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勝利の女神がやってきた

「大神くん。お昼一緒に食べよ」
「い・や・だ」

駆け寄った私の頭を押さえつけた大神くんは、顔をしかめて即答した。衣更くんは生徒会で忙しいらしいし、嵐ちゃんにも断られたし、凛月くんには「眠いからやだ」と言われてしまった。

「じゃあ、じゃあせめてA組までついてきてほしい」
「あぁ!?んなもん1人で行け!俺は外せねぇ用があんだよ!」

大神くんはそう怒鳴り散らすと、私の頭を突き放して教室から出て行ってしまった。少しくらいいいじゃん、と愚痴をこぼしながらボサボサになった髪を直す。私は鞄の中からスバル君から借りたタオルを取り出して、A組の教室へと向かった。

(…あ、A組だったらもしかしたら、『あの子』がいるかも。ああでも、あんまり授業に出てないとか言ってたしな)

開かれた扉から教室の中をのぞき込むが、スバルくんの姿は見当たらない。まあ彼の性格からして、大人しくては教室にいるイメージはないけれど。

「このクラスに何か用か?」

肩を落として戻ろうとしたとき、背後から声をかけられびくっと体を揺らした。
振り返ると、そこには褐色の肌に紫色の髪の高身長な男子生徒が私を見下ろしている。

「え、えっと、あ、明星くんっているかな?」
「明星なら先ほど転校生達と一緒に出て行ったが」
「…転校生…。あ、」

そういえば、佐賀美先生が私以外にも転校生が居ると言っていたような気がする。もしかして今日がその子の転校初日だったのではないだろうか。
だとしたらきっと今は校内を案内したり、この学院についての説明もしているんだろう。衣更くんが私にしてくれたように。

「きっとしばらくは帰ってこない。あとで明星にお前がやってきたことを伝えておくか?」
「あ、ううん。大丈夫。急ぎの用じゃないから。ありがとう…ええっと…?」
「俺は乙狩アドニスだ、B組の転校生。お前の話は大神から聞いている」

彼は大神くんと知り合いのようだ。一体大神くんが乙狩くんになんと私の話をしたのか気になるところだが、今はお腹が空いたので後回しだ。
乙狩くんにもう一度礼を言い、私は食堂へと向かった。

食券でナポリタンを買って、席を座ろうと辺りを見渡すが、今日はなにやら人が多く、座れる席も少ない。前に来たときはこんなに人いなかったのに、一体どうしたと言うのだろうか。
そういえば、心なしか外が騒がしいような…。

「…おい、そこの嬢ちゃん」
「……? あっ、私…ですか?」
「そうだ。座るとこねえのか?だったらここが空いてるぞ」

嬢ちゃん、と呼ばれ、一瞬自分のことだと気づかなかったが、考えればここアイドル科では私とA組の転校生以外全員男の子だったことを思い出す。
振り返ると、そこには真っ赤な髪色をした、強面な感じの人が、目の前の席を指差した。見た感じ、上級生だろう。

(やばい、こわい、やばい)

あまりの怖さに語彙力も低下する。
断るのも怖いし、目の前で食べるのも怖い。しかしこのままではせっかくのナポリタンも冷めてしまうし、授業にも遅れてしまう。それは避けたかった。

「し、失礼します……」

ぺこりと頭を下げて、おずおずと席につく。そこで初めてその人も私と同じナポリタンを食べていたことに気がついた。同じ物を食べているだけなのに、それを見てなぜだか少しだけホッとする。

「……悪いな。いきなり俺みたいな奴に声かけられて、ビビったろ」
「い、いえ、そんな!…少し、驚いただけです。あまり慣れていないもので」

そう、私は基本クラスの人達としか会話をしたことがない。さらには慣れない場所に女子1人で来たのだ。確かに不良っぽい上級生に声をかけられたのは驚いたが、よく考えれば、ほとんどが放っておくはずなのに、わざわざ得体の知れない私を空いてる席に誘導してくれるなんて、きっと良い人なんだろう。

「えっと、私はプロデュース科として転校してきた、連星百瀬です」
「ああ、噂は聞いてるぜ。俺は3年の鬼龍紅朗。『紅月』っつーユニットに所属してるもんだ」
「ユニット……」

衣更くんが教えてくれた情報を思い出し、なるほどと納得する。この学院では2人以上で組むユニットが複数存在しているらしく、ドリフェスや仕事をする際にそのユニットで活動するらしい。今のところ把握しているユニットはスバルくんの所属している『TrickStar』くらいだろうか。
鬼龍先輩は話すこと自体はあまり得意ではないみたいだったけれど、私を退屈させないためか、この学院の事を少し教えてくれた。

