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静寂の行進曲


「到着〜! ここが噂の、ちゅうえつ……しゅういつ?」
「しゅうえつ」
「そうっ、秀越学園なんだね☆ 惜しかったな〜」

秀越学園の校門前で、スバルくんが文字を見て何度も読み直すのを見て、つい口を挟んでしまった。でも、どこで誰が聞いているのかも分からない、しかもここはもう秀越学園の目の前なのだから。些細なことで相手に悪い印象を与えるのは、避けなければ。

「そういえば今回は一週間、みんなでホテルに泊まるんだよね! 修学旅行みたいっ♪ 結構豪華な部屋を用意してくれた、って話だから楽しみ……☆ 夜中にみんなで集まって枕投げとかトランプとかしようよ☆」
「あはは。いちおう仕事できてるんだから、体力は温存しとくべきじゃね。夜はゆっくり休もうぜ〜、ちゃんと寝るのも俺らの仕事のうちだ」

それでこそ、修学旅行で枕投げもトランプも満喫出来るだろう。とにかく、秀越学園にやってきたからには、『Adam』に挨拶をしたいのだが、もう校内に入ってもいいのだろうか。人気が無さ過ぎて、学院の敷地内に足を踏み入れることでさえ、憚られる。
真くん曰く、秀越学園は『委員会』の概念が無く、『部活』もほとんど形骸化していて、ろくに活動してないらしい。

「秀越学園って、『特待生』のみが在籍してるらしいから……みんなお仕事で忙しいのかもね?」
「おぉう、灰色の青春だね……。いや仕事が忙しいのは、いいことなんだろうけど」

トップエリートのみが通う学舎だ。むしろアイドルなのに、部活には強制加入なんて校則がある夢ノ咲の方が、ちょっとナンセンスなのかもしれない。まるで違う国にやってきたかのように、真くんは不安げにお小言を漏らす。

「どうしよう、異世界の言語で話しかけられたら」
「いやいや、だいじょうぶだよ……たぶん。ほら、音楽は世界の共通言語〜♪」
「旅の醍醐味でもあるだろ。まぁ同じ人間なんだ、きっと話せば分かる」

いつまでもここに立っていても仕方がない。念のため向こう側に一報いれておいて、学園内に入ってしまおう。どうやら中には、『Adam』専用の応接室があるようだから。

「うわ、校内も見事に無人だ……。お〜い、誰かいませんか?」
「……応答はなし、だね。真新しい建物なのに人がいないのってなんか不気味……」
「肝試しみたいだよね、もう怪談の季節はもう終わったのに」
「この廊下を進めば『Adam』の専用応接室があるみたいだから、とりあえずそこを目指そうぜ」
「専用応接室って何。知らない概念だ……」

専用応接室というのは、『特待生』にとっての特権のひとつのようだ。応接室や練習室をいくつも専有できるらしい。レッスン室を確保するにも一苦労必要な夢ノ咲とは全く違う。校内資金を支払い、手続きをしてからレッスン室を借りて、いちいち書類に記さなければならない。
ここではそのようなことは、『特待生』ではない人たちがやってくれるようだ。なんだかそのシステムは、『特待生』じゃない人達の方に感情移入してしまう。

「でもまぁ……外から来た私たちが、口を出すわけにもいかないよね」
「うむ。だが、俺たちが『SS』で勝てば、この方法論は間違ってるかもしれない……と秀越学園なども考え直す可能性もある」
「……とりあえず、こっちはこっちの事を考えないと。今回は『勝利』以外あり得ないから」
「ふふ、やる気満々だな、百瀬。おまえがその気なら、俺たちもそれに応えなければ」
「お〜い! 『Trickstar』のみんな〜♪」

私の言葉に、北斗くんも勝つ気満々のようで、笑顔でそう答える。今回の楽曲は、いつもと違った感じに仕上げてきたのだ。私も成長しているのだということを、目に物を見せてやる。
そう意気込んでいると、廊下の向こうからつむ先輩が現れて、小走りでこちらに駆け寄ってきた。そう、今回は校外のお仕事だから、監督役の教師も含めて夢ノ咲から何人かサポート要因が派遣されているのだ。私もある意味、その一人である。

