×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

優しい世界征服


「皆さん! 遠路はるばる、ようこそ秀越学園へ……☆」
「うげっ……」

校門で私たちを迎え、敬礼をする彼に、私は苦い顔をしてしまった。そんな私の顔色をしかとその瞳を押さえながら、構わず話し続けるところは、さすがというべきなのだろうか。

「わざわざご足労いただき、恐悦至極に存じます! 自分は『Adam』の七種茨です、どうぞ以後お見知りおきを! 敬礼〜☆」

彼は気を利かせたつもりで、駅まで車を出して出迎えるつもりだったらしいが、どうやら入れ違ってしまったようだ。だが、こんな戦車のような車で出迎えられても変に悪目立ちしてしまう。
今も早口で色んな褒め言葉でまくし立てる彼に、みんなは反応する隙さえ与えられず、呆然としている。

「お、思っていたよりグイグイ来るな……?」
「ええと……。そういう人、なのかな……? でも、油断はしないほうがいいよ」
「あぁ、あなたは『Trickstar』のリーダー! 氷鷹北斗さんですね! いつでも冷静沈着な頼れる司令塔っ、しかし内側に膨大な熱量のパッションを秘めている! 憧れております! お目にかかれてたいへん嬉しい!」

こそこそと耳打ちをしていると、目敏くそれを見つけた七種くんはすかさず割り込むように北斗くんを熱い握手を交わし、ぶんぶんと激しく上下させた。それから順不同に全員を褒め殺していく七種くんに、どうしたものかと眉を下げる。すると、次はおまえだ、と言わんばかりに私の手を取った。

「お待ちしておりました! 連星百瀬さん! この指で奏でられる歌曲を生で聞けるのを、今か今かと待ち侘びておりました!」

軽く指先を撫でられて、思わず粟だった。私の様子を見て、七種くんははっとなり慌てて私の手を離す。「大変失礼致しました!」と深々と頭を下げる七種くんに、注意しようとした北斗くんも、中途半端に手を止めている。

「ご無礼をお許しください! 自分、百瀬さんに今日お会い出来るのが楽しみで……!」
「はあ、それはどうも……」
「あはは、照れ屋さんですね百瀬さんは!」
「す、すごいですね……。ええっと七種くんでしたか、凪砂くんはいないんですか?」

苦笑いを浮かべながら返事を返すと、つむ先輩がキョロキョロと辺りを見渡しながら七種くんに問いかけた。確かに、どこを見ても七種くん以外の人は見当たらない。
つむ先輩の言葉に、七種くんは顔を俯かせて軽く考えるような仕草を見せたあと、思い出したかのように「あっ」と明るい笑顔を見せる。

「あなたは元『fine』の青葉つむぎさんではありませんか? ふふ。閣下なら予定を忘れて趣味に没頭しておられたので、ちょっと寄り道して回収してきましたよ」
「閣下……?」
「あぁ、乱凪砂さんのことです! 閣下なんて呼んじゃってるんですよ〜、お恥ずかしい!」

もともと軍隊のようなところにいたせいか、語彙もそちらが染み付いているのだと困った風に笑う七種くん。この人の片割れの乱さんも、おそらく個性の強い人だと思われる。

「それにしてもお久し振りですね〜百瀬さん! 相変わらずお美しいです! さすが『あの連星』の娘なだけはありますな!」
「お久し振りってほど、前でもないんじゃない? ……あんずちゃんと一緒にいるときにたまたま会っただけだよ」

何か言いたげな顔をしている真くんに、軽く説明をした。話せば多少長くなってしまう。別に昔からの仲、というわけではないし、省けるところは省きたい。



七種くんと最近出会したのは、あんずちゃんと繁華街を歩いていたときのことだった。

「やぁやぁ♪ どうもどうも、こんにちは〜! あなた方が夢ノ咲学院の『プロデューサー』さん? 名前は……そうそう、あんずさんと百瀬さん! お会いできて光栄であります!」

突然目の前に現れた男の子は、私たちにそう声をかけてきた。この辺りではあまり見かけない制服。しかし、低姿勢で、尚且つ笑顔を忘れず接してくる感じが、接待しているように見える。

「自分、こういうものです! 怪しいものではありません! 秀越学園二年S組、七種茨と申します! ……なんて、あんずさんはともかく、百瀬さんはお久し振り、と言った方が正しいですよね!」
「久しぶり……って気軽に言える仲じゃないよ、七種くん。不法侵入で今度こそ訴えるよ?」
「またまた〜、ご冗談を!」

一度しか顔を会わせていないというのに、やけに馴れ馴れしい。
手渡された名刺を裏返してほしいと言われ、その通りひっくり返してみる。そこにはQRコードが記されており、経歴や公的な立場についての詳細はネットで調べてほしいとのこと。
高らかに笑った七種くんは、時間のあるときにでも知ってほしいと小冊子を差し出した。どうやら、『Adam』や『Eden』についての概略がまとめられてあるらしい。

