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歩み寄れる優しさ

「ねぇ〜。少しでいいからさ、飲ませてよ」

一度血を舐められて以来、凛月君は血をせがむ様になった。
最初は誰にも聞かれないように小声で、軽く断るとあっちも呆気なく引いていくものだから気にしていなかったのだけれど、ピアノの日以来わざとらしく、ねちっこくなってしまって。

「血は飲み物じゃない」
「俺にとっては大事な食料だから。なぁに?友達のお願い聞けないの?」
「それとこれとは話が別。う〜…あんまりくっつかないで」

断ってもなかなか引かないし、無駄にスキンシップは増えてきたし。アイドルにこんな過度なスキンシップとられて心臓が持たないんですけど。
もちろんそれは隣の席の衣更君に嫌でも見えるわけで。一度血を飲まれたことがバレてしまってからは、衣更君の警戒がさらに強くなった。

「おい凛月…。嫌がってんだからやめとけって」
「ま〜くんには分からないかもしれないけど、百瀬の血ってすごく甘いんだよね。いい匂いだし」
「匂い嗅ぐな近づくな!お前も、厄介なもんに目つけられて…変な奴いるから気をつけろっていったろ?」
「…ごめん…。まさか血を舐められるなんて予想外で…」

再現してあげよっか?と私の手を取る凛月君の手を衣更君が引き剥がす。再現する必要がどこにある、今後容易に私に触れるんじゃないと衣更君は凛月君にそう叱りつけた。

「い、衣更君、何も触れるなまでは……」
「これくらい強く言わねーと聞かねえんだよ、凛月は」
「ま〜くんは酷いなぁ。百瀬はこんなに優しいのに」

いや、私もその激しいスキンシップは出来ればやめてほしいんだけどね。触れるなとまでは言わないけど。まだ友達の少ない私にとっては、あの時の凛月君の言葉が割と嬉しかったりするから。

「俺と百瀬は仲良しだから。触れ合うのは当たり前でしょ?友達だもんねぇ」
「!」
「何嬉しそうな顔してんだよ…。お前、これから友達って言葉で簡単に丸め込まれそうだな」
「そ、そんなことない。そこのところはしっかりしてるよ」

わざとらしく腕を組んで衣更君を睨むが、衣更君は目をぱちくりしたあとに吹き出した。怒っているつもりだろうけど、全然怖くないと。

「テメーら邪魔だ。群れてんじゃねーよ」

そう放たれた言葉に、私は後ろを振り返る。そこにはいかにも不機嫌そうな男子生徒がこちらを睨みつけていた。肩に力の入った私に対して、衣更くんは困ったように眉を下げて笑った。

「そう睨むなって晃牙。百瀬もビビってるから」
「あ?」

大神、と呼ばれた男子生徒は鋭い目つきで私を見た。それから舌打ちをして教室の中に入っていく。緊張の解けた私は息を吐いた。機嫌悪そうだったし、何か気に障ることでもしてしまったのだろうか。

「気にすんなって。あいつはあれが通常運転みたいなもんだし。あえて言うなら、あいつもお前のクラスメイトなんだから、堂々としとけ。図太くいけよ」

衣更君の無茶ぶりに、私は苦笑いを浮かべた。あんなガンつけられて、堂々としろなんて無理。地雷踏んだら怖いし何話せばいいんだろう。まあきっと話すことも多くはないだろうけど、衣更くんのアドバイスを頭の中にしまい込んだ。

 *

放課後、凛月くんをなんとか撒いてホッと息をつく。しかし撒いている最中に、風で窓の外にノートの中身が飛んでいってしまった。方向的にはおそらく、ガーデンスペースあたりだろうか。

