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偽者の星


それは、【サマーライブ】が行われる一週間前のことだった。

「天才、と言えば。百瀬の嬢ちゃんのことじゃが」
「百瀬? 百瀬がどうかしましたか?」
「……おぬし、嬢ちゃんのこととなると反応が早いのう」

くつくつと喉を鳴らして面白そうに笑う朔間先輩に、少し恥ずかしくなって顔を俯かせた。夏にこんなに体温が上がっては、熱中症になってしまいそうで、ぱたぱたと手のひらで顔に集中した熱を発散させるように動かす。

「嫌な予感がするのじゃ。あの子……熱に浮かされて、どこかに飛んでいってしまいそうで心配じゃのう」
「そういや朔間先輩、結構百瀬のこと気にかけてくれますよね」
「……うむ。おぬしが居るなら、その必要もないと思っておるよ。利益などとは関係なく、絆を結べる相手は貴重じゃ。我輩が目をかけてあげているのは、ただの自己満足のお節介じゃし」
「そんなことないですよ。百瀬も、朔間先輩には感謝してます」

それは本人にわざわざ尋ねなくても分かりきっていることだ。俺たちの革命のために手を貸すと決めた百瀬の師となったのは、この人なんだから。

「しかしのう、我輩でも、してあげられないこともあるのじゃよ」
「……朔間先輩でも?」
「うむ。衣更くんよ。あの子の一番身近にいる人間であろう、おぬしに問おう。……おぬしに、あの子はどう見える?」
「……はい?」

朔間先輩の問いかけの意味が分からず、思わず聞き返してしまった。どう見える、とは。ぱっと回答が浮かばず、俺は少し考える素振りを見せる。そんな俺を見た朔間先輩は「ちと意地悪だったかのう」と体を起き上がらせた。

「おぬし、遊木くんのこと、怪物というには似合わないと言ったな。では、嬢ちゃんのことはどう思う?」
「あいつは……そりゃあ、すごいやつですよ。俺たちがここまで来られたのは……あいつの曲があったからだし」
「そうじゃな。あれは稀に見る天才じゃ。磨けば光る宝石、誰もが欲しがる魔性の輝きを放っておる。でも『プロデューサー』としては、まだまだ」

朔間先輩の言葉とは言え、友達がそう言われるのは、なんだか少しむっとした。俺の反応を見て、朔間先輩はどこか嬉しそうに微笑む。

「そう、そうやってあの子を想って怒れるのは、なかなか居らんのじゃよ」
「あ……すんません」
「いや、謝らんでよい。むしろ良かったぞい、あの子を普通の子として、考えてくれておるんじゃな」

感謝するように俺に向かってそう告げた朔間先輩に、俺はばつが悪そうに視線を逸らした。別に特別なことをしたわけではないはずなのに、そう評価されるのは自分の身に合わない気がして、むず痒かった。

「優しくしてあげておくれよ。あの子が道を外すようならば、我輩からも喝を入れるが、おぬしはせめて、寄り添ってあげてほしい」
「……はあ。もちろん、百瀬とはこれからも手を取り合っていきたいとは思ってますけど」
「うむ。それこそ、我輩には出来ぬことよ」

羨ましそうにそう呟いた彼は、小さく欠伸を溢す。そういえば、この時間帯は朔間先輩や凛月は寝ている頃だろう。この日差しの中じゃ、むしろ苦痛に感じているかもしれない。

「あの子の言葉には、魔力が宿っておる。幼馴染みの逆先くんが、よく話しておったよ。その通り、嬢ちゃんの言葉は我々にはよく突き刺さる鋭利な刃じゃ。故に、人を惑わせてしまう。怪物と呼ばれた我ら『五奇人』に狙われたわけじゃ」
「……えっと……?」
「1年前、まだこの学院に腐敗が蔓延っていた頃、嬢ちゃんもいたのじゃよ。この夢ノ咲に」
「……え? でもあいつ、普通科とかじゃなくて、去年は他所の学校で……」
「忍び込んでおったのじゃよ。理由はまあ、色々あるが。『五奇人』討伐が始まってから……我輩たちはあの子を利用した」

どこか遠くをぼんやりと見つめながら、思い出すように語りだした朔間先輩の話に追い付こうと、脳をフル回転させる。利用した、というには朔間先輩の表情は後悔の念を感じさせる。

「一緒に死んでくれと、残酷非道な契りを交わさせた」
「…………」
「だからこそ、今を一生懸命生きるあの子の力になりたい。怪物ではなく、一人の人間としておぬしらと生きているあの子を、見守りたいのじゃ」

まだ、百瀬がどんな人生を送ってきたのか、見当もつかないし、教えてくれと言っても、きっと話してはくれないのだろうけど。俺よりも百瀬のことを知っている朔間先輩がここまで言うのだから、百瀬の存在はそれほどまでに尊くて、愛おしいものなのだろう。

「俺も……正直、上手く言葉に出来ないんすけど。でも、朔間先輩の気持ちは分かる気がします」
「そうじゃろうな。おぬし、嬢ちゃんのことを好いておるのじゃろう?」
「はい。…………。…………っていやいや! そういうことじゃなくて!!」
「隠さんでよい。見ていれば分かるし、凛月も嬢ちゃんのことを気に入っているからのう。三人の仲が良いようで何よりじゃ」

