこうって、思えました」

綺麗事だってことはわかっている。いつかはこんな子供のような純粋な瞳で見つめられることは、出来なくなってしまうのだろう。

でも、それでも。

擦りきれて、ボロボロになっても、どれほどの痛みにもがき苦しもうが、あの瞬きを見逃したくはない。

「彼らを輝かせるために、プロデューサーでありたい。煌めく彼らが好きだから。それだけですね」
「うむ、おぬしらしいわい。真っ直ぐで、我輩には眩しすぎる」

だが、嬉しそうに微笑んだ朔間先輩に、私も笑みを返す。私の決意は、この人に伝わっただろうか。誰よりもまず、私の師となってくれたこの人に伝えたかったのだけれど。

「おぬしは酷く脆く、儚く、そして小さい存在じゃ。おぬしが察している『大きな流れ』は、一瞬でおぬしを飲み込んでいく。飲まれれば、即死じゃ。二度と立ち上がれはしないじゃろう」

私は不死者ではない。幾度も心が折れたことはあったけれど、限界があるのだ。そして、今回の『大きな流れ』によって、本当の死を迎えてしまう可能性がある。

「『五奇人』討伐や、【DDD】のときよりもずっと残酷非道なやり方で、おぬしを追い詰めていく。ここで尋ねるのも、どうかと思うのじゃが……それでもおぬしは、プロデューサーを辞めないのか?」

赤い瞳が、じっとこちらの様子を窺うように見つめてくる。そんな朔間先輩に、私は力強く頷いてみせた。引き下がる選択肢なんてない。

覚悟はもう、決まっている。

あとは、踏み出すタイミングだけ。『Trickstar』と共に、大舞台への一歩を。

「……我輩が、言えたことではないよのう。おぬしをプロデューサーにさせたのは、他でもない我輩じゃ。惨状を見せつけ、おぬしの優しさにつけこみ、プロデュースするよう仕立てあげた」
「感謝してる、と言ったでしょう? そう何度も、自分を責めないでください。『ごめん』って、謝る方も謝られる方も、苦しいですから。それに、朔間先輩が見つけてくれなかったら私は……今、ここにいなかったかもしれません」

それこそ、プロデューサーなんてものは、お飾りになっていただろう。

「あと、私を本当の意味でプロデューサーにしてくれたのは、『Trickstar』ですよ」
「む……そう言い返されると、なんだか寂しいのう」
「ふふ、作曲に関しては、スバルくんが『曲をつくってほしい』って言ってくれたからですし」
「ああ……あの瞬間は、我輩も見ておったよ。実に、美しい光景じゃった。互いの才能に惹かれ、愛に目覚め、手を差し伸べて、共に歩き出した」
「大袈裟だなぁ。でも、間違いではないですね」

私の砕けた心の一部を、みんながそれぞれその手に抱いて、私に返してくれた。寄り添って、手を繋いで、こんな私を心から愛してくれた。お前が必要なんだ、側に居てくれって、抱き締めてくれた。

「あぁ、私、生きているんだなって……そう思うと、息苦しくなって、でも胸がいっぱいで満たされて、すごく、幸せで……ああもう、何言ってるか、分かんなくなっちゃいますね?」

私たちは、出会うべくして出会ったのだと。
そう信じたい。

「なんか……辛気くさくなっちゃいました。独白してる気分です」
「いいや……おぬしの心の声が聞けて、我輩は満足じゃ」
「……勝ってみせます。見ていてください、先輩」
「うむ。期待しておるぞ、百瀬」

互いの体温を分かち合うように、朔間先輩は私の体を抱き寄せた。私のお師匠様。愛すべきにいさん。私を幸せへの道へ導いてくれた、星の一つ。

「しかし、今日は予定があるのじゃろう? いつまでも居てよいのかえ?」
「あっ、そうでした……じゃあ、行ってきます。聞いてくれて、ありがとうございました」
「よいよい。こうして二人で話すのも新鮮で、楽しかったわい」

席を立って外へと飛び出す。決意を固めるように、ふんと白い息を吐き出して、私は時間に間に合うようにと足早に向かっていった。


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