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略奪された平常心


「百瀬っ!? ここかっ!? 無事か!? 大丈夫かっ!? あぁくそ! だから単独行動なんてさせたくなかったのに!」
「……ま、真緒くん」
「お前の叫び声聞いて飛んできたはいいけど、何もされてないみたいで良かった……ていうか、なんでここに? ここ、『Adam』の応接室だろ?」

『Adam』の応接室のソファーに座っている私を見て、勢いよく部屋に飛び込んできた真緒くんは、私が無事かどうか確かめるためにあちこち確認する。どうしてここにいるのか分かったのかは知らないけれど、真緒くんが来てくれて助かった。

二人きりは、窮屈だったから。

「……こんにちは」
「へっ!? あっ、こんにちは〜ッス……?」

私以外にも人がいることに気がついたようで、真緒くんは目を丸くしながらそちらに視線を向ける。結構近くに居たのに、声をかけられるまで本当に気が付かなかったらしい。

(……ど、どういう状況? この人、『Adam』の乱凪砂って人だよな?)
(えっと……)
「……何か用?」
「あっ、いや用ってわけじゃなくて、この子を探して……。そのう、俺らのこと聞いてます?」
「……『Trickstar』の子だよね。……たしか、えっと。ごめんね。名前は覚えてないけど」

乱さんの言葉に、真緒くんは礼儀正しく自己紹介をする。そんな彼に対して、乱さんは曖昧に返事を返した。軽く会話をしながらも、真緒くんは乱さんから私の前に庇うように立つ。
真緒くんは名乗られずとも乱さんのことを知っている。しかし、説明口調で乱さんの肩書きをつらつらと並べると、彼は小さくため息をついた。

「……肩書きが鬱陶しいよね。……凪砂でいいよ。単なる凪砂で」

名前や記号に縛られず、もっと自由になりたい。
そう告げた乱さんに、真緒くんは難しそうな顔をして苦笑いを浮かべた。接している感じだと、『fine』よりも『五奇人』の方が近しいだろう。とはいっても、真緒くんがここにやってくるまで、私たちは大した話はしていなかったのだが。

「……ねえ、動きやすい服に着替えて、歌って踊ってくれないかな」
「えっ!?」
「なっ……何言って……」
「……いや、そう言われたら歌って踊るしかないのがアイドルだしな。百瀬、ちょっと後ろ向いててもらえるか?」
「あ……う、うん」

果たしてこの状況に、何の意味があるのだろうか。真緒くんの実力を見定めようとしているのだろうか。『Eve』のときも、北斗くんと日和さんがそんな風な流れになっていたが。そのこともあって、『Eve』とは最終的に仲良くなれて、敗北したとはいえ、良きライバルとなれたと言ってもいいだろう。

(同じ手順を踏んで、『Adam』とも互いを尊重できるライバルになれるか……。でも乱さん、全然真緒くんの方見てない……ていうか、何かよく分からない石磨きに夢中?)
「……久しぶりだね」
「ふえっ?」
「……一年前、同じ舞台に立ったでしょ?」

彼のその一言に、さっと血の気が失せていく。目の前の石のようにぴしっと固まった私を横目に見て、彼はそのまま話し続けた。

「……ちょうど、今ぐらいの時期だったかな。君は男の子の姿で舞台に上がって、英智くんに噛みついていたよね。……私たちのことなんて、眼中にないみたいに」
「…………」
「……哀しいね。君は誰よりもずっと美しかったのに、誰もそれを認めなかった」
「……認められるために舞台に立った訳じゃありません」
「……本当に? 心の奥底の叫びが、誰にも届かなかっただけで。……実際は、見て欲しかったんじゃないのかな。自分の存在を」

『五奇人』の人たちが、唯一そうだったのだと。懐かしい話をひとつずつ掻い摘んで、正確なものだけを並べ立てる。

「……人間に恋をして、愛してしまったんだね。今は『女神様』だなんて、呼ばれているみたいだけど。……以前の方が、ずっと神々しかった」

私は、無意識のうちに真緒くんの方を見た。一心不乱に踊り続ける彼に、徐々に不安が募っていく。いつもなら誰かが割り込んでくれそうな場面なのに、一対一になると、私はあまりにも無力過ぎた。