(随分と親切にみえる。『Eden』は『SS』で『Trickstar』と敵対するのに)

あんずちゃんは元々喋らない子だけど、私も彼の怒涛のマシンガントークに口を挟む余裕がない。
彼は私たちと同い年でありながら、商売にも手を出しているようだ。確かに、アイドルというよりは、そういうビジネスの方が似合っているように思える。

「……おっとっと! 話がずれてしまいましたね、どうも自分は余計なことまで延々と喋ってしまう悪い癖があるようで! ご不快でしたら申し訳ありません!」
「えっと……あまり気に病まなくても大丈夫だよ、話が脱線してしまうのは、うちじゃよくあることだし。ね、あんずちゃん」
「なんとお優しい……! お二人は寛大なおかたなのですね! 自分、大変感激しております……!」

夢ノ咲の人たちも大勢が特殊だが、この人はどの人物にも当てはまらない。まあ、人の数だけ個性があるというし、当たり前なのだろうけど。

「ついつい、憧れのお二人とお話ができて嬉しくて堪らなくて! 興奮して、テンションが上がってしまったのです!」
「……………」
「お恥ずかしい! でも本当に嬉しくってねぇ、いやぁようやく会えた! 自分はあなたに会うために生まれてきました!」

一文一文が、あまりに大袈裟すぎやしないだろうか。
いや、きっと彼がそういう性分なのだろう。初っ端から否定するわけにもいかない。

「我が身の不明を恥じるばかりであります! いやぁ、自分はほんとに未熟者でして! 突撃! 侵略! 制覇! 突撃! 侵略〜! 制覇……!」
「……?」
「あっ、これ『Adam』の三箇条です! これを唱えると落ち着くんですよね!」

突撃、侵略、制覇。
まるで戦争にある響きだ。物騒である、と一言で片づけるにしては重い。

「あぁ、またまた失敬!叫んだら喉が嗄れてしまいました! 自分もいちおうアイドルなので喉を鍛えてはいるんですが、まだまだ実力不足のひよっこでして!」
「……七種くん。もし、時間があるなら喫茶店にでも入らない? まだ陽射しもきつい季節ですし、喉も乾くでしょう?」
「申し訳ありません! 気遣いが足りなくて……! そうですよね、立ち話をしていたら、お二人の玉のお肌が日焼けしちゃいます!」
「それは大丈夫なんだけど……あんずちゃんも大丈夫? もし用事があるなら、そっち優先してもいいよ」

私の言葉に、あんずちゃんは首をふるふると振るった。よかった、1人で七種くんの相手をするのはちょっと自信がなかったから。そのことにほっとしていると、あんずちゃんはきゅっと私の手を掴んだ。

何より、これは仕事だ。
背に腹はかえられない。

来週に予定されている【オータムライブ】について、『プロデューサー』である私たちに詳細を説明したいと言う七種くんと共に、私たちは喫茶店へと入ることにした。


というのが、先日の出来事である。
顔見知りである弓弦くんが現れて、七種くんはそそくさと帰ってしまったのが話の顛末だ。

「あ〜あ、どうしたもんかな〜……」

無人の廊下にて、一人深いため息を漏らす私に、突っ込んでくれる人なんていない。
色々一人で探ってみようと思って単独行動に出たはいいが、どこに何があるのか分からないんじゃ、何も始まらないではないか。

(北斗くんとスバルくん、真くんは七種くんと一緒にいるし、真緒くんはあんずちゃんと手続きに向かっていった。私も2人と手続きに向かうフリをして、別行動したけど……あまり長く一人でいると怪しまれる)

たとえ顔を合わせたとしても、「迷子になっちゃって〜……」と言えば話の筋も通るだろう。こういう裏の仕事は、私が進んでやるべきだ。
とにかく、手ぶらで帰るのは嫌だし、何か情報が得られればいいのだけど。

(七種くんからもらったタブレット……。部屋に入るにはこれを翳して認証しなくちゃいけないんだっけ?)

もしかしたら、いつ誰が入室したのかとかも記録されてしまうのかもしれない。そう考えると、迂闊に部屋に出入り出来ない。だが、敵の情報となれば、保存されているのはロックのかかった部屋であろう。

(……適当に、鍵のない部屋にでも入ってみるとか?)

収穫は見込めないが、少しでも知られればいい。何もせずに、一方的に攻撃されるのはもううんざりだ。キョロキョロと辺りを見渡しながら、鍵のかかってない部屋を探していると突然目の前に扉が開き、何かが飛び出す。

「……ぎゃあああっ!?」

姿を現したのは白髪の、ほぼ全裸状態である衣服を持った男性だった。


prev next