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拳銃は委ねられた


「ねえねえ、百瀬」
「……うん? なぁに、スバルくん」
「何か、元気ないみたい。大丈夫? サリ〜のこと気にしてるの……?」

本当に、心配そうな表情で私の顔をのぞき込むスバルくんに、私は首を横に振った。何もない、と言えば嘘になってしまうかもしれない。
しかし、先ほどからの七種くんの発言を聞いている限り、痛い部分をつついてくる可能性はある。

「私は大丈夫。スバルくん、先に応接室に戻ってて」

アイドルは、何が何でも守ってみせる。それがプロデューサーとしての私の覚悟だ。
私の言葉にスバルくんは少し不服そうだったが、七種くんから距離を置きたいと思っていたのも事実なのだろう。今回は大人しく従ってくれた。後でちゃんと詫びないとなぁ。
去っていったスバルくんを見送っていると、後ろから突き刺すような視線を感じて、ゆっくりと振り返った。

「七種くん……寝坊してごめんね。昨日はよく眠れなくてさ」
「やはり、あんな旅館ではなくこちらで用意したホテルが良かったのでは? 今からでもホテルの方へ移りませんか? あの旅館はダメですねぇ……悪い点を上げろと言われれば、100も200も出てきますよ!」
「……監視カメラがなくて、私たちを監視できない。とか?」

私の問いかけに、七種くんは素知らぬ顔をして何のことでしょう?と惚けた。けれど、監視の話が出て、一瞬動揺したのは分かる。

「勘で言ったんだけど、案外当たるものだなぁ」
「……百瀬さん?」
「戦争において情報収集は基本だもんね。うん、そういうところは尊敬する」

相手は同世代とはいえ、事業を担っている大物だ。当然仕事のやりとりなんかは向こうの方が慣れている。
対してこっちは慣れない環境に慣れない仕事相手。全てが「いつもと違う」。相手の作った土俵に投げ出され、懐を晒されている。
この人は、賢い人だ。低姿勢に見えて、ずっとこちらの隙を伺っている。身動きの取れない私たちに、ずっと『毒』を与え続けている。

「じわじわ毒を与えて、弱ったところを丸呑みしよう……。蛇みたいだね、まるで。私のことも、飲み込めるとでも思ったでしょ」

その前に首根っこを掴まえるのもありだけど、飲まれた後に腹を突き破ってやるのもありかな、と今では思えるのだ。それくらい苦しんでもらいたい。
『Trickstar』をバラけさせて、乱さんと真緒くんを突き合わせたのはわざと。一番有効になるであろう二人に、さらに私という異物を組み合わせた化学反応は、彼を喜ばせる結果となっただろう。

「こう見えて、結構キレてるんだよね」
「……やはり、百瀬さんはお優しいおかたですな! 『Trickstar』のみなさまにちょっかいを出す自分が気に食わないのでしょう、申し訳ありません! 何分、それが自分という人間でして!」
「君がそういう人っていうのは、最初に会ったときに分かってるよ。……本当は私に、お父さんの話をぶつけるつもりだったんだよね?」

でも、その前に被弾したから、『もうこいつは戦えない』って侮っている。もはやその手の話を差し出すことなんてしなくても、勝手に命を落とすだろうと。

「どこまで知ってる?」
「あなたの考えていることの全て……といえば、笑いますか?」
「…………」
「いやぁ、殿下やジュンがやけにあなたを評価なさっていたので、気になって色々調べてみたんですよ! まぁ、何者かが揉み消したような跡がありましたけど」
「殿下……?」

どうやら殿下というのは、日和さんのことらしい。これまた仰々しい呼び方だ。それにしても、あの二人って七種くんが引っ掛かるほど私のことを認めてくれていたのか。そう思うと、今日押し掛けてしまったのが申し訳なく感じた。
だが、それもまた情報を集めるため。謎の多い『Adam』について調べて、【オータムライブ】を成功させるため。