「先輩の他に、誰か来てたりします?」
「はい。『fine』の伏見くんとかが、英智くんに何か頼まれごとをしたとかで参加してるはずです」

弓弦くんは、主に私たちの衣食住のお世話をしてくれるみたいだ。あの弓弦くんが、桃李くんの元から離れてこちらに来るなんて、想像がつかないけれど、英智先輩の命令で逆らえないのかもしれない。

「今も、伏見くんはみんなが泊まる旅館で荷物の整理とかしてくれてるはずです」
「えっ……いま旅館って言いました?」
「俺らが泊まるのはホテルでしょ、言葉のあやですかね……?」
「あぁ……。なぜか伏見くんが駄目出しして、みんなの宿泊先を英智くんのおうちが経営してる旅館に変更したらしいですよ」

弓弦くんが、駄目出し。英智先輩のおうちが経営している旅館に変更。どれもこれも、いま初めて聞いたことだ、あんずちゃんと顔を見合わせて、お互いスマホを確認するが、何の連絡も入っていない。

「そういえば、今回の企画ってどんな感じの内容なんですか?」
「あれっ、青い先輩は詳しいことは知らずにノリで参加してる感じ?」
「いえいえ、俺もいちおう企画書とかは呼んだんですけど」

その内容と、『Adam』の人と遣り取りして得た情報が食い違っていて、どちらが正しいのか確認したかったようだ。
今回の『Trickstar』側、というか、あんずちゃんの企画書では、【サマーライブ】のリベンジみたいな方向性で、企画書の題名も【リベンジマッチ!】と、あんずちゃんもやる気満々で作成したのだ。彼女にしては、とても前衛的で、何より攻撃的である。

「それだけあんずにとっても【サマーライブ】は苦い思い出っていうか……二度と繰り返したくない悲劇で、おおきな転機だったんじゃないかな」
「楽曲も、【サマーライブ】と違って前のめりな感じだよね? あはは、初めて聞いた時は、ちょっとビックリしちゃった。百瀬ちゃんも、相当悔しかったんだよね」
「【サマーライブ】の反省会で、初手謝罪だったもんな……。なかなか顔あげてくれないから、本当に焦ったぞ〜? 珍しくスバルも慌ててた」
「だ、だって泣いてるのかと思ったんだもん! 心配して損したけど!」
「あの、みんな……。人の思い出したくない記憶を掘り起こさないで。恥ずかしいから!」

私たちの会話を聞いていたつむ先輩も、私の声に我に返ったかと思えば、ふふっと吹き出すように笑みを零した。ほら、だから他の人の前でその話は控えて欲しかったのに。

「ともかく、俺は生徒会役員だから知ってるんだけど。けっこう今回の企画書が通るまでに紆余曲折があってさ〜、大幅に軌道修正されてるみたいなんだよな」

何でも政治的な横やりが入って、元々『Eve』と再戦するはずが、『Adam』と戦う事になってしまったらしい。いずれ相対する必要はあったのだろうけど、修正された企画書では『対戦』という形になるかさえも怪しい。

「秀越学園の系列校のアイドルが集まる【オータムライブ】っていうのに、『Trickstar』がゲスト枠で参戦することになってるから……『Eve』のときみたいに一対一でやるわけじゃないからね」
「あんずたちが本来、おおきな目的にしてた『リベンジ』になるかどうかは微妙なところだな」
「……やっぱり、何か変だよね。全部自分たちの思い通りになる、なんてことはないって分かってるんだけどさ」

誰かの手のひらで踊らされてるような、そんな不安が拭えない。真緒くん曰く、英智先輩もあんまり釈然としていなかったみたいだから、仕込んだのは明らかに先輩ではないだろう。

(だとすると……何? 日和さんの言ってた『毒蛇』……かなぁ?)

もし、今、こうして『Trickstar』とも出会っていないうちに、『毒』を仕込まれているのだとしたら。

(……駄目だ。毒が全体に回る前に……なんとか食い止めないと)


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