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誰かは運命だと告げた

「〜♪」

朝、鼻歌を歌いながら噴水前にたどり着き、水に落ちないように気を使いながら座り、ノートを開く。その動作をしている間にも鼻歌は止まらない。人がいないからこそ出来ることだけど、まるで魔法にかかったみたいに色んな音が頭の中を駆け巡って、気がつけばこんな状態だ。
鼻歌に合わせてノートに書き殴っていく。五線譜代わりの線がどんどん塗りつぶされていくその光景がどうしようもなく好きだった。
私の、私だけの世界。誰にも干渉されることのない、一人きりの幸せな時間。
ここまでくると鼻歌はどんどん形になって歌声に変わる。控えめな歌声は噴水の音にかき消されてほとんど消えていた。

はずだった。

「ねえ君!」
「──!?」
「もしかして君がB組の転校生…ってうわ!?」

誰もいないと思いこんでいたせいで、声をかけられ過剰に反応してしまった私の身体は勢いよく後ろに傾く。私に声をかけてきた男の子も駆け出して私に手を伸ばしてくれて、間一髪で噴水に飛び込まずにすんだ。しかし髪の毛だけ濡れてしまったようだ。

「うう…」
「ま、待ってて、今引き上げるから…あ、これ使って!髪濡れちゃったでしょ?」
「あ、ありがと…」

男の子から差し出された手を握って起き上がると、男の子はカバンからタオルを取り出して私の濡れた髪の毛をガシガシと拭き取った。力が強すぎて抵抗する気も起きず、なすがままとなっている。

「ごめんね〜驚かしちゃって。綺麗な歌声が聞こえたから、来てみたら見たことないキラキラした女の子が居たものだから、つい声かけちゃった」
「キラキラ…?」
「うん!俺キラキラしたの好きなんだ〜。あ!俺、2ーAの明星スバル!明ける明星の明星に、カタカナのスバル!覚えやすいでしょ?」

そういって満面の笑みを浮かべた明星くんの方が、断然キラキラ輝いていた。衣更君たちとも違うそれに、思わずその笑顔に見惚れていると、明星くんに名前を尋ねられる。

「私は2ーBの連星百瀬。あなたの言うとおり、B組の転校生だよ」
「やっぱり!サリーからちょっと話聞いてたから、会ってみたかったんだ〜」
(…さりー?)

でもサリーって誰なんて聞く暇もなく、明星くんは饒舌に話を引っ張り出してくる。それに追いつくのに必死で相槌をうつ。話している間、彼は終始笑顔だった。

「ねえ、さっきの曲なんて曲なの?」
「えっ」
「さっき歌ってた曲だよ。俺聞いたことなかったからさ〜気になっちゃって」
「う…えっと、これは私が作ったものだから、名前なんてないんだけど…」
「これ君が作ったの!?」

驚きの声を上げる彼に、私は小さく頷いた。自己満足で作っていたものだから人に見せたりはしなかったし、何よりこんな下手くそなものを聞かれたことが、恥ずかしかった。
けれど、

「すごい、すごいよ!曲が作れるなんて!しかもあんな綺麗な曲、俺生まれて初めてかも!」

目を輝かせた明星くんは私の手をがっと掴むと、喜びを全面に押し出し踊り出した。繋がれた手は離されていないため、私も引っ張られる形で踊る。こうしてはっきりと、自分の作った曲を誉められるのは気持ちがいいということを、初めて実感する。
今までこんな風に言われたこと、なかったから。

「…〜♪」
(…さっき、私が歌ってたやつ)

まさか、今ので覚えたというのか、この子は。

そのことに少し驚き目を見開いていると、そんな私を見て明星くんはにこっと微笑んだ。彼の歌声につられて、私もその歌を口ずさむ。明星くんの声は彼の性格に似て明るくて、聞いていて心地いい。

「明星くん」
「スバルでいいよ!ていうかそう呼んで!」
「…うん。スバルくん、ありがとう」
「? 俺は思ったことを言っただけだよ。君がキラキラしてたっていうのも本当だからね!」
「キラキラ…私からしたら、スバルくんの笑顔の方がキラキラしてるけどね」

眩しいくらいの笑顔はさすがアイドルといったところだろうか。なんていうか、アイドルらしいアイドル。
その時は気づきもしなかった。
ほんの一瞬だけ、スバルくんが悲しそうに笑っていたことに。

