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君がくれた全部を返すよ


「あ〜……北斗くんのお父さん……お許しを……!」

『Adam』の二人から逃げた後、すぐに夢ノ咲の制服に着替えようと思っていたのだけれど、北斗くんのお父さんに捕まってしまった。北斗くんのお母さんも、それはそれは興味深そうに私の顔を眺めている。

「『連星くんにも好かれなかった』? あ、いえ! 深い意味はなかったんですけど……すみません……。うう……本当に北斗くんの親……?」

別に、北斗くんのお父さんが嫌いでハグを拒んでいるわけではない。単純に、友達の父親とハグをするのは何とも言えない気持ちになるし、お母さんの前で必要以上にくっつくのもどうかと思う。
どれだけ私が父に似ていて感激しようが、控えてほしいところだ。

「『ほっちゃんとは熱烈なハグをするのに?』って、別に二人が思っているような関係じゃないですからね! アイドルとプロデューサーですから!」

北斗くんのお父さんには息子をよろしくお願いしますなんて言われてしまうし、お母さんには「ほっちゃんにもついにそういう子が出来たのね」なんて嬉しそうに言われてしまうしで、滅茶苦茶だ。せめて、誤解を解かなくてはならない。

「あと! 私がほっちゃんとハグをするのは友愛……ああもうっ、つられる!! ほっちゃんって呼び方つられる!」
「……百瀬? だよな? お前、なんでそんな格好をしているんだ?」

北斗くんが、怪訝そうな顔でこちらを見ている。顔面蒼白となる私を他所に、北斗くんのお父さんは北斗くんの腕を掴んでこちらに引き寄せた。

「パッと見で私だって分かるの?」
「ああ。顔自体は変わらないしな」
「……不満そうだね」
「当たり前だ。どうせ『特待生』じゃない人間に紛れ込むための変装だろう? 女優でも目指すつもりか? 笑えない冗談だな」
「女優さんが目の前にいるのに、そんなこと言うなんて意地悪だよね。ていうか辛辣」

ふいっとそっぽを向いた北斗くんに、私は自分の姿を見下ろした。不愉快なのだろう。眉間にしわを寄せる北斗くんを見て、ご両親はご機嫌を取るように宥めていた。

「……その姿はやめて、外してくれ」

男子生徒の制服なので、ここで外すのはミスマッチなのだけど。でも、彼が嫌だと言うのなら、仕方あるまい。もぞもぞとウィッグを外して、首を軽く振るう。
正直な話、ウィッグを外したばかりは目も当てられないほど酷い頭なので、あまり見てほしくはないが。

「どんな姿をしていてもお前はお前だが、やっぱり俺はこの姿が一番好きだ」

北斗くんが顔にかかった髪を取り払って、ぼさぼさの髪を軽く手櫛で解いた。普段表情の変わらない彼が、柔らかく微笑む。最初の頃に比べて、ずいぶん表情が豊かになってきたものだ。
それを見て、静観していたご両親が驚きの声をあげた。

「横から悲鳴が……わわ、北斗くんのお父さん、スキンシップ激しいです!」
「やめろ、本人が嫌がってるだろう。…………」
「あれ……どうかした?」
「いや、何というか……胸につっかえる何かがあるんだ。……これは何だ? もやもやする」

苦しそうに、胸元を押さえる北斗くんに、私は顔を覗き込んだ。俯きがちだった北斗くんと目が合うと、彼は苦しみを押し付けるようにぎゅうっとシャツを握りしめて、「見るな」と私の視界を遮った。

「……うおっ!? 何だ、そんなに目を輝かせて!? 『ほっちゃんほっちゃん』喧しい! 近寄るな!」
「北斗くん、苦しいの!? 何かの病気じゃないよね!?」
「いや、それはないと思うが……は? 『ほっちゃんにもついに春が来た』って……今は秋だぞ?」

白い目で自分のご両親を見つめる北斗くんの手を下ろすように促す。視界が塞がっていて分からなかったけど、ご両親はかなり興味津々な様子で北斗くんに詰め寄っていた。

「ひいっ、美人さんの顔が目の前に!」
「母さんに気に入られたか。父さんよりも厄介だからな……」
「……それって喜ぶべきなんだよね……?」
「嫌がるべきだ」

でも、こんな大物女優に好かれるということは、この先芸能界でやっていくには、とても重要な一手だと思う。元々私は名前を聞かれただけで、嫌な顔をされることもあるから、大人に好かれるのは少し新鮮でもある。

