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歌声よ、天まで届け

「……遅いぞ、こんにゃろっ☆」
「殴った!?明星くん、せめて顔は殴っちゃ駄目!これからライブだよ……!?」

天使のような笑顔で北斗くんをタコ殴りにするスバルくんを、後ろから真くんが羽交い締めにした。ほんと、スバルくんの行動は全く読めない。
喜劇的にぶっ倒れた北斗くんは、むしろ嬉しそうに身悶えして起き上がった。

「ふ、ふふふ!もっと殴れ明星!俺はそれだけの罪を犯したんだ、好きなだけ殴ってくれ……☆」

抱擁を求めるように両手を広げ、晴れやかに快い笑みを浮かべて叫ぶ。その姿はどこか日々樹先輩の姿を思い出された。
しかし、そんなおかしな彼を見ても、真くんは無邪気に喜んでいた。北斗くんも清々しい笑顔で、彼らの輪の中に入る。

「う〜ん。でも移籍の手続きが終わっちゃってたら、ふつうに『Trickstar』には戻れないぞ」
「構わないよ。生徒会長の権限で、移籍の書類は握り潰そう」

『Trickstar』への助け舟を出したのは、意外にも会長さんだった。真意は分からないが、面白い展開だと感じているのだろうか。懐かしむような遠い目をして、等身大の男の子めいて、笑う。
最高の状態である『Trickstar』を潰し、飲み干すことで、最大のちからを得ることが出来る。そのための【DDD】なんだろう。

「さあ、無駄話は終わりにしよう。観客が首を長くして待っているよ、僕たちのステージを。夢ノ咲学院の生徒として、恥ずかしくない舞台を望むよ」

生徒会長としても、ひとりのアイドルとしてもね。

スバルくんと会長さんは、親子のように寄り添っている。『皇帝』と『革命児』は舞台の真ん中に立っていた。
夢ノ咲学院に、おおきな歴史の節目が訪れようとしている。

曲順は、ふたつのユニットとも全く同じだった。最初にそれぞれのソロから始まって、最後に全員で歌う。『fine』が完全に私たちに合わせてきている。慣れていない曲目のはずなのに、それを準決勝で行って勝ってしまった。それほどの余裕が、向こうにはあった。
あんずちゃんが不安げに、ぎゅっと私の手を握る。そして、「勝てるかな」と震えた声で呟いた。

「……どうだろうね。『Trickstar』と『fine』じゃ…格差がある、総合的に、向こうが圧倒的に強い…」

自分の口から、弱音が漏れる。勝てるなんて無責任なことは言えなかった。それほど『fine』の強さを、見せつけられてきたから。

「…でも、可能性は零じゃない。それに、アイドルのライブは、どれだけの人の心を惹きつけて、掴めるかが鍵だから。人の心が、どう動くかなんて…数字じゃ簡単に計れない」

その時、その瞬間にならなければ、知ることなんて出来ない。

「でも、信じてるよ。みんなのこと。私がみんなに捧げた曲を、歌を、観客の心に響かせてくれる。そう、信じてる」

彼女の目が、私の目をじっと見つめてくる。そんな彼女に見つめ返すと、女神のようにあんずちゃんは微笑んだ。つられるようにして、私も笑みを浮かべ、ステージの方へ視線を向ける。
真緒くんは日々樹先輩と、真くんは姫宮くんと、北斗くんは伏見くんと、そしてスバルくんは会長さんと対立する。

誰一人として、ステージから目が離せない。それはもちろん、私もだ。
今まで何度も、みんなの歌う姿を見てきたつもりだったけど、こんなに心を奪われるようなことは、初めてだ。それほどの熱意を、想いを感じる。

プロデューサーなんて、本当は全然興味もなかった。本気でやるつもりもなかった。私はアイドルが、嫌いだったから。
怖かったんだ。また誰かの心が壊れていくのを、見たくなかったんだ。自分の手でそれをしてしまうんじゃないかって、怯えていた。

(そんな私を……綺麗だって、お星様だって言って見つけてくれた。価値のなかった私を、側に置いてくれた)

それだけで、どれほど救われたかなんて、君たちには分からないんだろうけど。アイドルになんの希望も抱けなかった私にとって、それは大事なことだったんだ。

(プロデューサーっていう新しい道を示してくれた。私、もっともっとみんなの側に居たいよ。ずっと支えて、輝くみんなを、誰よりも近くで見守りたい!)

ありがとう。私に光を与えてくれて。
希望を教えてくれて。居場所をくれて。
必要としてくれて、嬉しかった。

(夢ノ咲に来てよかった。プロデューサーになれて、よかった。みんなと出会えて、幸せだ)

みんなの虜になっていく歓声を聞きながら、そう感じていた。隣で涙ぐむあんずちゃんの背中を撫でながら、彼らの姿を見守る。
最後の曲で、決着がつく。『Trickstar』のために捧げた、初めてみんなに書いた曲。私の、傑作だ。


観客の心に、彼らのアンサンブルが響いていく。
それはいつまでも、永遠に見ていたい美しい光景だった。


 *


すべてが、夢だったかのように。
佐賀美先生が、行動の舞台に進み出る。普段とは違い、凛々しい表情をして、マイクを手に取った。
しかし、彼のアナウンスも、観客たちに届いていないようだった。
誰も彼も興奮し、足を踏みならし、アンコールを求める声が響き渡る。座席があるというのに、飛び跳ねているものも多い。
その舞台の上では、それぞれがそれぞれに体を預けるようにしてなんとか立っているように見えた。とても、殺し合いをしていたような集団には見えないほど、微笑ましい光景に目がくらんだ。