「プロデューサーとしての腕じゃ、君にはかなわないよ、七種くん」
「お褒めに預かり光栄です! ですが、百瀬さんも数多ものアイドルたちを手掛けた敏腕プロデューサーでしょう! その功績は自分、関心し尽くしてしまうくらいであります!」
「でも、私はね。プロデューサーとしての才能はない。努力して、穴を埋めることしか出来ない。だから、私の得意分野を使わせてもらう」
「………得意分野?」

少し、反応が変わった七種くんを見て、私は思わず笑みをこぼす。
相手の勢いに食らいついて、食らい尽くすほどの猛威を奮ってやろう。私が今回、いや、常に『Trickstar』に力を与えられるのは、この分野だ。君には絶対に真似できない、これ以上土足で歩き回させない。

「君の計画、全部覆してあげる」

値踏みするような視線が、徐々に変わっていくのを肌で感じ取った。私はまだ、死んじゃいない。『Trickstar』に近づくようなら、その足に噛みついてやる。


 *


応接室の扉をノックする。しばらくした後、恐る恐る開かれた扉の先で、不安そうな顔をしたスバルくんが顔を覗かせた。ぱあっと表情を明るくさせた彼を見て、ひきつっていた顔の筋肉が緩む。

「あっ、百瀬! 大丈夫だった? バリ〜のとこに一人で残すのは気がかりだったけど、大人しく待ってたよ、褒めて!!」
「飼い主を待ってた犬かお前は……」
「ありがとうスバルくん。見ての通り、何ともないよ。首と胴は繋がってる」

私の様子をみて、どこか安心したように微笑みを見せる北斗くんに、私は笑い返して見せた。今までレッスンしていたみたいだけど、これからお昼を食べるみたいだ。

「えっと……私も一緒に食べていい?」
「? いいに決まってるじゃん! ほらおいで! なんなら俺の膝の上においで……☆」
「行儀が悪いぞ、赤ん坊でもあるまいし……。だが百瀬、遠慮はしなくていい。むしろ、ここじゃないどこで食べるつもりだ?」
「あ……それは、考えてなかった。ほら、なんか食堂みたいなのあるらしいし、ここ」
「ああ……でも、出来るだけ一緒にいたい。昨日みたいに、あまり単独行動はするなよ」

厳しく律するような北斗くんの言葉に、私は頷いた。昨日の単独行動で痛い目を見たので、極力避けるべきだろう。またうっかり、乱さんと出会してしまうかもしれない。

「そう言えば百瀬。その……衣更からの連絡は見たか?」
「連絡? もしかして、玲明に行った話?」
「ああ、というか、あんずとお前はそこら辺は繋がっているか……」
「あ〜……うん……。……でも、先に謝らせて、ごめん」
「……やっぱりさっき、何かあった?」
「うん、顔見たらなんか腹立っちゃって。さっき相手に唾吐きかけるようなこと言っちゃった! 宣戦布告するみたいに、挑発しちゃった……!」

私の謝罪を聞いた二人は、驚いたように顔を見合わせる。とりあえず座れという北斗くんに従って、私は腰を落とす。
七種くんの前では自信満々に言ったけど、でも、これってかなりヤバイことだ。私が徹底すべきだったのは、情報が漏れないように、欺くために『黙ること』だったのに。

「おまえ……そんなに怒ってたのか?」
「うん。相手に騙されたふりしなきゃいけないの、分かってたんだけどね……何か、ムカついた。『七種くんには出来ないこと』で、ひっくり返してやるって意地張った。ごめんね。私、黙っていられなかった……」
「バリ〜に出来ないこと……」
「…………百瀬、顔を上げてくれ」

北斗くんはその言葉の通り、私に顔を上げるよう促すように、私の頬に手を当てて、顔を上げさせる。その先で視線が交わると、彼は真っ直ぐ私を見つめた。

「謝るな。むしろ誇れ。仲間のために怒りの声をあげた自分を。虚勢なんかじゃない。おまえは戦いの旗を掲げたんだ」
「……でも……」
「ああ、今回の戦いでは、それは失態だったかもしれない。だが、それだけで心が折れる俺たちではないだろう?」
「そうだよ! 百瀬が嫌だったの、サリ〜のこととか、バリ〜の陰湿なやり方でしょ? わかるよ、俺も一緒にいたとき何か舌で全身を舐められてるみたいで気持ち悪かっ───」

