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失うことはないの?


「百瀬ちゃんの申し出に応えたのに、本人がいないのもどうかと思うけどね?」
「あ……それはなんつ〜か……俺のせいというか」

不満げに首を捻った日和さんに、俺は言葉を濁らせる。ここにいるのが百瀬ではなくあんずであるのは、俺と距離を取るためだろう。

「まあいいけどね。それにしても、ジュンくんつれないね。人に内緒にして百瀬ちゃんに会いにいったんでしょ? ブラッディ・メアリの散歩を口実にしてさ?」
「は、はぁ? そんなんじゃねぇし……ていうか、んなことはどうでもいいんです。アンタ、分かってるのに何も言わずに来たんすか?」
「そんな……昨日の今日で、すぐ仲直りできたら、どれだけいいか……」

今だって、まだごちゃごちゃしてて、整理がついていない。それなのに、口だけの謝罪を伝えたところで、意味がない。

「う〜ん。今回は不可解だね……。毒蛇のやつ、今回も百瀬ちゃんに曲を依頼すると思ったのにね」
「【サマーライブ】の時は、百瀬さんの曲を使う『Trickstar』の力を無力化するために〜って魂胆でしたけど。【オータムライブ】はどうするつもりなんですかねぇ……。ボロクソに言われてなきゃいいんすけど」

そういえば、【サマーライブ】では『Eve』にも曲を作っていた。それさえも七種の策略のうちだと思うと、悔しくて堪らないけど、その中で一番屈辱を味わっているのは百瀬だ。

「あいつが百瀬ちゃんを『Trickstar』の戦力から除外するとはとても思えない。注意深く、彼女を見てあげてね」
「……茨、やるからには徹底的にやるんで。もしかしたら『あの連星』のことをちらつかせてるんじゃないですかね」

漣のいう『あの連星』というのは、百瀬の父親のことだろうか。元はアイドルだったという話があるが、詳細は分からない。ここまで来て、百瀬について俺が知ってることって、ほんの一部しかないんだなと痛感した。

「凪砂くんが気に入っているというのなら尚更。本当に、どうなるかわからないね。それで、真緒くんたち……『あの連星』について、こちらは少しの情報があるのだけど。知りたいかね?」

日和さんの言葉に、あんずはこくこくと上下に首を動かした。それほど百瀬のことを知りたいのだろう。
対して俺は、即答出来なかった。今までひた隠しにしてきていたことを、本人の口ではなく他人の口で知らされて、それでいいのだろうか。

「受け止める覚悟、ないんすねぇ?」
「……え」
「悩むってことはそういうことでしょ。アンタには、百瀬さんの過去のすべてを受け止めきれる覚悟がない。あんずさんみたいに……どれだけ重く苦しい柵だったとしても、それを支えるっていう覚悟がないから……渋ってんでしょ〜が」

仲間だ何だって言っておきながら、大事な場面になったら逃げ出していく。そんなの無責任だ。一体どれほど大きなものを背負っているかなんて分からないし、きっと全てを理解してあげるのは難しい。そのための時間が、少なすぎる。

でも、

(俺が少しでも、その重たい何かを軽くしてやれるなら)

それなら、戸惑ってなんていられない。
俺に『話を聞く』以外の選択肢は、ない。

「……うん。腹は括ったみたいだね。よぉく聞いてね。一度しか言わないから。まず、彼女の父親が舞台から降りた理由からね」
「連星さんは『あの明星』と同世代だったので……ぶっちゃけると抜群に人気があった、わけじゃなかったです。知る人ぞ知るって感じでした」
「でも、稼いでいたのも事実だし、光るものを感じていた事務所は、手放したくなかったんだろうね。なかなか辞めさせてくれなかったみたいでね」
「で、理由が……ある時期を境に、舞台に上がると発作が起こるようになったからだとかで……」
「発作……病気だったのか?」
「いいえ。かなり突発的なものでした。今だってご存命でしょう?」

そうだ。百瀬の両親はいま、海外に行っていると聞く。あまり追求したことはなかったけれど、そういえばなぜ海外に行ったのだろう。娘一人を置いて。

「一言で言ってしまうと、『ある事件』のトラウマ……かな。舞台上で歌って踊ることが出来なければ、アイドルとしてはやっていけない。事務所と揉めに揉めたようでね……。そこで、もう商品価値はないって判断されたね」
「事務所にあらぬことを捏造されて、連星さんは風評被害を受けました。元々結婚していたことも、娘さんがいたことも隠していたので……ファンの人たちに裏切り者扱いされたり、それこそ連星さんの人気を妬んでいた他のアイドルが、ここぞとばかりに誹謗中傷を書き込んで悪評を広めたり」