「百瀬を嫌う奴なんているのか。すまん。表面上では気付かなかった」
「え? いや、仕方ないよ! 今は大丈夫でも、親みたいになるんじゃないかって危惧してるひとが多いんだよね……。あ、気にしないでください。お父さん、別に誰かを恨んでるわけじゃ、」

ない、と言い切りたかったけれど、ある考えが過ってそれは喉で留まった。お父さんが確実に、この人が嫌いなんてことはないと思うけれど。可能性があるならば。

──芸能界を、恨んではいないだろうか。

「百瀬? どうした?」
「……ごめん、何でもないよ。そう言えば北斗くん、レッスンは?」
「ちょうど休憩時間だ。百瀬がなかなか帰ってこないので、心配になって捜しにきた」
「心配……? なんで?」
「愚問だな。仲間の心配をするのに、理由がいるか?」
「…………」

不思議そうな顔をする北斗くんに、思わず笑みが溢れてしまった。そうだ、君ってそういうところがあるよね。そうあるのが如何にも当然だ、みたいな顔しちゃって。

「おかしなこと言ったか?」
「ううん。そんなことないよ。ありがとう」
「? 礼には及ばない。その様子だと、収穫はあったのだろう?」

得られるものは、それなりにあったと思う。だが凪砂さんたちに出会してしまったことは伝えなかった。余計な心配をかけさせたくないから。

「あの、お二人とも。【オータムライブ】の件……よろしくお願いします」

深々とお辞儀をすると、『顔をあげて』と言われてゆっくり頭をあげる。と、同時にぽんと頭に手を置かれ、優しく撫でられた。声には出していないけど、『任せて』って言われてるみたいで、それがとても心強くて、ちょっとだけ緊張が緩む。
北斗くんの急かす声を聞いて、私は二人に背を向けて北斗くんの後を追った。


 *


秀越学園にやってきてから、一週間後。
【オータムライブ】当日。

慌ただしく舞台の準備をしている中、誰かが私を引き止めた。この騒がしい中で、よく自分の名前を呼ぶ声を聞き分けられたなと思う。
すぐに反応できたのは、よく馴染んでいた声を久々に聞いたからなのか。それとも単純に、彼の声がよく響いたからなのか。

「…………」
「…………」

しかし、私を引き止めた張本人は、振り返った私と目があった瞬間に、硬直してしまった。お互い黙りこんで数秒。耐えられなくなって、私は口を開く。

「あの、何もないなら……」
「待て! 待って! 今じゃないとダメなんだ!」

物凄くデジャヴを感じる。あれは、【サマーライブ】が終わったあとのことだったか。北斗くんが私を引き止めたときも、同じことを言っていた。今はライブ前で目の前にいる真緒くんは、ライブの衣装を着ているが。

勇気を振り絞るように、大きく息を吸った彼の口から零れたのは。

「この前は……お前を、突き放すようなこと言って……。その……ごめん」

心の底からの、謝罪の言葉だった。

まだ顔を合わせづらいのか、俯きがちの彼の表情は見えない。私の返答を待っているのか、黙りしてしまった彼の頭を私はがしっと掴んで、無理矢理下を向かせた。

「うおっ!?」
「いつもの! 君のお得意の土下座は! どこにいった!」
「痛っ! ちょっ、痛っ!? 勘弁してっ、髪が乱れるっ、土下座ならいくらでもするから!」

髪が乱れることは気にするくせに、土下座は気にしないのか。ミサンガを取り上げて、これでもかというぐらい髪をぐしゃぐしゃに掻き回す。
困り顔で、恐る恐る顔をあげた真緒くんはちょっと涙目だ。

「土下座は、すればいいってもんじゃない」
「な、何だよ! じゃあどうすればいいんだよ……?」
「真緒くんは私に、どうしてほしいの?」
「……許して欲しい。でもって、仲直りしてほしいなって思ってる」

前髪によって、顔のほとんどが見えなくなってしまっているけれど、彼がどんな表情をしているのか、手をとるように分かる。いや、目を閉じていても、分かるほど彼を見てきた。
一番側で、見守ってきたつもりだった。

「それでも。……私も真緒くんも同じ人間だから。分からなくなることってあるんだよね」

私の言葉ひとつで、彼を苦しめることになってしまっているのならば。余計なことは言わずに、人形のように口を閉ざしていた方が、ましなのだろうか、とか考えたりもした。でもそれでは、私の思いはいつまでたっても伝わらない。

「だから、正直に言わせていただきますと」
「うん」
「私は懐中電灯だからなんだよって、思いました」
「……うん」
「懐中電灯の何が悪いんだよって、お星様のとなりにそれがあって、どうしてダメなのって」
「うん……その懐中電灯の連呼は、わざとですか?」