次の瞬間、スバルくんの言葉を遮り、ぎゅるるるというこの場に似つかわしくない音が鳴り響いた。その音の発せられた場所は私の腹部からで、お腹を押さえる私に、スバルくんたちは微笑ましそうな表情でこちらを見てくる。

「百瀬〜……♪」
「うわああ!! わああ!? やめてっ、見ないで!? 恥ずかしい! 今聞いたのは忘れて!!」
「いや……あの盛大な腹の虫を聞いてしまっては、正直忘れがたいのだが」
「たまにデリカシーがないよね北斗くん!? しかもちょっと小馬鹿にしてるよね!? 笑い堪えきれてないし!」
「うむ。今の一瞬でものすごく和んだぞ。食べようか、一緒に」

羞恥心に陥る私を見て、二人はお昼にしようと軽く周囲を片付けた。運ばれてきた料理を前に、「いただきます」と手を合わせて、私たちは食事を始める。スバルくんはあっという間に食べ終わって、北斗くんも食事を続けながら、先ほどの話を再開した。

「もぐ、もぐ」
「百瀬はどう思う〜?」
「もぐ……ごくん。ごちそうさま」
「えっ、嘘!? 全然余ってるよ!?」
「う〜ん、もう胃に詰められないかも……? 残すの、悪いかなあ?」
「じゃあ俺が食べてあげる! でももっと食べた方がいいよ? 痩せこけちゃったら嫌だよ俺?」

とは言っても、みんなみたいに激しく動いているわけでもないし、ここの食事もかなり豪勢だ。明日からは少量でお願いした方がいいかもしれない。こういうものってきっと、とても高いお店で出されるはずだ。

「俺も両親に、何かすごいお店につれていってもらうことがよくある」
「『何かすごいお店』という言い回しに、ホッケ〜みを感じて俺は好きだよ」
「私もホッケ〜みを感じられたので安心しました」
「『ホッケ〜み』って何だ。新しい言葉をつくるな」

笑い合う私たちを横目に、北斗くんが腹ごなしに運動するかと立ち上がった。食器などは片付けなくても、『特待生』じゃない人たちが勝手に片付けてくれるが、それが馴染めない。
スバルくんは気軽にその人たちに話しかけているみたいだが、どうも怖がられているようだ。

(……そうやって遠ざけられるのは、やっぱり哀しいよね)

秀越と夢ノ咲の違いが、浮き彫りになってきた。俺は夢ノ咲のように切磋琢磨できるほうが好きだというスバルくんに対し、北斗くんは両親を見ているからか、断言は出来ないという。
二人の意見を聞いていると、どこからともなく拍手の音が聞こえてきた。

「げっ……うわっ、ええ? な、なっ!?」
「落ち着いてホッケ〜! 人語を喋って!」
「……今、衣更からの暗号文をすべて解読し終えた。百瀬、おまえ知っていたのか!?」
「お、おお……がくがく揺らさないで……黙っててごめんね! でも知ってると思ってたんだよ!」

キャパオーバーしてるのか、私の肩を掴んで大きく揺らす北斗くんを宥める。あんずちゃんが玲明に行くにあたって、臨時講師をしている『ある人物』と接触することも目的としていた。

「意図がわからん! いったい、何のつもりだ……嫌がらせか!? まさかおまえがそんなやつだったとは!」
「嫌がらせなんてとんでもない! 仲間だよ私たちは! それに実の両親でしょ、あんまり悪く言わないであげてよ」
「あっ、やっぱりホッケ〜パパとホッケ〜ママか! うちの母さんはお世話になったっぽいけど、俺は面識がないんだよね!」

ひどく感激した様子で二人に近寄るスバルくんに、北斗くんは窶れた顔で頭を抱えた。仕事で授業参観にさえこなかった両親が、今目の前にいるわけだから、戸惑うのも仕方がないことだと思う。

