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不思議なこの夜が明けたら


「あ〜あ。おひいさん怒ってるでしょうね、今ごろ」

私が落としたスマホの画面を確認してから、うんざりした様子でジュンくんは私にスマホを手渡した。それを受け取って、足元にいる犬を確認したあとに、ジュンくんを見上げる。

「えっと……お散歩? こんな時間に?」
「いつもなら朝に散歩してるんすけどね。ブラッディ・メアリがやけに行きたがってて。あんまり煩くして、バレたくなかったんで」
「あぁ、寮母さんに内緒で飼ってるんだっけ……ふふ、可愛いね」

ぱたぱたと尻尾を揺らすブラッディ・メアリの頭を撫でる。それを眺めていたジュンくんは、単純に疑問に思ったのか私にどうして外にいるのかと問いかけた。

「ちょっと、外の空気吸いたかっただけ。まだ補導される時間じゃないでしょ。それを言うならお互い様だし」
「はは。それもそうっすね。やけに暗い顔してたもんだから、一瞬お化けかと思いましたよ〜? 服装も旅館のっぽいし。なんかありました?」
「今、日和さんとその話してたところ」
「あ、まじっすか……じゃあ邪魔しちゃいましたねぇ?」

成り行きだったから、それに関しては私はあまり気にしていない。怒っているのはきっと日和さんだろう。スマホを落として切れてしまったし、きっと酷い音がなっただろうに。

「いやぁ……今日、色々あってさ。ちょっとパンク寸前だったから」
「ふぅん……? 茨の野郎に、何か言われました? 『Trickstar』とは敵対関係とは言え、さすがにやりすぎなようならオレから直接言っときますけど?」
「ううん。今回は、【サマーライブ】のリベンジマッチだし、敵に情けを受けるのはね……。それに七種くんのせいとは言い切れないし?」

もしこれさえも七種くんの策略ならば、そう割り切れるかもしれないと心の中で強がってみる。
振り払われた手が痛い。漏れ出した真緒くんの本音が、私の体を引き裂くみたいで。拒絶の言葉が、生きる世界が違うのだと突き放されているようで息苦しい。

「そう言わずに。『Trickstar』は良い奴らだし、あんまりここで潰れてほしくないですから」
「……大丈夫だよ。『Trickstar』は潰させないから」
「う〜ん。今のアンタじゃ、ちょっと説得力に欠けるっすねぇ?」
「そうかな……」
「……まじで、何があったんです? 『Trickstar』やあんずさんに言いにくいことなら、愚痴ってもいいっすよ。『Adam』やおひいさんに告げ口したりしないし」

只事ではないと察したのか、ジュンくんが心配そうにそう声をかけてきた。私の手をペロペロと舐めるブラッディ・メアリを抱き上げて、その毛を撫でてあげる。

「ちょっと……真緒くんと喧嘩しちゃった」
「え……衣更さんとですか? 一番そんなことなさそうな人でしたけどね……? なんか言いました?」
「私が原因みたいな言い方だね」
「あ、すんません……でも衣更さんって、すげぇ世渡り上手な感じじゃないですか?」
「うん……。そうだね、真緒くん私と違って器用だもん……」

なんて、そんな風に決め付けちゃったからいけなかったのかな。でも、怒らせてしまったのは確実に私。彼が悪かったことなんてない。

「こんなんで……『Trickstar』を守れるのか、ちょっと自信を無くしてたところ」
「……『Trickstar』を守るなら、アンタが茨の毒に対抗する薬になる必要があります。武器はそこそこ……あとはアンタらプロデューサーの腕っすね」
「……なるほど」

ジュンくんの言う通り、七種くんの策に立ち向かうには、それなりの準備が必要だ。『Adam』のことを、もっと知るべきである。彼らの事務所や、秀越学園についても。

「……そうだ。ジュンくん。明日空いてる?」
「……は? なんすか急に。口説いてるんすか?」
「違う! 『Eve』の予定を聞いてるの!」
「空いてるわけないでしょ。ただでさえ『Adam』のしわ寄せが来てるってのに!」
「そう……だよね〜……」