「……そう。彼が……彼らが君の行く先を邪魔してるんだね」
「……!」

私の視線の先を見た乱さんは、ゆっくりソファーから立ち上がって、真緒くんの元へと向かった。それを引き留めようと手を伸ばしたが、その手は届かず空を掻いた。


 *


スバルくんの素っ頓狂な声を聞いて、ようやく我に返る。見上げると、そこには毅然と立っている乱さんと、息を切らし、汗を流しながら床に膝をついている真緒くんがいて、入り口には『Trickstar』のメンバーの姿があった。

「ど、どうしたのサリ〜? 床に手ぇついて、ぜいぜい喘いでるけど……? 体調でも悪いの? 凪砂ってひとに何かされたの?」
「……何もしてないよ」
「あっ、おまえが凪砂ってやつだな! 初めまして! 『Trickstar』の明星スバルです! こっちはウッキ〜とホッケ〜! よろしくお願いしますこの野郎!」

挨拶と糾弾が混ざり合っておかしなことになっているのに、本人は気づいているのだろうか。顔色の悪い真緒くんと私にみんなが駆け寄るが、私は反応を返すことが出来ない。

「俺たちの仲間に何をした、元『fine』?」
「……悪意を感じる言い方だね、ホッケーマスクくん」

乱さんは再度、北斗くんとスバルくん、それから真くんの名前をフルネームで呼んだ。彼らの名前は、覚える価値があるのだと。

「……その子も。連星百瀬さんもそう。でも、この子は駄目だね」
「…………」
「……この子の実力は見させてもらった。……一緒に歌ったり踊ったりもして、肌身を感じたよ」

すべてにおいて平均以上の素質を持つ、すばらしい存在。しかし、そんな人材は掃いて捨てるほど、この世にいるのだ。努力すれば身に付くものは、『才能』とは呼べない。言ってしまえば、代替が可能な代物であり、その価値は見いだされない。

『平凡な存在』、だという。

「……『影武者』くんから見ても、そう感じられたんじゃないかな」
「……『影武者』? 誰のこと?」
「何を、ぶつぶつ言ってる? ちゃんと応えろっ、衣更たちに何をした!?」
「……何もしてないよ。そんな悪者でも見るみたいな目で見ないでほしいね」

そのうちみんなについてこれずに、摩擦熱で焦げて擦れて、散華してしまう。

「……自分が星だって勘違いした憐れな懐中電灯の光に、いつまでも拘泥しなくてもいい」
「……」
「……あれ、反応が薄い。私、難しいことを言ったかな」
「……逆に聞きたいです。自分が何を仰ってるのか、分かっているんですか?」
「……怒ってるの? 嫌だな、争いごとは……。特に君は摩耗しやすい希有な人間だから、傷つけたくないんだけど」
「……今日のところは失礼します。みんな、帰ろう。真緒くん立てる……?」

真緒くんに手を差し出して立ち上がらせる。このままここにいては、軋轢が生じるだけだ。

しかし、『Adam』の応接室から出て、廊下を歩きだそうとした瞬間、ぱしっと真緒くんに手を払われた。

周りも驚いたように私たちを凝視する。私だって、何をされたのか分からなかった。真緒くんは気まずそうに視線を逸らす。恐る恐る彼の名前を呼ぶと、彼は苛ついた様子で私を突き放した。

「やめてくれよ、今さら同情か? 目の前で見てて、今の今までなにもしなかったくせに……」
「…………」
「ああもうっ……おまえのせいで、うっかり忘れちまいそうになってたよ! 俺は普通の人間だったってことをさぁ!」

なにそれ、なにそれ。
真緒くんが何を言ってるのか、全然分かんないよ。

「あぁ、分かんないよなぁ。お前みたいな天才には、俺の考えてることなんか、これっぽっちも!」
「じゃあなに? 全部私のせいだって? 私のせいで、自分は余計に傷ついたって言いたいの?」

叫び散らすみたいに声を荒らげる真緒くんに対して、私は冷たく言い放った。否定してほしかった。そんなこと言ってるんじゃないって。だって、真緒くん、今までもそんな風に私に怒ったこと、ないじゃない。
でもその言葉がそれが癪に触れたのか、真緒くんは苛立った様子で噛みついてくる。

