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心の在り処を証明せよ


「どう? おかしなところないかなぁ? 一応鏡見て、念入りにチェックはしたんだけど」
「……百瀬さん。これは……どういうおつもりなのでしょうか」

弓弦くんの前で一度くるっと回って見せる。それを見た彼は、不愉快きわまりないと言いたげな顔で私を見下ろしていた。彼の瞳には、『特待生』じゃない人たちと同じ服を着て、ショートカットのウィッグを身に付けた私の姿が映っている。
【DDD】が終わった後、もう必要ないから捨てようとも思っていたのだが、愛着が沸いてしまってなかなか棄てられずにいたウィッグが、まさかここで役に立つとは。

「制服はどこで入手したのですか?」
「普通に購入した。英智先輩に頼もうとしたけど、ここで借りを作るのもなぁと思って」
「……呆れを通り越して、尊敬してしまいますよ」
「うん。もっと褒めてくれてもいいよ」

私はスバルくんや北斗くんほどオーラはないので、『特待生』じゃない人たちに紛れることも可能だろう。七種くんに見つからなければ、いけるはず。それとなく情報を集めて、この秀越の全体像を見通す。

「大丈夫だよね。久々だから、ちょっと自信ないんだよ」
「無謀なことに挑戦致しますよね、まったく……」
「足踏みしてたら進めないからね。やれることはやるよ。」
「気を付けてくださいまし。特に茨には……見つからないことが、最低条件です」
「了解。……手伝えなくてごめんね、弓弦くん」
「これが私の仕事ですので、おきになさらず。あなた方は自分の成すべきことを成してください」

これ以上ステージ設置の邪魔をしないため、私はその場から立ち去り、秀越の校舎を歩き回る。『特待生』じゃない人たちと話して、同じように『特待生』のお世話をして走り回って。

(真くんも情報を集めてくれてるけど、根深いところまで掘り下げないとね)

だが、いつかこの人たちの不満が爆発してしまいそうで不安だ。『特待生』になるために、その人たちに嫌われないように振る舞って、影では舞台に立てないことを嘆いている。

(あぁ……。全然似合わないな……)

窓に映った自分の姿を見て、苦笑いを浮かべる。夢ノ咲の制服で、だいぶ見慣れてしまった。それにしても私の顔、親にそんなに似ているだろうか。北斗くんのお父さんも、七種くんもそういっていたけど。
彼らの言葉を思い返すと、なんだかむずむずして、自分の顔を変形させるように揉みこむ。

「むぐっ!?」

自分の顔を変えることに集中していると、何者かが私の口を塞いでずるずると部屋の中へと引き込んでいった。
顔を真っ青にさせて思いきり抵抗すると、ぱって手を離されて、勢いよく振り返る。

「あっ……」

思わず声を出しそうになったところで、慌てて声を押し止めた。それを彼は見下ろして、こう告げた。

「……連星百瀬さん、だね」
「…………」
「……隠さなくていいよ。君の顔は、よく覚えているから」
「……百瀬でいいです」
「……じゃあ、私も。凪砂でいいよ」

独特な雰囲気を持つ凪砂さんに、私は少しずつではあるが冷静さを取り戻していった。見た感じだと、七種くんはこの場にはいないようだ。

「……君とはもっと話したかったのに、茨が会わせてくれなかったんだよね」

つまり、今まで七種くんが私に付きまとっていたのは、私の動向を探ると同時に、私を凪砂さんへ近づかせないためだったのか。

「もっと話したかったって……最初、ずっと無言でしたよね?」
「……うん。まさか出会えると思ってなくて、緊張してた」
(え……緊張とかするようには、見えないんだけど)
「……ところで、どうして男の子の格好をしているの?」
「え、あ、これは……」
「……もしかして今度は、あの子の『影武者』でもやるの?」
「──真緒くんに代わりなんていません」

凪砂さんは、私を怒らせるためにそんなことを言ったのではないのだろう。それでも、その言葉は私の逆鱗に触れる一言だ。

「撤回してください。真緒くんに言ったこと」
「……でも、君もそう思うところがあったから。だから怒ったんじゃないの?」
「それでも、『Trickstar』は真緒くんじゃなきゃダメなんです」

どうすれば、認めてくれるのだろう。この人の目に、真緒くんが映ってくれるのだろう。考える仕草を見せた私を一瞥した凪砂さんは、ソファーに座って、指をさした。

「……踊って見せて」
「え?」
「……君がどれだけ本気なのか、見極めるから」
「……。それで、撤回してくれますか?」
「……それは、君次第だけど」

本気で踊るなんて、いつぶりだろう。
きっと、【DDD】ぐらいだ。がむしゃらに、仲間と共に流れる音楽にその身を任せ、楽しく踊っていた。ただ、悲しいな。今は一人だ。
ブレザーを脱いで、邪魔になりそうなものを取り払って中央に立った。以前は石磨きに夢中だったのに、今はその瞳を私だけに向けてくる。