お星様と一緒にいたら、見劣りするかもしれない。でも、その一言で輝きが潰えてしまうほど、彼は弱くない。
ただ、自分が奥底で感じていた不安を的確に指摘されて、揺らいでしまっただけ。

「大量生産されるような、使い捨てみたいな道具に過ぎないのに?」
「ピンチの時に使えるから、今の時代でも売ってるんだよ」
「……壊れちゃったら、もう使えないんだぞ?」
「その時は、私が直してあげる。いっぱい、キラキラさせてあげるよ」

真緒くんの問いかけに、ひとつひとつ答えていく。
真緒くん、君は私と自分は違うって言ってたけど、私だって君たちに見つけてもらうまでは、石ころと変わらなかったんだよ。それを一生懸命磨いて、綺麗にして、世界中の人に「綺麗だろ!」って見せびらかしてくれたのは、まぎれもなく君たちなんだよ。


「ねえ、真緒くん。いっそのこと、本物の星になっちゃおうよ」


今からでも、全然遅くない。私もあんずちゃんも、『Trickstar』のみんなも、ファンの人たちだって、それを願って、望んでいる。
気休めかもしれないけど、やがて彼は諦めがついたのか、「負けた」と首を振った。

「惚れ直しました」
「えっ、なにそれ……?」
「そのまんまの意味だよ」

照れくさそうにそう呟いて、頬を掻いた彼に、私は首を傾げた。その困ったように眉を下げて笑う姿、よく見てきたよ。君のその笑顔、何度見ても心が安らぐ。でも、すぐに顔をうつ向かせて、影を落とした。

「玲明学園に行ったとき……『Eve』の二人から、聞いた。お前の父親の話とか、『五奇人』の話とか」

どうして。なんで。
そんな疑問は、声に出せなかった。『Adam』の話を聞き出せれば、それで十分だったのに。
でも、そうか。知っちゃったんだね。明らかに普通じゃなかった私の話。咎めるわけではないけれど、あまり知られたくはなかったな。

「知らなかった、お前のこと、ずっと見てきたのに! 何も気づけなかった。この数か月、ずっと一緒にいたよ! 幸せだった! お前の曲歌って踊ってさ! クラスで他愛もない話で盛り上がったり、隣の席でお前の側に居られるだけで、嬉しかった!」

この先もそうでありたい。でも、ひとつ知れば何かが変わってしまう。呆気なく壊れてしまう。何度も経験してきたことだ。
私も幸せだったよ。楽しかった。一緒に過ごせて、君と対等でいられて。

「何て言うか、色んなこと突っ込まれてショートしそうで……それを聞いたぐらいで、お前のこと分かった気になるのは違うと思う」

でも、もうそんな子どもみたいなことは。言ってられな───

「けど、おまえがしんどいときは、背中を預けられるようになりたい。辛くなったら、無理に隠さないで吐き出してほしい。全部、受け止めるから。みんなで背負えば、きっと全然重くない、へっちゃらになるはずだ! それで、それを何倍にもして、もっともっと幸せになろう! お前のこと、それぐらい大好きなんだよ! だから、百瀬!

──俺たちと一緒に、生きてくれ!」

私の腕を掴んで、真っ直ぐ私の瞳を見つめた彼が、迷いなく発した言葉に。思い出した。1年前に朔間先輩に、零にいさんに言われた言葉を。

あぁ、あのときのあのひととは、真逆のことをあなたは言うんだね。

どすっと彼の胸に自身の頭を預ける。それに、真緒くんは動揺したけれど、しっかり踏みとどまった。

ここまで踏み込むまで、どれほどの勇気が必要か。そんなの、私にも分からないけれど。でも、この一歩は、間違いなく前進を示すもの。全員が肩を並べる未来に進むための、歩み。

「えっ? 百瀬? 百瀬さ〜ん……? あの、ここで密着しすぎると、周りに怪しまれるというか、誤解されるというか……」
「……ありがとう」

あなたの言葉に、救われた。

そう言ってもらえるだけで、私はもう胸がいっぱいだ。
私の声は掠れて聞こえていないかもしれない、と思ったけれど、彼の腕がゆっくり背中に回ったのを感じる。最初は優しかったのに、徐々に力が籠ってきた。目の前にある確かなものが、消えないように。

もう一度、感謝の言葉を告げると、耳元で「もういいよ」という涙声と共に、きつく体を抱き締められる。それを応えるように、私は彼の背中に腕を回して目の前の熱を離さないよう、抱き締め返した。


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