でも、それよりも何よりも、連星さんにとって、一番大きかった出来事は。

「『あの明星』の死……ですかね。仲が良かったって話です。アイドル生命を絶たれたことと、それが……連星さんの心を砕く原因だったと思います」

押さえるように握っていた手のひらから、汗が滲んでいるのが分かった。あの笑顔からは想像出来ない裏の顔。こんなの、助けてって言いたくても、言えるわけがない。だって、あいつの目の前には今、スバルがいるんだから。

「憶測にしか過ぎないけど、『連星』の名前を持った百瀬ちゃんは、きっと周りに散々白い目で見られ続けてただろうね。時代とともに人々の記憶から『連星』は消えてしまったけど……大事なもの失うことが、彼女が最も恐れている事態だね。……奪った側のぼくが、言えたことじゃないんだけどね」

日和さんのその言葉の意味を理解するのは、案外早かった。元『fine』、『五奇人』討伐、朔間先輩が言っていたこと。それらがパズルのピースを埋めていくかのように繋がった。

「……『影武者』……」
「うん? あれ、真緒くん知ってるの?」
「いえ、凪砂くんが百瀬ちゃんのことをそう呼んだみたいですよ。彼にしては珍しく、当時から興味を引かれていましたからね。一度見ただけなのに、すごい記憶力です」
「まあ凪砂くんなら有り得るけどね。その『影武者』というのは、百瀬ちゃんが昔、己をそう騙った偏狭の呼び名だね。『五奇人』の1年生の代わりに、自分が舞台に立って奇人を演じる」
「夏目くんの名前自体に傷はつきますけど……実際の罵声を浴びるのは百瀬ちゃんになります。零くんは、瀕死の百瀬ちゃんにトドメをさしたものだって、後悔してますけど」

ああ、そうか。あの時の憂いの表情、納得がいった。『五奇人』の先輩たちが、百瀬にやけに構ったり優しくしたりしてくれるのも、恐らく慈愛と自責の思いがあるからだ。本当の妹のように、百瀬を愛してくれている。

「もう愛したものを失うのは耐えられない。そんな彼女が今、自分の全てを懸けて、全力で愛しているのが君たち『Trickstar』だね」
「……なんかもどかしいっすね。これならまじで、玲明に引き抜いても良かったですよぉ?」
「だ、ダメに決まってるだろっ!?」

漣の言葉に、あんずが手をあげようとしたが、それより先に俺が前のめりになって反論していた。ぽかんとしている『Eve』二人の表情と、静まり返った店内を見て、俺ははっと我に返りおずおずと再び椅子に座る。

「ねぇ真緒くん、答えはもう出てるよね?」

あぁ、何だか全部、この人にはバレバレみたいで、恥ずかしくなってくる。でも、今俺が無意識のうちにキレたのはそういうこと。

(……土下座なんかで、許してはくれないだろうな)

大きく息をついた俺に、青葉先輩とあんずがホッとしたように顔を見合わせる。そんな中で、俺はなんと言って謝罪しようかと様々な言葉を巡らせていた。


 *


「あれ、百瀬ちゃん?」
「あ、真くん。……なんだか久々に見た感じしちゃうなぁ。今朝会ってるのにね」
「別行動してるからね。百瀬ちゃんはどうしてここに?」

今回はステージの様子を見にきたのだ。『Trickstar』側も秀越学園の人たちが手伝ってくれているけど、なんだか露骨に手抜かれているみたいで、弓弦くんも不満げだった。

「ふむ……なるほど。ここから『Adam』のステージが丸見え。やる気を削ぐつもりの設置なのかな。さすが、やることがえげつない」
「さすがって……なぁに称賛しちゃってるのさ百瀬ちゃん」

呆れたように呟いて、私を睨み付ける真くんに、私は軽く謝ってみせる。嫌がらせのような完璧な配置、『Adam』のパフォーマンスを嫌でも見せつけられる、この場所。恐らくここに決めたのは七種くんだろう。

「ねえ真くん。事務所入りの話、検討してるって本当?」
「え? あ〜、うん。まあデメリットはほとんどないし、むしろメリットしかなかったからね」
「ふぅん……」
「…………」
「…………」
「……あ〜ダメ! 狡いよ、その無言の圧力! 百瀬ちゃんとにらめっこしたら負ける!」
「真くんの負け〜♪ さぁ吐きなさい。真実を。無理にとは言わないけどね。ここじゃあどこで誰に聞かれてるかも分からないから」

スバルくんと北斗くんの話を聞いた限りでは、真くんはかなり真剣に事務所入りの話に食いついていたというので、確認のために。けれど、真くんにも真くんの考えがあってのことみたいだし、ちょっと安心した。