『投票数の集計が完了しました。【DDD】決勝戦の、結果発表をいたします』

しかし、夢見る子どもたちへ、無慈悲な現実は突きつけられる。


『結果はもちろん、順当ですが……『fine』の勝利です!』


長い沈黙の果てに、誰かが呻く。それは、『Trickstar』の誰かなのか、あんずちゃんなのか、私だったのか、分からない。
それまで浮かべていた笑顔も何もかも消し去って、この世の終わりを目の当たりにしたみたいに、虚無的な表情になる。

「ぼ、僕たち、負けちゃったの……?」
「嘘だ!信じないぞっ、俺たちは全力を尽くした!それ以上のちからをだしたっ、それなのに……!?」

爆発するように暴れ出したスバルくんは、仲間だけでなく自分自身を傷つけてしまいそうだったため、真緒くんが必死に押さえ込んだ。
悠然と構えていた彼までも、頭をかきむしって乱れている。

「けっきょく、俺たちには不相応な望みだったってことかよ。ちくしょうっ、悔しい!俺がフラフラせずに、もっと一生懸命に『Trickstar』のためにがんばってたら……!」
「今更言っても遅い。俺も、同じ気持ちだが」

淡々という北斗くんだが、彼も彼でやりきれない気持ちがあるのか、その手のひらは己の胸元を、首筋を握りしめている。

「……負け…た……」

あんまりな現実に、目を逸らさずにはいられなかった。本当の本当に、負けてしまったのか。信じられなくて、悔しくて、やるせなくて、怒りをどこかで晴らしたいのに、何も出来ない。
しかし、茫然と立ち尽くしてしまう私を一瞥した会長さんは、椚先生へと向き直る。

「椚先生。差し口ですが、意地悪が過ぎますよ」
「……?」
「僕も僕なりに、それぞれの『ユニット』の得票数を計算しましたが……。先生が僕や、生徒会を贔屓目に見てくれるのはありがたいのですが。逆に、残酷ですらあります。きちんと、公正、結果を発表していただきたい」
『えっ、何?あきや〜ん、投票結果に嘘ついたの?』

目立たない位置にいた佐賀美先生が、椚先生にヤジを飛ばす。しかし、椚先生もまだ説明するまえにこちらが騒ぎ立てたことに、苛立っている様子だった。
事実、投票数は『Trickstar』より『fine』の方が上回っていた。それはスクリーンに映し出され、はっきりと証明される。

届かなかった。無情すぎる、こんなの。

『当然の帰結です。『fine』は我が校の誇り!学院を騒がす問題児どもは、比べるべくもありません!技術も才能も経験も、何もかも上回っています!』
「うるさいぞ眼鏡〜!引っ込め〜!ていうか余計なことは喋らずに、さっさと『どういうことか』説明しろ〜!」

どこからか、明朗快活な声が響いた。
舞台上に吹き溜まった悪いものを、まとめて消し飛ばすような。それを聞いて椚先生が眼鏡をぎらりと煌めかせて観客席を睨む。

『いま観客席から野次を飛ばしたのは三年A組、守沢千秋ですね?私の目と耳は誤魔化されませんよっ、あとで反省室に来なさい!』

やはり、野次を飛ばしていたのは千秋先輩だったらしい。観客席の最後方、出入り口の扉の側に、あの戦隊ものの衣装がひときわ目立っていた。

『雑談は慎むように!あ〜、おほん!気を取り直して!』

学院のドリフェスには規定のルールがある。そのひとつに、得票数に規定値以上の差がない場合、延長戦を開催するというものが存在している。
なんと、今回の決勝戦は、『ほんの一票分だけ』延長戦開催の規定値に達しているという。

『あとひとり、誰かが『Trickstar』ではなく『fine』に投票していれば……。残念ながら、不正はできませんからね。ルールに従って、延長戦に突入するしかありません』
『どのへんが残念なんだよ〜?どっちの『ユニット』も一生懸命がんばったからこそのこの僅差だろ?』

苛立ちを隠さない椚先生を落ち着かせるためか、佐賀美先生がそっと歩み寄って気安く肩を叩く。おざなりに、慣れた素振りで。

『とはいえ。ど〜する、天祥院?おまえ次第だ。延長戦、するか?いちお〜保健室の先生としては、これ以上はマジで死ぬからやめとけって言いたいけどな。おまえら、どうせ言っても聞かないんだろ?』
「いいえ。自分のことは、自分が一番理解しています」

長い沈黙のあとに、会長さんは答える。その決断の先に、彼が望む未来があるのかどうかは分からない。だからこそ、困惑した。彼の視線は、姫宮くんに注がれ、その頭を優しく撫でる。


「延長戦は、棄権しましょう」


それは事実上の、敗北宣言だ。

棄権するとなると、得票数は零となり、『Trickstar』が参戦の意を表明すれば、その勝利が確定する。

この学院のドリフェスは、加点方式だ。アイドルであれば、どうしても加点される。その輝きを決して否定しない、加点方式。

その優しい、アイドルであることを否定しない基本理念に、私は愚かにも、今更気がついてしまったのだ。



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