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我が儘を聞いてくれ


「皆さん、お疲れさんでした!」
「お疲れさま〜! 『Eve』は【サマーライブ】が終わったらさっさと帰っちゃうんだね、寂しい! もっとずっと一緒に歌っていたかった〜☆」

【サマーライブ】を終えた私たちは、『Eve』の2人を見送るために駅前までやってきていた。大荷物の日和さんを手伝いながら、お互いを労っている姿を見ていると、先ほどのライブの出来事が夢のようにも思える。

「…………」
「元気ないっすね〜、夏バテですか?」
「ステージ上で踊り倒したぼくらより元気がないなんて、普段から怠けちゃってるんじゃない? 何はともあれ、ぼくたちの曲も作ってくれたわけだし……報酬はちゃんと、支払わないとね。大声で話すことじゃないから、ちょっと耳を貸して欲しいね」

こっちにおいで、と手招きする日和さんに歩み寄る。素直に対応した私に、日和さんは機嫌を良くしたみたいで、にこにこしながら報酬について話し始めた。

「今回の【サマーライブ】は、凪砂くんの相方……『Adam』の人間の計略でね。その子の入れ知恵だったんだよね」

その人は、ネット等を駆使して策略を巡らすタイプなのだという。蛇のように陰湿で粘着質で、自分は嫌いだとはっきり言う日和さんは、うんざりしたようにため息をついた。

「凪砂くんも天災のように危険な男だしね、警戒するといいね。『Adam』はぼくたちとちがって優しくないからね」
「……結構、話してくれますね。『Adam』は『Eden』の一部なのに?」
「約束したからね。でも、言ってしまえば君の情報が漏れだしてるということだね」

だからこそ、今回『Eve』に曲を作るように仕組まれたのだ。それを受けた私も私だけれど、情報が漏れているというのなら、この先もきっと対策される。

「凪砂くんはともかく、あの子はいかにも君が苦手そうなタイプだからね。ちょっと心配」
「さぁ、どうでしょうねぇ。意外な結果が見られるかもしれませんよぉ」
「ジュンくんわりと百瀬ちゃんのこと気に入ってるよね」
「まぁ……曲は結構、良かったですよ。『Trickstar』の人たちは、これをいつでも歌えるんですよねぇ?」
「そうだぞじゅんじゅん! 羨ましいだろ〜っ、でも百瀬はあげないからね!」
「あはは。だってさジュンくん。残念だね。いい感じの子を見つけたと思ったのにね。……『毒蛇』には、くれぐれも気をつけてね」

耳元で囁かれたのは、甘い台詞でもなく、私の身を案じる言葉だった。目を丸くして日和さんを見上げると、彼はいつもと変わらぬ笑顔をにこっと浮かべて、私の頭を優しくに撫でる。

「またね! 長くなりそうだから、後の情報は送っておくよ。ジュンくんが。ぼくがその気になったら、君に会いに行くから、その時はショッピングなりなんなり、付き合ってほしいね」
「おひいさ〜ん……? 然り気無く口説かないでくださいよぉ。つ〜か相手はプロデューサーですよ?」
「何だいジュンくん、ヤキモチ妬いてる? 安心してほしいね! ぼくの相方はジュンくんだけだね!」

こちらに元気よく手を振る2人に、私たちも手を振り返す。なんだかんだで一週間一緒にいたわけだから、少し名残惜しい気もする。
『Trickstar』はこれから、打ち上げがてらに反省会をするつもりのようだ。遠くから見守っていたあんずちゃんを呼び出して、良かったら参加して意見を聞かせてほしいと頼まれていた。

「百瀬。おまえも来るだろ?」
「私は……。いや、今日は遠慮しとく。けっこうバテバテだから」
「それなら、僕が送っていくよ。もう時間も遅いし、辺りも暗いしね」
「会長さんも、猛暑でぐったりですよね……それじゃあ今日は、先に帰るよ。みんな、本当にお疲れさま」