「うぎゃあ!? 抱き締めるなっ、『ごめんね〜、ほっちゃん! 大丈夫だよ愛してるから!』じゃない! 何でそうノリが軽いんだっ、本当に俺の親か……!?」
「あはは。ホッケ〜が真っ赤になって暴れてる〜、すごい珍しい♪」

羨ましいな。

何気なくスバルくんの口からこぼれ落ちた一言に、私はぴくっと反応する。彼の横顔を見て、無意識のうちに指が動いて。スバルくんの指先に触れた。手繰り寄せるようにその指先を絡めて、きゅっと握りしめる。

微かな反応を見せたスバルくんは、弾かれたように私の方に振り向いて、小さく笑みを浮かべると、その手を握り返す。

「……えっ、何ですかホッケ〜ママ? おいでおいでって、手招きしてるけど?」

首をかしげるスバルくんに、北斗くんのお母さんは容赦なく彼の体を抱き締めた。友達の母親に抱き締められるという異様な状況に混乱しながらも、北斗くんと同じ匂いがすると嬉しそうだった。それを眺めていると、北斗くんのお父さんと目が合ってしまう。

「お久しぶりです……まさかまたこうしてお会いするとは……え? 前より逞しくなった?」
「それは褒めてるのか……? って、おい!?」
「うわあああ!? あの! 北斗くんと同じ顔で抱きしめられるとめちゃくちゃ困るというか、なんというか……!?」

私が必死に言葉を並べるが、北斗くんのお父さんはなかなか解放してくれない。困惑し、行き場のない手を動かしていると、私の手を掴んで北斗くんが引っ張り出してくれた。

「いい加減離れろ。さすがに同級生の女の子が父親とハグしているのは見ていてあまり気分は良くない……おい、何だその微笑ましそうな表情は!」
「あ! ホッケ〜ずるい! さりげなく百瀬に抱きついちゃって!」
「こっちに加わるな明星! だいたいお前は百瀬に抱きつきすぎだ、スキンシップにもほどがある!」

引っ張り出してくれたはいいものの、勢いあまって北斗くんの胸に飛び込んでしまう。抱き止めてくれたことはありがたいのだけれど、そのままでいられるとさすがに恥ずかしい。
それを見た北斗くんのご両親は、初々しいものを見るかのように目を細め和んでいた。
更にスバルくんまで加わって、板挟みにされた私は顔を真っ赤にして、それを覆い隠した。

あの、2人は自分がアイドルで、顔面偏差値が高いということをご理解頂きたい!

「まさか俺たちにレッスンしにきたのか? 俺は父さんに教わることはない」
「わぁ〜、刺々しい……。ご両親とは仲良くしなよ、ホッケ〜。甘えて、触れあえるだけで、ホッケ〜は恵まれてるんだから。って、ごめん。僻んでるわけじゃないんだけど、変な言い方しちゃった」
「うん。まあ仲良いに越したことないよ。なぁんか、親の温もりを感じられて、ちょっと嬉しかった……♪ うぎゃっ!?」
「わわっ、今度は百瀬ごとホッケ〜パパに抱き締められた! おやめください国王陛下っ、お戯れを〜!?」

私たちをめちゃくちゃに抱き回した北斗くんのお父さんは、スバルくんと私の顔を交互に見つめて「似てる」と呟いた。それぞれの親に、似てると。

「そっかな〜、髪型とかは真似っこしてるけど」
「やっぱりそうなんだ。いつかお父さんとスバルくんを会わせたいな。……きっと号泣するね」
「そ、そんなに? でもまぁ、そう言ってもらえて嬉しいです。誰かの記憶のなかには、まだ父さんも生きてるんだなぁ」
「……すまん、二人とも。わけのわからない両親で」
「いや、いいけど。でも本当に、何しにきたの……ご両親?」

衣服を乱しながら頬を掻くスバルくんが、不思議そうに彼らを見上げる。まだ種明かしはしない。敵を騙すにはまず味方から。北斗くんは嫌がるだろうけど、このままの状態を保っていかなければ。


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