「この曲のこと、サリーには言った?」
「?…ううん。私、作った曲を人に聞かせたことなかったし…」
「それなら、俺が一番乗りだ!ねぇ、気が向いたら俺たちに曲作ってよ!」

俺たち、という言葉に引っかかったけれど、この学院はユニットというものがあった事を思い出した。スバルくんは『Trickstar』という二年生だけで組んだユニットらしい。

「まぁ、気が向いたらね…?」
「やった!今の言葉、忘れないでね!」
「あ、あんまり期待しないで。大したものは作れないし、それにスバルくんのユニットのメンバーの人が認めるとは限らないし」
「大丈夫。ホッケ〜達も認めてくれるよ」

サリーの次はホッケ〜か。不思議というか個性的な渾名だ。でもこうやって曲を作ってほしいなんて言われるのが、意外にも心地いい。たぶんスバルくんの笑顔で安心しているんだろう。スバルくんにつられてふっと笑みを浮かべた。

「うんうん。やっぱり笑顔が一番だよ。なんだか、君とは初めて会った気がしないんだ」

なんて口説き文句をあっさりと吐き出した彼に、言われなれていない私は少し照れくさくなって頬をかく。
彼は再び気持ちよさそうに歌い出す。
私の曲を褒めてくれたスバルくんの言葉は、思い出すだけでうれしくなる。

(…結局、サリーって誰だったんだろう)

聞き出すタイミングを失ったまま、スバルくんと教室の前で別れる。最後にスバルくんは確かに私の名前を呼び「またね!」と手を振った。次会いに行くときは、タオルをちゃんと洗って返しておこう。

「おはよー衣更君」
「おー、おはよ…ってどうしたんだその髪?」
「んん…噴水に落ちかけちゃって…ギリギリで助かったから、全身浸かることはなかったんだけどね」

後でドライヤーで髪を乾かさなきゃ。借りたタオルで水気をふき取っていると、何か衣更君が考える仕草を見せたので、どうしたのと尋ねた。

「いや、そのタオル確かにあいつの…」
「このタオル、A組の人が貸してくれたよ。スバルくんって人」
「ああ、やっぱりスバルのだったか。…ってスバルくん!?」

衣更君が突然声を張ったのでびっくりしていると、彼は「いつの間にそんな仲良くなったんだ」と不審な目を向けてきた。名前の呼び方のことだろうか。スバルくんがフレンドリーだったといえば納得してくれるのかな。

「衣更君、スバルくんの事知ってるの?」
「同じバスケ部だしな。少なくともお前よりアイツのこと知ってるぞ?」
「そっかー。それにしてもこの学院、親切な人ばっかりだね」

そう呑気なことを口にすると、衣更くんは怪訝そうな顔をして「もっと危機感持たないと、厄介なやつに捕まるぞ?」と呆れたように言った。

「俺だって生徒会で忙しくて、いつまでもお前の面倒みきれないんだからな?」
「大丈夫、分かってるよ。ずっと衣更くんにお世話になるわけにはいかないし、今のところ被害は……」

ない、と言い切ろうとしたところで決してそんなことはなかったという事実を思い出す。それと同時に背中に何かがのし掛かってくる感覚。頭上から聞こえた眠たげな声で、その正体は凛月くんであることが把握できた。

「こりゃしばらく目が離せないな」
「…お世話になります、本当」
「面倒事はごめんだけど、狼だらけのとこに放り込まれた小動物みたいなやつ、放っておけるわけないだろ?」

困ったように笑った衣更くんに申し訳なくなると同時に、その言葉に心の底から安心した。
やっぱりこの学院に来てから親しくしてくれてることもあって、今では私の中での彼は、一番信頼できる人。たぶん。

「ほんとま〜くんは世話好きだねぇ…」
「ふふ、そうだね。でもおかげで助かってるよ」
「百瀬でもま〜くんは渡さないよ?」
「それは残念だなぁ」

拗ねた口調で更にのし掛かってきた凛月くんに、私はそう答えて立ち上がる。鞄の隙間から見えた書きかけの楽譜のその先のメロディが頭の中に浮かぶと同時に、彼の、スバルくんの歌声も思い出した。
彼の曲を作るのはいつになるかは分からないし、もしかしたら、作らずにここを去るかもしれない。
それでも、彼の曲を作ってみたいと思ったのは事実で、私は書きかけの楽譜の後ろにしまっていたまっさらな紙に、消えてしまう前に音を書き留めることにした。



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