呆気に取られているみんなを置いて、私は会長さんの後をついていった。ちょっと、強引すぎたかもしれない。でも、なんだか顔を合わせるのも申し訳なくて、避けるようにさよならしてしまった。

「朔間くんに、色々言われていたね。大丈夫かい?」
「……大丈夫に見えないから、送ってくれるんじゃないんですか?」
「あはは。それもあるけど、女の子を一人で帰らせるわけにもいかないだろう?」

それにしても、朔間くんがあんなに君を責めるところなんて初めて見たよ。と、どこかうきうきした様子で告げる会長さんに、私は朔間先輩の言葉を思い出す。
確かに、あんな風に言われたのは、初めてかもしれない。

「でも、彼の言う通り。君は『Eve』の策略に気づくことが出来ず、『Trickstar』を輝かせられなかった。これが『SS』なら、もっと非難を浴びていただろうね」
「そうですね……」
「まぁ『Eve』に曲を提供する代わりに、『Adam』の情報を寄越せと言ったのは、予想外だったなぁ。日和くんに文句言われちゃった。『聞いていた話と全く違う子だった』って」

それでも、会長さんから見て、彼は私をお気に召してくれたらしい。言い方はあれだけど、そもそも興味が無ければ話しかけたりもしないみたいだし、そう考えれば、日和さんの態度はどちらかと言えば良かった方なのかもしれない。

「日和さん、怒ってました?」
「いや、むしろ『顔に似合わずえげつない交渉をされたね』って喜んでいたよ。全く……いつか君が向こうに引き抜かれそうで、肝が冷えるね」
「私はずっと夢ノ咲に居るつもりですよ」
「君の意思で、そう言ってくれるのは有り難いけれどね。大きな権力の前では、ほぼ無意味だと思った方がいい」

今回の【サマーライブ】のように、ただ流されるだけ流されて、無駄に力を磨り減らされるなんてことがないようにしなければ。そうでないと、いつか戦うであろう『Adam』のときに、同じ目に遭ってしまう。

「そんなことは、二度とさせません。同じ思いをするのは、ごめんですから」
「……おや、以外と前向きに来たね。落ち込んでると思っていたのに」
「そりゃあへこんでますよ。でもまだ、前哨戦ですから」

ずっとへこたれてもいられない。早急に立ち直って、また更なる強敵に備えなくては。日和さんの言うことが本当ならば、『Adam』はありとあらゆる手段で『Trickstar』を潰しに来る。

「もう二度と、同じことは繰り返さない」

私が阻止しなければならない最悪の事態。『Trickstar』の誰一人も喜ばない、不幸な道には導かせない。

「──百瀬!」

背後から、私の名を呼ぶ声が聞こえる。振り返れば、そこには息を切らし、肩を上下させて必死に肺に酸素を送り込んでいる北斗くんの姿があった。
街頭と月明かりに照らされた彼に呼び止められ、私は戸惑いを隠せない。

「話す時間ぐらいならあるよ」
「で、でも……何も今じゃなくても、明日とか……」
「今じゃなきゃ、ダメなんだ!」

戸惑う私の声を遮って、彼は今までにないくらい声を張り上げた。切羽詰まった様子の北斗くんに、私は思わず身を固める。会長さんも、そんな北斗くんの姿に、少なからず驚いているようだった。

「……すまん、大声を出して。でも、今じゃなきゃダメな気がして……」
「……。会長さん。少し、待ってもらってもいいですか?」
「構わないよ。僕は先に車にいるから、ゆっくり話しておいで」

先へ行ってしまった会長さんを見送って、私は改めて北斗くんに向き直る。ずっと暗い顔だ。無理もない、北斗くんは『Trickstar』の中でもかなりの負けず嫌いだ。

「今日じゃなきゃダメな話って何? 【サマーライブ】のことだよね……?」
「……あぁ。でも、誤解しないでほしい。お前を責めるために追いかけてきたわけじゃない」

呼吸を整えながら、北斗くんは私に告げる。分かっている。いくら北斗くんがでも、わざわざそんなことを言いに来る人じゃないってことは。

「『Trickstar』は今のままではダメだと、おまえが戦うのは無謀だと感じたのなら……隠さなくていい。正直に言ってくれ。俺も……正直に言う」
「…………」
「他のみんなは、本人に聞かないとわからないが……。俺は、悔しかった。相手の罠に、まんまと引っ掛かってしまったことも、自分がどれほど実力不足なのかを、実感させられたこと。何より、おまえやあんずに……そんな顔をさせてしまったことが、悔しかった」