(うん、やっぱり良い人だ!そうに違いない)

自己紹介を終え、たわいもない話をし、ナポリタンを食べ終わる頃には、私達は大分打ち解けてきた。

「プロデュース科といっても、プロデューサーとして何一つやれていませんけどね…せめて縫い物でも出来れば、衣装とか作ったり修繕したり出来るんでしょうけど」
「なんだ嬢ちゃん。衣装作りたいのか?」
「そのユニットの、皆さんの役に立てるなら、作れるようにはなりたいと思っています」
「なら、俺が教えてやろうか?」

鬼龍先輩の言葉に、私は勢いよく顔を上げた。聞けば、先輩の所属するユニットの衣装は、鬼龍先輩が仕立てたものらしい。縫い物などはあまり経験したことはないが、教えてくれるのならぜひ教わりたい。鬼龍先輩の言葉に、私は何度も首を縦に振り、頷いた。

瞬間、先ほどよりも外が騒がしくなり、ギターの爆音や歓声が響いてきた。

「あ」
「? どうかしましたか」
「今日『龍王戦』だって事、ド忘れしてたな。鉄に怒られるな、これは」
「もしかして、今屋外ステージでやってるやつですか?何だか想像してたのと全く違うんですけど」
「ああ。あれは『B1』っつって、一言で言うなら野良試合だからな。俺は今からそっちに行くが、嬢ちゃんも来るか?まあ少々荒っぽくて、女が見るようなもんでもないが…」

鬼龍先輩の言葉に私は「ぜひ!」と目を輝かせる。ドリフェスというのは今まで見たことがなかったものだから、これは貴重な体験を得られるかもしれない。荒っぽくて女が見るものではないというのに少し引っかかったけれど、これから短い間でもプロデューサーとして頑張ると決めたのだから、見ておかなくては。
鬼龍先輩と共に屋外ステージに向かうと、ステージには大神くんがエレキギターを持ち派手に演奏していた。さすが軽音部といったところだろうか、かなりの腕前だ。
ずんずん人を掻き分け進んでいく鬼龍先輩に慌ててついて行くと、黒髪に赤いメッシュの入った男の子にたどり着いた。彼が司会をしていたみたいで、鬼龍先輩を探していたらしい。

「あれ?もしかしてもしかしなくても、百瀬じゃない!? やっほ〜百瀬。久しぶり〜☆」
「あ、スバルくん。久しぶり〜…ってほどじゃないけどね。一昨日あったばかりだよ?」
「知り合いか?嬢ちゃん」

先輩の言葉に頷くと、先輩は安心したのか、それなら1人になる心配はないな、と微笑んだ。どこまで良い人なのだろう、この先輩は。
先輩が口元についたナポリタンが気になるのかハンカチを求めていると、女の子がすっとさりげなく先輩にハンカチを渡していた。
あっ、どうしよう。もしかして私も口元汚いかな。とポケットを漁るが、カバンの中にしまいっぱなしなのを思い出し頭を抱える。

「転校生。…ああ、君のことだ。よかったらこれを使え」
「えっ、あ、ありがとう。カバンの中に置き忘れてたから、助かったよ。えっと…」
「氷鷹北斗だ。一応2ーAの委員長をやっている」
「氷鷹くん、抜け駆けはズルいよ!ちなみに僕は遊木真。気軽にウッキ〜って呼んでもいいからね!」

氷鷹くんに、遊木くん。頭の中で復唱しながら、私も自分の名前を名乗ると、2人の間にスバルくんが割って入ってきて、「2人とも俺と同じ『Trickstar』だよ!」と教えてくれた。そうか、2人がスバルくんと同じユニットなのか。

「それで、こっちが俺たちのクラスのプロデューサー、あんず!」
「! 私、連星百瀬です!よろしく、あんずちゃん」
「おおっ、今までにないくらいの食いつき!女の子同士だもんね〜」

スバルくんに背中を押され、私の前に出てきた転校生、あんずちゃんと握手を交わす。あんずちゃんもあんずちゃんで、私と出会えて嬉しいみたいで可愛らしく顔を綻ばせていた。

