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君を撃ち落とすまで


「それにしても、その目的のためなら何も夢ノ咲に拘る必要はないということだね?」

困惑する百瀬ちゃんに対して、僕にはその意味がはっきりと理解できた。血の気が失せていくのを感じて、指先が凍ったように冷たくなっていく。

「説明しないと分からない? さっき褒めたのが台無しだね。きみ個人を評価しての公正な『勧誘』のつもりだったんだけどね?」

いつかはそんな話も、舞い込んでくると思っていた。
彼女の曲は、僕たちアイドルを通じて世間に広まっている。僕たちの知名度が上がれば上がるほど、彼女の名声も高まる。だって、『Trickstar』のほとんどの曲は彼女が作ったものだ。なにより彼女の曲は、人の心に訴えかける『何か』がある。

(……否定しないんだ)

これは、明星くんに浮気者と言われても仕方ない。肝心な時に意思を表明できなくては、意味がないのに。別に疑っているわけではないけど、なんか、歯痒い。残酷にさえ、感じてしまう。これは完全に気持ちの問題で、感情論に過ぎないけれど。

(でも、僕はもうお人形じゃなくて、人間だから。そう認めてくれたのは、紛れもなく君だったんだよ……百瀬ちゃん)

奪われたくないのは僕らの我が儘で。
独り占めをしたいのも、ただの欲で。

「『Trickstar』は、空っぽだった僕の人生で初めて見つけた宝物だから。…心を殺して生きていくのは、もう嫌だから」
「…ふふ、うん。そっか、そうなんだ」
「…やっぱり、おかしいかな。こんな考え」

どうして、今になってあの時の言葉を思い出したのか、わからなかった。どうしてあのときに、彼女が笑みを浮かべていたのかさえも、結局分からずじまいだった。

(百瀬ちゃんにとっても、『Trickstar』はそういう存在だって……そう思ってた部分が、あるからかな)

今回のは、結構堪える。同じ夢ノ咲の人間ならまだしも、他校の人にだなんて。

(あ〜……こんなこと考えたくない、考えたくないけど! どうしよう〜? 勧誘、勧誘……)
「何してるの?」
「うひゃあっ!? あっ、百瀬ちゃん……」

背後から現れたのは百瀬ちゃんで、僕は大袈裟に反応してしまった。そんな僕を見て、百瀬ちゃんはつられて驚いていたけど、すぐに笑って僕に向かって手を振る。

「どうしたの、こんなところで」
「き、奇遇だね〜? 百瀬ちゃんは、お昼でも食べてたの?」
「うん。今さっき食べ終わったところだよ」

明らかに怪しいであろう僕に対して、百瀬ちゃんは特別気にした様子もなく「食堂のオムライス美味しいんだよね」と気楽そうに僕に話す彼女は、先程の『Eve』との話の匂いを感じさせない。

「あっ、もしかして真くんもオムライス好きなんてお子様味覚〜とか言うタイプ!?」
「えっ、いやいやいや、そんなこと言わないよっ!」
「そう? 私、ハンバーグも好きだしコーヒーとかは自分から飲んだりしないからさ〜?」
「あはは、百瀬ちゃんココア好きだもんね」
「うんうん。わかってるね真くん。いやなんか……夢ノ咲にいたら、みんな分かってくれてることに慣れちゃって、ダメだよね」

このままではダメなのだと、自身で感じて今回の作曲も引き受けたという。殻の中に閉じ籠っていたら、大事な場面で戦えなくて、困るだろうから。

「えっと……それ、どういう意味?」
「私が芸能界で生きる日がきたら、すぐに潰れちゃうよねって話」
「……百瀬ちゃん、プロデューサーになるの? それとも作曲家?」
「う〜ん……それはまだ決めてない。どちらかになるかもしれないし、どちらにもならないかもしれない」

その決断は、別にまだ今しなくてもいいとは思うが。それでも、どの道を決めてもいいように、準備をしておきたいということだろう。

(なんだか、滅茶苦茶だなぁ……陣地を荒らされてる感じがすごいある)

彼女を陣地扱いするのも失礼かもしれないけれど、彼女は『Trickstar』の活力源と言ってもいいから。
それとも、彼女が自分と同じ芸能界への道を辿ると決断出来るきっかけだと、ポジティブに喜んだ方がいいのだろうか。

(どんな曲を作るんだろう。僕はいつもなら、百瀬ちゃんの曲ならどれも好き〜って曖昧な感じだったけど)

聞く前から嫌悪感を抱いてる。心が嫌だと痛いほど叫んでる。百瀬ちゃん自身を取られるのも、曲を渡すのも、何一つ向こうに渡したくはない。

(曲を作るのは、僕らのため? 自分のため? どちらにせよ……僕は……)

『Trickstar』だけなんだって、断ってほしかったよ。


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