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まだ踊っていたいんだよ


「──な〜んて。ヤキモチも妬いちゃったりするんだよね、僕たち」

この四人の中でも、一番その意識が薄いのは僕だと思っていたのだけど、案外そうでもないということを今回の件で実感してしまった。僕のぼやきに、漣くんはむず痒そうに頭を掻く。

「あ〜……なんなんすか、惚気っすかぁ?」
「あ、惚気に聞こえた? だったらそうなのかも。それぐらいにはね、愛してるんだよ」
「そういう言葉は、簡単に使っていいもんじゃないですよ。ましてやプロデューサー相手になんて……」

普通なら、確かにそう思うかもしれない。僕たちだって、口ではそう言っている。しかし、あくまで建前だ。本心では心の底から愛しているし、大好きだと言える。

「でもたまにその愛情が空回りして……例えば今回みたいに、百瀬ちゃんも正常な判断が出来ないときがある。たぶん、百瀬ちゃんの過去に、関係があるのかもしれないし……そうじゃないのかもしれない」

『Eve』がきてから挙動不審だし、何やら思い悩んでいるようだった。
今回の失敗で、彼女はひどく後悔するだろう。自分の選択が、敗北への一手だったのだから。

「けっこう根に持つんだよね、あの子」

そのしこりを、いつかはまた消化しなくてはならない。今回の屈辱と共に、浄化してあげなくては、一生傷となって残ってしまう。

「いつか『僕らのプロデューサー』じゃなくなる日が、来るかもしれない。でも……」

彼女はずっと、僕らのファンでいてくれるはずだ。
そのために、精一杯歌って踊る。例えここで敗北してしまっても、それが悔しかったとしても。このライブが終わったときに、「お疲れ様」「頑張ったね」って彼女たちが笑ってくれるのなら。

──今は、幸せだ。


 *


嵌められた、と実感したのは、すぐだった。でも、気づくのは遅すぎた。もっと前に気づくべきだった。

「身を粉にし、真摯に尽くすことはなにも、悪いことではないがの……。口出ししないつもりじゃったが……今のお主はあまりに痛々しくて、みてられんわい」

ステージを呆然と立ち尽くして見上げる私の隣にやってきて、朔間先輩はいつになく真剣な表情で告げる。まるで、これから処刑でも始まるかのような、そんな酷い顔色をしている私は、舞台で踊る彼らから目を離せない。

(ああ、あの断頭台に立たせてしまったのは……紛れもなく、私だ)

『Trickstar』のためだと、そう信じこんで、まんまと相手の罠に引っ掛かってしまった。
本来ならば私が気づいて、対処して、彼らを茨の道から遠ざけて、傷つかないようにするべきだったんだ。

(それなのに……それなのに、私は、『ここに餌があるよ』って、罠の中へと誘導した)

よく考えれば分かる、簡単な話だった。
何一つ疑わず、私の言葉を受け入れてくれたみんなの笑顔に、心が痛む。敵対する相手が、そんな甘い話をわざわざ持ってくることの意味は、よく分かっているはずだった。敵の旗を掲げることになり、『Trickstar』自身は輝くことは出来ない。

それなのに、だ。

(なんで……どうして、楽しそうなの……)

まさか、気づいていないとでもいうのか。いや、そんなはずはない。本人たちが、一番痛感しているはずだ。
それなのに、みんなは楽しそうに歌って踊って。もちろんプロなのだから、舞台上で暗い顔なんてしてはいけないのだけど。

「遊木くん辺りは、気づいておるんじゃろうな。いや、きっとみんな、分かっておるはずじゃよ。嵌められたことに……それも信じていた、嬢ちゃんの仕業だということにも」
「…………」
「幸せそうじゃのう、嬉しそうじゃのう……おぬしには、あの顔が見えぬか?」

心の底からそう感じていなければ、出来ない笑顔だ。私は後ろめたくて、本当は目を合わせられないのに、彼らから目を離せない。
いや、例え怖くても、みんなに見つけられるのが嫌だったとしても、目を背けてはならない。

「その瞳に焼き付けよ。己の仕出かした事実から、逃げるのではなく立ち向かえ。おぬしを信じ、心から愛した少年らは……ただおぬしの曲を歌えることに、幸福を享受しておるのじゃ」

ここで逃げ出せば、今度こそ彼らの愛しい笑顔に、輝かしい歌声に、傷をつけることとなる。
私は、悔い改めなくてはならない。そのために、犯した過ちを受け入れて、自らの罪を認めなくてはいけない。

「愚か者よ。分からなくなったか、彼らのことが」

彼らは『革命児』。夢ノ咲学院に革命を巻き起こし、未来を変えた『狂言回し』。
縛り付けたのは、自由な彼らを捕まえたのは、私のせい。
消え入るような声で呟いた私に、朔間先輩は「その通りだ」と頷いた。普段よりも、ずっと静かで低い声。説教と言うよりは、私に訴えかけているかのようだった。

「懺悔をする前に、聞き入れてくれた彼らに応えよ。嬢ちゃんが望んだことなのだから」

『Eve』のファンが多い中で、ありったけの愛を振り撒いて、ファンサービスを怠らない彼らは、本当にアイドルだ。

(この曲、北斗くんとスバルくん、大好きだって言ってくれたっけな)

ステージを見上げながら、私に笑いかけながら、褒めてくれた二人のことを思い出す。そんな彼らに、私は酷いことをしてしまった。得るものが大きいはずだから、今回は己を圧し殺せと、そう言ったのだ、私は。

すっと、その手を舞台上の彼らの方に向ける。当然、この距離ならば届くわけがない。
それなのに、彼らは手を伸ばす私に気がついて、同じようにその手を伸ばし、ぎゅうっと手を握りしめるような仕草をして見せた。

(選択を誤った。もっと足掻くべきだったんだ)

誰より愛する、アイドルのために。

「……おぬしは媚びたりせんのう。我輩、泣きついてきたところを突き放す機会を期待しておったのじゃが。頑固と言った方が、正しいかのう?」

だから先程から、冷たい言葉を浴びせているのだろう。きっと彼らは私を責めない。その役目を朔間先輩に負わせてしまった。それも、私のせいだ。この人は優しいけれど、見たくないものも見えてしまうが故に、損な役回りをしがちである。

「分かっておるなら、これ以上は言うまい。しかし、『プロデューサー』としてどうあるべきか……考えておくんじゃよ」
「……はい」

酷く憔悴した声色で返事をする私に、朔間先輩はひとつため息をついた。ああ、この人にわざわざ言わせてしまうなんて、私はなんて最低な人間なんだろうか。

(プロデューサー……失格だ)


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