「……どうして彼でなくてはならなかったのか、本当に証明できるの?」
「……出来るか、出来ないかじゃないんです。証明してみせます!」

どうして、真緒くんだったのか。彼でなくてはならなかった理由など、私には分からない。口でどれだけ説明したって、それが正解だとは、限らない。

「あなたにはたぶん、まだ見えてないんです! 真緒くんの輝き! 真緒くんにしかない輝き!」

私はそれが見えたから、本気になれる。

彼が彼自身を否定するのならば、私は何度でも怒って肯定しよう。腹の底から叫んで、嘆く真緒くんの心に届くまで。声を枯らしてでも伝えよう。

「懐中電灯でも、私はその光に惹かれました! 暗闇の中であれば、星じゃなかったとしても、明るく照らして道標になってくれる! それに見惚れて、綺麗だなって手を伸ばすことは、全然おかしくないですよね?」

見る目がないと言われたっていい。だってこの目には、綺麗に見えたんだから。
過大評価だとしても、贔屓していると言われても、私の考えは揺るがないし譲らない。

「……分からないな。どうして君はいつも、そうやってわざわざ回り道をしていくの?」
「分からないなら、顔を出してください。光が見えないなら、出てきてください。あなたの顔をもっとよく見せてください! 目的地ばかりじゃなくて、もっと周りを見渡してみてください!」

そしたら意外な掘り出し物が見つかるはずだ。この人も、真緒くんのことを見てくれるかもしれない。そう思うとちょっと嬉しく思えてきて、笑みが浮かんでしまう。

「……!?」
「……そう、私、君のその顔が見たかったんだ」

何を思ったのか、凪砂さんはがっと私の頬を両手で包み込むと、視線を合わせるように持ち上げる。汗もかいて、べっとりしているであろう私の肌に触れても、嫌な顔一つしていない。

「あ、あの、凪砂さん。近いです」
「……なぜ怖がるの? 君が言ったのに。『もっと顔を見せて』と」
「そ、それは比喩表現と言いますか、なんと言いますか……」

顔の距離が近くて、呼吸さえ許されない。何とか離れようと後ずさると、案外呆気なく手を離される。

「……見る目が変わるかどうかは、まだ分からないけど」
「……?」
「……あの子たちのこと、壊しちゃったらごめんね」

謝罪の言葉に、口を出そうとしたけれど、すぐあとに、誰かが私の肩を掴んで勢いを止める。

「それ以上踊れば、倒れてしまいますよ、百瀬さん」

聞こえたのはここ最近よく聞く声だ。不恰好ながらに呼吸を繰り返す私の目の前に、七種くんは水の入ったペットボトルを突き出す。

「毒とか、入ってないよね……?」
「あはは、どうでしょう? このまま倒れて、その間に何されても問題ないなら、はね除けても構いませんよ?」
「…………」

ペットボトルを受け取った瞬間、体がふらつく。そんな私を、側にいた七種くんが咄嗟に受け止めてくれた。普通ならときめくシュチュエーションなのだが、全く心に響かない。「ありがとう」と口では感謝を告げながら、そっと離れる。

「つれないですねぇ、あなたは。出会ったときから」

そういう七種くんも笑顔を見せながら、私の汗がついた凪砂さんの手をしっかりと拭いていた。地味に悲しくなる。凪砂さんは平気な顔をしているけど、やっぱり普通、人の汗なんて触りたくないよね。

「七種くんが来たってことはレッスンの時間だよね……? それじゃあ、私は『Trickstar』のところに戻ります」

敵の陣地にいつまでもいたくはない。それに、凪砂さんに言いたいことは言えた。何事もなかったかのように衣服を回収して、部屋から飛び出した。

「……。……だよね。監視カメラつけるくらいなんだから、盗聴器だってあるよね」

身体中を弄って、襟元に感じた違和感に、私はぽつりと呆れたように呟いた。それを取って、力任せに握り潰そうとしたけれど、私の力では無理そうで。次こんなものつけたら証拠品として取っておくぞ、と宣言してから、それを踏みつける。



「……ちぇ。バレちゃいましたか。まぁ、分かりやすすぎましたかね?」

ぶつっと酷い雑音を耳にして、茨はため息をつく。自分を引き付けて、振り回しているつもりのようだけど。

(浅はかですね。でも、あなたには『連星』の話が出来たので十分です)

自分が『連星』の話を知っているということは、彼女の足枷になる。その歩みは必ず、重くなる。
『連星』の話が世間に知れたところで、彼女は今さら大した傷にはならないけれど、彼女の曲の構成がほとんどである『Trickstar』は違う。

(汚名を被った奴の作った曲なんか、観客は聞きたくないですよね! それが百瀬さんを苦しめる毒になる! 『Trickstar』が傷を負えば、百瀬さんは二重の痛みが伴う!)

と、思っていたのに。

(……あの自信満々な顔が、妙に焼き付いてます。ただの煽りだということは、分かっているのに)

なぜか、引っ掛かる。俺に突き立てられた人さし指は、拳銃のような形をして、俺の胸元をつついた。大胆不敵な笑みを思い出すと、嫌な予感が拭えない。

(覆るはずがない、この計画が)

廊下に取り残された盗聴器の残骸を拾い上げる。決して安くはないのに、なんてぼやきながら、それを近くのゴミ箱に投げ捨てた。


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