あからさまに落ち込む私を見て、ジュンくんは少し気まずそうに唸る。それから数秒かけて、彼は顔をあげて私を見た。

「……重要なことなら、おひいさんに聞いてみます。元々オレにどうにか出来る権限、ないですし。でも、おひいさんならスケジュール無理矢理詰められるかも?」
「ほんと?」
「あぁもうっ……そんな期待を込めた眼差しで見つめないでほしいです……!」

もどかしそうに視線を逸らしたジュンくんにお礼を告げながら、私は立ち上がった。お互い、もうそろそろ戻らないと。寝ててもいいとは言ったけど、あんずちゃんのことだから、待ってくれているだろうし。

「とりあえず衣更さんのことは……オレがしてやれること、ないと思いますけど。まぁ、その……元気出してください」
「うん。でも、ちょっと吐き出して持ち直したかも。出来る限りを尽くして、頑張るよ。それで『Adam』をあっと驚かせてみせる。な〜んて、ジュンくんに言うことじゃないんだけどさ」
「うす。挽回出来そうなら、何よりです。明日のことは、おひいさんに聞いて帳尻合わせるんで、連絡を待っててください」

明日玲明に行くのは私ではないけれど、でもあんずちゃんならばやり遂げてくれるだろう。それほどの信頼を彼女に預けている。つむ先輩だってついていくし、それなら日和さんも話してくれるはずだ。

「あ……やっぱり起きてたね、ただいま」

ジュンと別れて部屋に戻ると、あんずちゃんが落ち着かない様子で部屋をうろうろしていた。こんな時間まで起きているわけにもいかないだろうに。

「明日、玲明に行くでしょ? アポ無しだと追い返されるかもしれないから、話してみたよ。どうなるか分からないけど……」

私の言葉に、あんずちゃんは目を瞬かせながらありがとう、と私に頭を下げる。大袈裟な。たまたまジュンくんに出会ったから、出来たことなのだ。

「あんずちゃんは玲明に。私は秀越に。単純な役割分担だね。頑張ろう、今度こそ勝つために。悲願のリベンジマッチだ」


 *


「ん〜……うぐっ!?」

寝返りをうった瞬間、お腹に衝撃を与えられうめき声を上げた。思わぬ攻撃に飛び起きると、そこにはむすっとした顔をしたスバルくんが、こちらをにらみつけている。

「や〜っと起きた! この寝坊助さん!」
「え、はれ? …うわっ、ね、寝坊!? ご、ごめん! すぐ支度するから…! じゃない! なんでここに!? あんずちゃんは?」
「あんずはもう起きてるよ〜。サリ〜も百瀬も起きないからさ。サリ〜はまだいいけど、百瀬は俺たちと一緒に秀越学園に行く予定でしょ?」

そうだった。真緒くんと他のみんなはスケジュールが違っていたのだ。というか、アイドルに起こされるなんて、プロデューサーとしてどうなのだ。あまりの情けなさに、私は頭を抱えてしまう。

「ほらほら、早くしないと間に合わないよ! 何か手伝う? 着替えとか? はい、脱いで脱いで〜☆」
「ぎゃっ! 脱がそうとするな! 私女の子だよ!」
「いや分かってるよそんなこと」
「えっ、まさか真顔で言われるとは思わなかった…助けて北斗くん〜…!」
「呼んだか、百瀬」
「うわっ、マジでホッケ〜が来た! ホッケ〜って百瀬のSPか何かなの?」

抵抗しているにも関わらず、スバルくんが脱がそうとしてくるため、咄嗟に北斗くんの名前を叫ぶと、すぐさま襖の向こうから北斗くんが姿を現した。

「騒がしいから来てみれば、何をしてる明星」
「スバルくんがセクハラしてきて困ってます」
「ええ〜! 俺は善意の気持ちで手伝おうとしたのに!」
「着替えくらい1人で出来るから! 北斗くん、連れてって!」
「うむ。急がなくていいぞ。別に急かしにきた訳じゃない……って聞いてないな」

2人を部屋の外へと追いやって、急いで身支度を済ませると部屋を飛び出し、みんなと一緒に秀越学園へと向かった。


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