顔を真っ赤にして否定しようとしたが、朔間先輩にはすべてお見通しのようで、言い訳する前に遮られてしまった。
というか、俺も俺だ。なに即答してるんだよ。少しくらいは戸惑えよ。

「衣更くん。もしあの子が消えてしまいそう、と一瞬でも感じたのなら、すぐにその腕を掴んで、抱き締めておやり」
「……経験談ですか?」
「おぬしがそう思うなら、そうなんじゃろうな。人の温もりを感じれば、安心するじゃろう?」

きっとそれはただの比喩でしかないんだろうけど、そう誤魔化した朔間先輩に、俺は思い返すように考えた。

「でも連星は、1人にすると、消えてしまいそうだ」

そういえば前に北斗も、そんなことを言っていたような気がする。あいつらもいるし、俺が必ずやらなきゃならないことではないと軽んじながら、俺は朔間先輩の言葉に頷いて見せた。


 *


昨日、百瀬と喧嘩してしまったせいだからだろうか。朔間先輩との話を思い出してしまった。あの子は実際はスバルたちみたいな天才で、俺みたいな平凡な存在とは普通は相容れない存在で。

(でも、【サマーライブ】で失敗したって落ち込むお前をみて……『ああ、こいつも人の子なんだな』って、安心した……)

最低だよな。友達が失敗したのを見て、安心しちゃうなんて。そんなこと考えてたなんて、後ろめたすぎて思い出すことすらやめていた。口が裂けても、こんなこと人には言えない。

(でも、本当はすごいんだよ。初めてあいつの曲を聞いたときだって、思った。鳥肌たったんだ。体が震えた。こいつはやばい、本物だって。人の心を掴んで、離さない。訴えかける『何か』を感じた……)

それに【DDD】の時だって。一緒に踊って分かってた。そのときは興奮してたけど、冷静に思い返せば凡人の成せることじゃなかったんだ。どうしてそれを見てみぬふりしてきたのだろう。俺よりずっと、アイドルの才能だってあるんだ、あいつは。

(それが爆発した……つい、カッとなって。いや、知られるのが、怖くて)

俺のこと、ずっと褒めてくれてた百瀬に幻滅されたくなかった。だって、俺は全然すごくないんだよ。お前に比べたら、足元にも及ばないくらいちっぽけな存在なんだ。

(くそ……本当に、カッコ悪いな俺)

その才能が羨ましくて。
みっともなく嫉妬して。

(お前のこと、嫌いになりたくなかった)

お前のこと、好きなままでいたい。どれだけ見苦しくても、お前に手が届かなくても、俺の声がその胸に響かなくたって、大好きなままでいたかった。この気持ちが嘘じゃないって、信じたかった。

(お前にとって、俺って夢ノ咲に転校して初めて出来た友達で……それでちょっと、特別なんじゃないかって錯覚してたんだよな。

でもいずれ、お前に俺は要らなくなるんだ──)

「──そうでしょうか?」

俺の悩みを断ち切るように、青葉先輩が一声かけてきた。もしかして、俺は声に出していたのだろうか。だとしたらものすごく恥ずかしい。

「いえ、声に出してたわけじゃなくて、凪砂くんが百瀬ちゃんのことも気にかけていて……君たちが言い争っていた声を聞いたみたいなので」
「……そう、ですか。その、百瀬とその人って……」
「あぁ、彼ら、接点はほとんどないと言ってもいいくらいですよ。これは俺が保証します」
「それにしては、やけに知ったようなことを言ってましたけど……?」

『女神』やら、『影武者』やら。あの人の口から飛び出てきたものを、俺はどれだけ正確に捉え、拾い上げられただろうか。必死に青葉先輩に問い詰めると、落ち着いて、とあんずが俺の肩を叩く。

「あ、ごめ……でも、なんかあの人やけに百瀬を神格化させるから! どうもむしゃくしゃして……!」

俺が踊っている間、何やら神妙な顔で会話をしていた。耳を傾けてみたけど、なんの話かさっぱりで、俺が入り込めるような話題でも無さそうで。

「百瀬ちゃんにとって、『Trickstar』は唯一無二の存在です。他の何者にも代えられない、人生に舞い込んだ奇跡です」
「……でも、俺は」
「その中で、君は特別ですよ。衣更くん」
「へ? お……俺が?」

どう考えても、スバルたちの方が強く目映い光を放っているようにしか感じないし、俺はおまけみたいな存在だと思う。俺が彼女にしてあげられたことなんて、本当に小さなこと。

「彼女に必要だったのは、自分の全てを取り払って等しく接してくれること。それってこの上ない幸福なんです。君が大したことじゃないと思っていることは、百瀬ちゃんにとってすごい出来事なんです。覆らない事実です」
「…………」
「人とは違うと言われて遠ざけられるのは悲しいです。好きなひととは『一緒』に居たいでしょう? だから、助けてあげてください。百瀬ちゃんのこと」

助けろって、言ったって。
俺、あんなこといったのに。どうしてあげればいいんだよ。


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