「そうだよ! お前が「大丈夫だよ」って、「真緒くんはすごいんだよ」って言うから! それを馬鹿みたいに今まで信じちゃったから、俺は……!」
「待て二人とも。落ち着け。らしくないぞ……お前たちが喧嘩なんて」

頭をグシャグシャに掻き乱す真緒くんは、まるで自分の心を表しているかのようだった。対して私は、真緒くんの剣幕に、大きく反論など出来ず、終いには北斗くんの仲裁が加わり、私と真緒くんは一旦距離を取らされる。

「……もう遅いし。伏見も待たせてる。青葉先輩も見当たらないし、きっと先に帰っているんだろう。俺たちも、旅館の方に帰らないとな」
「……うん……」
「…………」

きっと今、何を話したって無駄だ。口論は激化して、下手に取り返しのつかないことになってしまってはいけない。頭では分かってるんだ。喧嘩なんてしてる場合じゃないって。
でも、真緒くんの叫びに頭は一瞬で真っ白になってしまって、自分のあまりの無力さが恥ずかしくて、意地になって言い返すことしか出来なかった。

あぁ、もう。

ずっと側にいたはずなのに、側に居てくれていた彼の気持ちを解ってあげられないなんて。

今まで一体、彼の何を見てきたの?



「え……あ。ごめん、聞いてなかった……」

旅館に戻ったあと、私たちはそれぞれ部屋に戻って静かに寝床につこうとしていた。寝る前に明日の方針をあんずちゃんと相談していたのだが、ボーッとしていたらしい。体を揺さぶられて、はっと我に返る。

「明日……? えっと……真緒くんとは、ちょっと……」

一緒にいるのは、気が引ける。空気が重苦しくなりそうだ。
言いにくそうにもごもごとしゃべる私を見て、あんずちゃんは「じゃあ私が彼と行こう」と申し出る。申し訳ない、私たちの喧嘩に、巻き込んでしまって。

「……ごめん。ちょっと外の空気吸ってくる。あんずちゃんは先に寝ててもいいからね」

引き留めようとした彼女の声を振り切って、部屋を出る。ここで誰かに見つかれば、きっと厄介なことになるだろう。特に弓弦くんには、きつく指導されそうだ。静かに、音をたてないように廊下を歩いて、入り口の方へと向かう。外はちょっと肌寒いぐらいだった。

(……ん。今、スマホ鳴った?)

一応手に持って歩いてきたけど、着信音にすぐに気づかなかった。ふと画面を見て、私は慌てて通話ボタンを押す。

「も、もしも」
『出るのが遅いね! もう仕事は終わってるはずだよね?』
「ひ、日和さん……? あの、なぜ電話を?」
『ん〜。いやね、今度『Adam』と仕事するよね。どうだったかな〜って思っただけだね。……まぁ気まぐれだね。今、外?』

そういえば以前に、日和さんは『毒蛇には気を付けて』と言っていたし、もしかしたら私たちのことを心配して、こうして電話をかけてきてくれたのかもしれない。

『ちなみに、心配だったとか、そんなことはないからね。君たちはそんなに柔じゃないよね』

どうやら違ったらしい。しかし、ある意味『Trickstar』のことを評価してくれているのだろう。だが、今日のことを思い返し、苦笑いを溢した私に、日和さんは不思議そうな声を漏らす。

『どうかした? もしかして、『毒蛇』に何か嫌味ったらしいことでも言われたのかね?』
「あ……いえ、どちらかと言えば……乱さんの方です。あと、ダメージを受けたのは私じゃなくて真緒くんですね」
『ふぅん? そのわりには百瀬ちゃんも大分元気がなさそうだけどね? というか、ぼくにあっさり教えるあたり緩いというか……』
「あはは……ちょっと色々ありまして。明日から切り替えるために、外の空気吸ってるんです」

「だからって、こんな夜中に一人で出歩くのは無用心……つ〜か、補導されちゃいますよ?」

かけられた声に、思わず悲鳴をあげそうになった。振り返ると、そこには犬を連れたジュンくんが、怪訝そうな表情で私を見つめていた。


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