「おいテメ〜。ここは俺様の縄張りだ、勝手に入ってくるんじゃねー」

………はい?
キョロキョロと辺りを見渡しながらガーデンスペースを歩いていると、ふいにそう声をかけられた。顔をあげると、そこには男子生徒、大神くんがいた。

「女だからって手加減しねぇぞ。分かったらとっとと出てけ」
「……いや、私、探し物、してて」
「ああ?探し物だ?」
「うん。このあたりで紙落ちてこなかった…?」

手でサイズを表現するが、大神君は「見てねーよ、そんなもん」と素っ気なく返事をした。ないのなら仕方ない。紙なら買えばいいだろうって話なのだけど、あの紙には色々書き込んでいたのだ。汚いから、あまり人には見られたくない。
とはいえ大神君の縄張りに土足で踏みいって怒らせてしまうのも忍びない。私は紙のことは諦め、今日は帰ろうと踵を返す。

「おい、ちょっと待て」

その時、後ろからそんな声がしたかと思えば、思い切り腕を掴まれる。力加減が分かっていないようで、その力に思わず顔をしかめた。
次の瞬間、大神くんはすんすんと私の体の匂いを嗅ぐような仕草をした。驚きのあまり身を引くことも忘れ、硬直してしまう。そんな私に構わず、大神くんは辺りを見回してからガサガサと草木を掻き分けていく。
引き止められたからには下手に動くことも出来ず、大神くんの帰りを待った。
少しの間突っ立っていると、大神くんが何かを持って姿を現した。

「ほら、お前の捜してるやつこれだろ」
「え?…あ、本当だ!ありがとう!…捜してくれたの?」
「はぁ!?違ぇよ!縄張りにテメーのもんが落ちてんのが気に食わなかっただけだ」
「でもよく見つけたね…」
「お前の匂いがプンプンしたからな」

大神くんの言葉に、そんなに分かりやすい匂いをしているだろうかと自分の匂いを嗅ぐ。凛月くんは「いい匂いがする」と言っていたけれど、やはり自分の匂いは分かりにくい。

「一般人には分かんねーだろうが、俺様には分かんだよ。お前、香水とか付けてねーみてぇだけど、匂い独特だしな」
「独特……?」
「つーかなんだよこれ、楽譜じゃねーか」

紙にかかれたそれを少しだけ見た大神くんから、ばっと紙を奪う。しばしの静寂が訪れ、「やっちまった」と冷や汗をかいた。
それから大神くんが手を伸ばし、楽譜を取ろうとするのをすっすっとかわす。

「だあああッ!何なんだよテメーは!大体見られたくねぇもん落とすんじゃねぇよ!!」
「ご、ごめん。でもこれを見られるのはちょっと恥ずかし……いや、何でもない」

とにかく自分が書いたものを見られたくはなかった。これだけは見せられないとノートに挟んでぐっと胸の中に抱き留めると、大神くんは盛大なため息をついた。

「そんなに嫌なら見ねえよ。別に興味ねぇし…大事なもんなら管理くらいちゃんとしろ」
「そ、そうだよね…うん。とにかく捜してくれてありがとう」
「だから捜してねーっつの!!自惚れんな!」

威嚇する大神くんの姿がなんだか近所の犬に初めてあった時の反応とあまりに酷似していて、私は無意識のうちに手を伸ばし、大神くんの頭を撫で回していた。しかも両手で。
私の行動に大神くんは目を見開いたあと、バッと大きく腕を振って私の手を振り払った。

「あ、ごめん。犬みたいで」
「犬じゃねぇ、狼だ!!」
「犬も狼も大して変わらないよ…」
「うるせえ触んな!!朝はビクビクしてたくせに…なんなんだよテメーはよ!」

再び頭を撫でようとした私の手を掴み、大神君はそれを押し返す。用が済んだんならさっさと帰れと怒鳴り散らした彼は、私に背を向けて歩き出した。

「えっと…大神くん」
「なんだよ!さっさと帰れっつってんだろ、クソ女!」
「連星百瀬」
「あぁ!?」
「私の名前。よかったら覚えてね」

振り返った大神くんにそう伝えて、私はノートを鞄にしまい歩き出した。そんな私達の会話を、知らない誰かが窓から見ていた事なんて知らず。
少しずつクラスの人とも慣れた次の日。

この学院を変える勝利の女神が、やってきたのだ。



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