「それで、私もドリフェスって初めて見るんだけど…」
「転校生……いや、そう呼ぶとややこしいな。連星はどこまで知っている?教えてくれれば、こちらも説明しやすいんだが」
「ドリフェスにも種類があるのは知ってるよ。大きいドリフェスの方が評価が高いんだよね。それと、勝敗は観客のサイリウムで決まるっていうのも聞いたよ」

念のためほかにも衣更君から教わったことを一通り話すと、氷鷹君は今目の前で行われているB1について話してくれた。
大神くんたちがやっているのは『龍王戦』というもので、空手部などの武闘派の部活がやる野良試合のようで、相手の演奏を邪魔するのも可、殴り合いも可という、聞く限りでは野蛮なものだった。だから鬼龍先輩は女の子が見るものではないと言っていたのか。

いつの間にか衣装に着替えた鬼龍先輩がステージに上がると、大神くんは煽りに煽る。挙げ句の果てには呼び捨てにまでしていた。

「大神くん、相手は上級生なんだから、もう少し言葉遣いを…」
『あぁ!?うるせぇ!俺様に指図すんな百瀬!てめーは黙って見てやがれ!!』
「名指ししないでみんなこっち見るから」

ただでさえ女子生徒というだけで目立っているのにこれ以上目立ちたくはない。大神くんがこちらに向かって名前を叫ぶものだから、恥ずかしくてスバルくんの後ろに隠れた。

「俺の後ろに隠れてどうしたの?もしかしてガミさんに怒られて怖かった?」
「大神くんはいつもあんな感じだと思うけど?」
「あはは、それもそっか〜!」

呑気に笑うスバルくんは私が隠れる理由が分からないようだ。目立ちたくないなんて理由は、アイドルであるこの人に言ってもきっとわかってもらえないだろう。

「ていうか、なんで鬼龍先輩と一緒にいたの?」
「食堂でどこに座ろうか迷ってたら声かけられて、一緒の席にさせてもらったの。1人じゃ変に目立つし、ろくに声かけられないから、本当に助かった」
「ああ、なるほど!サリーはきっと生徒会だろうしね〜。もしかして百瀬、友達いない?」

スバルくんの言葉に私は顔を真っ赤にして怒鳴った。まあまあ怒らないで落ち着いて、とスバルくんは笑って私を宥め、憤る私の頭を撫で回し、「友達ならここにいるから大丈夫!」なんて自分に親指を立てながらスバルくんは言った。嬉しいが、さっきの言葉は許せない。

「もちろんホッケ〜もウッキ〜もあんずも、もう百瀬の友達だからね!」
「スバル君、あのねぇ……」
「うんうん、僕でよければ喜んで!あんずちゃんは?」

遊木君の問いかけに、あんずちゃんもこくこくと頷いた。2人の反応が嬉しくて、先ほどの怒りが嘘のように引いていく。次に氷鷹君の反応を伺ってみると、彼は小さくため息をついたあと、呆れたように笑った。

「そう心配そうな顔をするな。お前だけ仲間外れにするつもりは毛頭ない」
「う、うん…ありがとう…!」

これからよろしくな、と手を差し出してきた氷鷹君に、私は笑ってその手を握ろうとした。

「はい、そこまで〜♪」

まるでその行為を遮るかのように、制止の言葉が響き渡った。

「はしゃぎすぎだよ家畜ども。こんなに騒いでさ〜、ボクたちに気づかれないとでも思った?」

声のする方に視線を向ければ、そこに立っていたのは桃色の髪をした、容姿は可愛らしい男の子。
ほとんどの生徒がステージに集中している中で、その姿に目を奪われていると、隣にいた氷鷹君が「まずいな」と呟いた。

「『まずい』って…?」
「よく見て見ろ。ちらほらと、不自然な動きをしている奴らがいる。どうも、生徒会の連中のようだ」
「うひゃあ、それは確かに『まずい』ね!」
「……?」

2人がなぜ生徒会の人達を見て『まずい』と言っているのか分からず、首を傾げた。それはあんずちゃんも同じようだ。周りを見渡すと、観客を取り囲むように生徒会のバッジをつけた人たちが包囲している。

「ねぇ、生徒会が来ると、何か問題があるの?」
「それは追々説明する。転校生2人に生徒会の『やりくち』を実際に見てもらうのも良い気がするしな。それに、もうひとつ懸念がある」

鬼龍先輩に吹っ飛ばされた大神が、こっちに向かって飛んでくる。

氷鷹君の言葉に視線をそちらに向けると、もうすでに大神君はすぐそこまで迫ってきていた。



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