舞台上から、見えていた。
私とあんずちゃんの表情が、はっきりと脳裏にこびりついていた。きっとあんずちゃんも、私と同じ顔をしていたのだろう。しかし、私はこの様だ。すっかり自信を失い、みんなに合わせる顔がない。

「私が決めたことだから。北斗くんは悪くないよ」
「……そういうことを、言ってほしかったわけじゃないんだ。俺は……お前の期待を裏切ってしまった」
「いや、だから悪いのは私……って言い合っても仕方ないね。この話、やっぱり明日しない?」
「ダメだ! このままお前を帰したら、おそらくお前は悪夢に魘されること間違いなしだ!」

なぜ、そんなことが断言出来るのだろうか。やたらと必死に私を引き止めようとする北斗くんに、思わずため息をつく。いったい、何が君をそんなに駆り立てるのか。

「そんなの簡単で単純明快な話だ! 俺たちは誰の責任だとかはどうだっていい! 重要なのは……お前が俺たちをどうしたいかだ! 俺たちを見捨てるのか、それとも……学院に革命を起こしたあのときのように、俺の手をとるのか?」

茨の道を歩むことになるだろう。今までとは比べものにならないほど大きな影が潜み、その脅威が襲いかかってくる。一度食われたら、二度と立ち上がれなくなるかもしれないほど、心に大きな傷を負ってしまうかもしれない。

私の、父のように。

「約束しよう。おまえが見失わないように、一番輝く星になることを。そして、その約束を果たすために……チャンスが、ほしい」

欲しいのは、見たいのはただ一つ。
皆の歌を、踊りを、輝く笑顔を、ステージで見せてほしい。誰にも負けない、一等星になってほしい。

そんな傲慢で、身勝手な願いを叶えてくれるというの?

「私にプロデュース、させてくれるの……?」
「ああ、見ていてくれ。俺たちを。あの時のように、純粋に、恐れを知らない瞳で、その名曲を奏でる指先で、俺たちを導いてくれ」

私の願いに、北斗くんは嬉しそうに微笑む。それから、やんわりと私の手をほどいて、その両手で私の体を包み込んだ。春頃はあんなに、異性同士で触れ合うことを咎めていたのに、まさか彼から抱き締められるとは思っても見なくて、行き場のない手を空間で動かす。

「ほ、ほ、北斗く〜ん……?」
「……すまない。その、嬉しさのあまり、ほとんど勢いで抱きついてしまった」

とんとんと肩を叩くと、北斗くんははっと我に返ってすっと離れていく。少し気まずそうに私の体を解放したあとに、ゆっくりと私の手を取って歩き出した。

「今日は、俺が送ろう。会長には俺から伝えておく」
「でも、これから反省会するんでしょ?」
「む、そうだったな……。みんなには先に始めてもらって、俺は百瀬を送ってから向かおう」
「いや、書類上でも君がリーダーだから……うん、じゃあ私も反省会参加するよ」

私がそう言うと、「今日は疲れているんだろう?」と心配そうな顔で見つめてくる。それは、反省会をサボる言い訳でもあったのだけど、真面目な彼は本気で信じてしまったようだ。

「途中で眠りこけるかもしれないから、その時は背負って送ってね」
「ああ、任された。百瀬の家はさほど遠くないからな。しっかり送り届けてやろう。眠っている間、いい夢を見るんだぞ」

彼にしては珍しく、早く早くと急かすように私の手を引く。北斗くんを待っていたみんなは、私が現れたことに驚きながらも、快く迎え入れて、私を輪の中に引き込んでいった。


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