「うん、安心してよ。僕は百瀬ちゃんと違って、勧誘に惑わされていないので」
「え」
「【サマーライブ】の時にさ、『Eve』に勧誘されてたでしょ?」
「……! ……! うわぁ、聞いてたの!?」
「あっはは、すごい。『ヤバイの聞かれてた!』って顔してるね?」

私の反応を見て、楽しそうに笑う真くんに、わたわたと両手で顔を覆い隠す。手遅れなことには気づいているのだけど、咄嗟に見られないように手が動いていた。

「で、でもでもっ、受けてはいないからね! 私は夢ノ咲でやっていくつもりだよ〜……?」
「うん。分かってるよ。でもね、夢ノ咲で一からやっていくより、玲明とかの系列校に言った方が躍進出来るだろうっていうのも事実……延び代があるなら、引き抜かれた方が良かったかもしれない」
「……そ、そんな悲しいこと言わないで……」
「うん、ごめんね。ちょっと意地悪言った。気を抜いたら百瀬ちゃん、あっという間に連れていかれそうだったから……」

軽く落ち込んでいると、真くんが私の両手を掴んで、ぎゅうっと握りしめる。私よりも一回り大きな手が、私の手を包み込んで、顔をあげると、レンズの向こうから翡翠の瞳がこちらを真っ直ぐ見つめていた。

「呆気なく『Eve』に曲をあげた百瀬ちゃんに、『なんであげちゃうの』って、『僕らだけでいいのに』って、そうやって子供みたいな我が儘を考えてた」
「……え」
「どうしようもないことなのに。『Eve』の曲を聴いてた時もさ、『やっぱり百瀬ちゃんの曲すごいな』って思う反面、『絶対に負けたくない』って思ったんだよね。だって、『Eve』よりも『Trickstar』への愛情が強いでしょ?」

凜とした声で、確かにそう告げた真くんに、私は呆然としてしまう。こんな、こんなことを言ってのけてしまう子だっただろうか、彼は。

「そ、そんな断言されると逆に恥ずかしいなぁ……違いないんだけどさ」
「うん。……だから、君がうっかり消えちゃいそうになったら……僕たちが、『側にいてよ』って引き止めるから。絶対に。これは、約束する」

握られていた手に、力が込められる。今までにないほどはっきりとした意思表示に、心臓が跳ねた。自信なさげな発言が多いからこそ、こういうときで真価を発揮する。
元々美形な彼なので、その顔で見つめられると正直耐えられない。真くんは私に見つめられるとドキッとすると言っていたけれど、それは私だって同じだ。見透かされてる、私の弱い部分、言ってほしい言葉。

「う〜ん……う〜ん……!」
「あはは、今度のにらめっこは僕の勝ち〜♪ 百瀬ちゃんも何だかんだで押しに弱いよね」
「そういう真くんはずいぶん押せ押せになったよね!? いいけど、強くなってくれてたら安心できる。今回はみんな、分断されてるから」

一人一人が相手を上手く流せるようになってもらわなければ。
そして、前回の宣戦布告のせいか、七種くんに目をつけられて追いかけ回されているので、そろそろここから立ち去らなければならない。

「夜にはあんずちゃんと情報交換するしね。忙しい忙しい」
「追い回されてるの? 大丈夫?」
「うん。今のとこはね。私が我慢できずに挑発しちゃったせいだから仕方ないし、囮作戦だと思えば全然。あんまりしつこいようなら、被害届も出す!」
「あぁ……その大変さがわかってしまう自分が憎い……」
「あはは! 瀬名先輩のこと?」

誰のことだか分かってしまう私も恐ろしい。最近は大人しいけれど、瀬名先輩は過去にやらかしているので、深く掘り下げられないところだ。でも、二人もちょっとずつ和解してきている、と思う。

「百瀬ちゃん、夢ノ咲だと神出鬼没って言われてるけど、逆先くんの秘密のルート? を使ってるだけなんだもんね」
「うん。それでショートカットしてるだけで、実際は人間離れしたようなことはしていない。あ〜あ、ワープとか出来なくても、『特待生』じゃない人たちに紛れ込めれば……、……」
「? どうかした?」
「そうだ!」
「え? えっ!?」

突然声をあげた私に、真くんは目を丸くして動揺する。私は真くんの手を握り返して、ぶんぶんと上下に振り上げる。

「上手く行くかは分かんないけど、やってみる」
「な、なに? 何のこと? 説明して〜!」
「後でね! 頑張るよ! 真くんと話せて元気出たし!」

よく分かっていない真くんにそう告げると、彼は複雑そうな顔をして笑った。「元気出たならいいんだけど」と何か言いたげな彼は言葉を飲み込み、去っていく私の背中を見送った。


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